第17話 未来の親友
世にも奇妙な事件は幕を閉じ、僕はやっとひと息ついてゆったり昼休みを満喫している。
やっぱり一人でいる方が性に合っていると、事件を通して改めて気づいた。
別に、あんな風に過ごした時間がつまらなかったといえばそうではない。
そういう意味ではたしかに人と関わりを持つのは普通のことで、避けて通るべきではないのかもしれない。
でもそれはあくまで一般論であって、すべての人がその考えに収まるというのは非現実的だ。
少なくとも僕は、やっぱり誰かと関わりながら生きるのは疲れるし、面倒だと思う。
「ねぇ、聞いてる?」
そんな取り留めのないことを考えていたら、ふと誰かに声をかけられた。
「なんで青島くんは私が話しかける時いつも考え事してるの?」
無論、声をかけてきたのは彼女だった。いや、彼女以外いない。
そんな彼女の言っていることはその逆とも取れる内容だと僕は思う。
僕が考え事をしている時に限って彼女が話しかけてくるっていう可能性もどうか捨てないでほしい。
「たまたま、かな……」
「そっかあ。って、そんなことより最古先生からでんごーんだよーん」
「伝言?」
いやもうほんと嫌な予感しかしない。最古先生が関わると僕にとってプラスな話題は一切ない。
「うん、でんごーん。今日の放課後、いつもの教室にてお前たちを待つ! だってさー」
──最悪だ。
希望が崩れゆく音がした。代わりに絶望のご登場だ。
「来ないとからあげ大食いとも言ってたよ」
──ああ、最悪だ。
からあげは好きだけど大食いまでしたいとは思わない。
少食なわけではないが、根性が求められるようなことはしたくない。
「なに?! からあげ大食いだって?!」
からあげ大食いというワードに反応を示したのは言うまでもなく食田くんだった。
心強い味方の登場だ!
絶望が希望に変わっていく。食田くんが輝いて見える。
「食田に食べさせたらどうなるか分かってるよな? とも言ってたよー」
──ああ、もうほんと最悪だ。
食田くんはからあげ大食いができないことを知るとしょんぼりとして自分の席へと帰っていった。その後ろ姿はやけに切なく見えた。
さて、これで僕に残された選択肢は「それでも無視して帰ってからあげ大食いをする」か「仕方なく従う」の二択になってしまった。
どうやら僕には平穏は訪れないのだと悟った。
未来はお先真っ暗なのでひとまず現実逃避をしようと本を取り出す。
──あ。
この間本を読み終えて、今日から新しい本にしたことをすっかり忘れていた。
まだブックカバーをしていないので本の表紙が露わになる。決して人に見られたらまずい本ではない、と僕は思っている。
ただ、この世の中にはラノベというだけで偏見を抱き、どうこう言う愚か者が存在するのだ。ソースは僕。
それは、中学生の頃の話である。
ー 時は遡ること五年前 ー
それは、当時中学二年生だった僕が友だちに借りたのがきっかけだった。
以前からライトノベルという存在自体は知っていたが、本屋でちらっと見た時に感じた謎の壁を越えられずにいた。
その矢先、友だちが貸してくれると言うのだから頷くほかなかった。
そうして借りたのは、完全なる仮想世界を舞台にストーリーが展開されていくというファンタジーものだった。
まるで本当に仮想世界にいるかと錯覚してしまうくらいに物語に没入できて、読む手が止まらなかったのを覚えている。
完全に虜になった僕は、それからありとあらゆるライトノベルを読み漁った。
そうしてラノベ沼にハマった僕はある日ふと思った。
──ライトノベルには夢がある。
元より物語は計り知れない力を持っていて、いつも人をその世界に誘う。
だから人は物語を書くのも、読むのも好きなのだ。
そんな数ある物語の中でも、ライトノベルは異色だと僕は思っている。
僕が初めてラノベを読んだ時に感じた、物語に没入するあの感覚。
現実ではないもう一つの世界がたしかに眼前に広がっていて、読み手はその世界の主人公に憑依することができ、その世界の物語を擬似体験できる。
