第15話 食った、食った、食田元気ー!!
「え、分かったの?! 事件の真相?! 解けたの?!」
そう言う彼女の姿には、かつての高校生探偵の面影はもうない。今はもう興味津々なただの野次馬のようだった。
「うん、まあ確信はないけど」
そうだ。現時点では僕が立てた憶測に過ぎず、決定的な根拠があるわけではない。
このままでは犯人に「俺がやったっていう証拠はあんのかよ!」と言われてしまう。
「じゃあ、証拠とか探した方がいい? みたいな?」
「うん、本来なら。でも僕たちは素人の高校生で、この事件もあくまで校内で起こった奇妙な現象を追っているだけに過ぎない。だから、証拠なんていらない」
彼女を説得しようと長く喋ってみたが慣れないことはするもんじゃない。非常に体力を使う。
「じゃあ、どうするの?」
「一度、食田くんに話を聞いてみようと思う」
「それでなにか分かるの?」
「分からないかもしれない。でも、分かるかもしれない」
「……なるほど。賭けってことね!」
僕は単に可能性はないと言いたかっただけだが、あながち間違っていないのでそういうことにしておく。
これは賭けだ。別に食田くんに話を聞かなくとも無理やり答え合わせをすることはできるだろう。
でも、僕のこの憶測をより確かなものにするにはやはり食田くんの話を聞く必要がある。
「じゃあ、今日はこの辺で」
だいぶ暗くなってきたし、明日も学校なので帰ろう。
「待って! もうすぐだから!」
何がもうすぐなのだろう。訳もわからず、かといって無視して帰ることもできずその場に立ち尽くす。
少し経って、踏切の音が鳴り始めた。
それを聞いて、僕は思い出す。
流れる川の上に線路が通っている。そして僕らは川沿いにいる。
「来るよ!」
彼女は僕の腕をぐっと掴み、橋の下まで引き寄せる。少し離れた場所から見ようという僕の計画を台無しにしてくれた。
途端、ものすごい勢いで僕らの頭上を電車が通過する。
その迫力は他のすべての音を遮断し、まるで異次元に来たかのように錯覚させる。
隣にいる彼女は身を丸めるようにしつつも、恐る恐る通過する電車を見ていた。
やがて電車は通り過ぎ、再び川のせせらぎが耳に届く。
「これが見たかったんだー」
るんるん気分な彼女をよそに、かつてここに来た日の記憶を思い出した。
「……ねぇ、聞いてる?」
「う、うん。聞いてる」
咄嗟に嘘をつく。本当はあの日の記憶が脳内再生されていた。
「今日はありがとう。私の勝手で振り回しちゃってごめん。でもね、言いたいことがあるの」
「言いたいこと?」
嫌われるような行動や言動があったかもしれないと僕は今日のからあげデートを振り返る。
「うん。私のわがままかもしれないけど、よかったら聞いてほしい」
彼女はそう言うと少し間を空けて言葉を続けた。
「私は、君と関わりたいよ」
それは予想外の言葉だった。
「まだ君のことは何も知らないし、なんなら君は私と関わりたくないと思ってるでしょ。それでも、君はすごく面白い人間だから、青い星サークルのメンバーとして君と仲良くしたいの」
僕が欲しいものは一人の時間だと言ったことを引きずってしまっていたのだろうか。だから僕は彼女と関わっていたくない、関係を終わらせたいと思っているという風に解釈したのだろうか。
それはあながち間違ってはいない。僕は誰とも関わりたくないし、この関係にも納得がいっていない。
それでも。それでも僕は、彼女にそう言われてきっぱりと断るような勇気もメンタルも持ち合わせていなかった。
「……分かった」
「ありがと。よろしくね、青島春樹くん」
優しく温かい彼女の言葉は、せせらぎに溶けるようだった。
日が暮れ始め、すっかり夜の闇が蔓延し始めた。
こうして僕は、彼女との日常へと巻き込まれていくのだった。
▷ ▷ ▷
翌日の放課後、いつもの空き教室には僕と彼女と食田くんの姿があった。
「こうしてここに来てもらったのは他でもない、からあげ紛失事件についてです」
顎に手をやる彼女の様は、帰ってきた高校生探偵! って感じだった。
「安心してね、教室の扉には魔除けが張ってあるから他の誰もこの教室には入ってこないよ」
ちなみに彼女のいう魔除けというのは『最古先生、立ち入り禁止』という残酷な張り紙のことだ。
さっきから扉の外に人の気配を感じるが、きっと最古先生だろう。張り紙に律儀に従う彼は教師の鑑だ。
「ってか、食田くんって下の名前なんだっけ?」
そんな失礼な質問を唐突にぶっ込む彼女に呆れつつ、代わりに食田くんに心の声で謝る。
──ごめんね、食田くん。
「元気。僕の名前は食田元気だよ」
名が体を表すとはまさにこのことだ。今この時のために存在している言葉のように思えてくる。
「ちなみに、僕の決め台詞は知ってる?」
「食田くん、決め台詞なんてあるの? 真実はたまにふたつみっつ! みたいな?」
なんだその甘えた探偵は。探偵ならなんとか一つに絞るべきだろう。
「僕の場合は何かを食べ終わった後にこう言うんだ。食った、食った、食田元気ー! って」
僕は笑ってしまいそうになるのを必死に抑える。
一瞬、扉の外から我慢しきれず吹き出してしまったような声が聞こえたが気のせいってことにしておこう。
「なにそれ! めちゃいい! 私も欲しい!」
どうやら彼女には大好評なようだった。
この調子では先が見えないので中立的立場の僕が仲介役となって話を進めることにする。というか、そうするしかなかった。
「本題に入ろう」
「あ、おっけー」
彼女はたまにこういう理解の早い一面も見せるので馬鹿にはできない。まあ、稀ではあるが。
「今日来てもらったのは、食田くんに聞きたいことがあるからなんだ」
「おう、僕に答えられることなら」
「なんか最近、変わったこととかない?」
「変わったことかあ……」
彼は時々目を瞑ったりしてしばらく考えて、はっと思い出したように話し始めた。
「最近、体重がまたぐーんって増えたんだよなー。ま、僕はそこまで気にしてないけど」
「それについて、誰かにいろいろ言われてたりしない? 例えば……食田くんの母親とか