これは決して他の物語はそうではないと言いたいわけではない。もちろんすべての物語に当てはまる話だ。
だが、ラノベにしかない魅力があるのもまた事実で、僕はそういうところに強く惹かれていった。
気づけば休み時間や就寝前などの隙間時間はラノベに費やすようになっていて、完全に生活の一部となっていた。
そんなある日のことだった。
「なあ、お前ラノベ読んでるの?」
「エロいのある? エロいのー」
クラスの男子が冗談めかして僕にそう言ってきた。
当時の僕は今とは違って人と関わることを拒絶しておらず、むしろその逆だったので普通に返答する。
「別にラノベはエロいのだけじゃないって! 二人も読んでみなよ、面白いよ!」
「俺らはお前みたいにオタクの趣味はねぇからよー、遠慮しとくわ!」
「あ、でもエロいとこだけは見してくれよな!」
二人はそう言うと笑いながら去っていった。
「まったく、相変わらずあいつらは」
そう、彼らがあんな風なのはいつものことだった。今に始まったことではなかったので、別に彼らの言葉に深く傷ついたなんてことはない。
ただ、周りにいた数名から向けられる視線に対する嫌悪感は多少なりともあった。
「あいつオタクだったんだー」
「えーなんか意外だねー」
「ラノベってエロいの?」
そんな声がちらほら聞こえてきた。
僕のことを直接中傷するような言葉は幸いなかったけれど、好きなものを否定されたことには深く傷ついた。
──僕の趣味は、まちがっているのだろうか。
その日からそんな風に考えるようになった。
悩んでも考えても答えは分からなくて、僕は最初にラノベを貸してくれた友だちにその件について相談した。
彼は僕の悩みを真剣に聞いてくれて、一通り聞き終えるとこう言った。
「たしかにオタクってだけで変な目で見られるし、いろいろと誤解される。まるで悪者みたいに扱われることだってある。でも、俺は信じてるんだ。いつか、アニメやラノベがみんなに受け入れられて、社会現象みたいになって、オタクがオタクでいることを誇れる時が来るって」
それを聞いた僕は、そんなはずがないと思った。
僕が知るアニメやラノベといった文化は、ごく一部の人たちから愛されているものであって、大衆がそれを認め、受け入れ、やがて社会的に話題になるなんて妄想に過ぎないと思ったのだ。
「信じて待てよ。自分が好きなものを誇れる時を」
彼にそう言われてから、僕はこっそりラノベを読み続けた。好きなラノベがアニメ化したら喜んで、毎週楽しみに見て、そこからまた違うアニメにハマって……。
そんな日々に夢中になっていた。誰に言うでもなく、共有するでもなく、一人で楽しんでいた。
唯一それを共有できた友だちとは、いつからか疎遠になってしまった。
それでも僕は信じ続けた。自分の好きなものを、趣味を信じ続けた。
いつの日か、自分の好きなものを誇れる時が来ることを。
誰かとそれを、共有できる日のことを──。
「なあお前、ラノベ好きなの?」
過去の出来事に思いを馳せていた僕を連れ戻したのは何者かの声だった。
はっと顔を上げると、そこには一人の男子生徒がいた。
彼の視線は僕が持っている本に向けられていた。
──まさか、からかわれてる?
あの日、クラスメイトに馬鹿にされたことを思い出し、どうしようもない不安感に駆られる。
しかし、彼はとびきりの笑顔で僕の方を見ながら声を張り上げた。
「俺も好きなんだ! ラノベ!!」
思いもよらない彼の言葉に、その声量に僕は呆気にとられた。
僕の脳は今起こっている出来事を処理しきれておらず、軽いパニック状態に陥っている。
そんな僕をよそになおも彼は続ける。
「お前とは仲良くなれる気がする! 決めたぞ、俺は──」
一瞬、彼の姿がかつての友だちと重なった気がした。
「お前の未来の親友になる!」
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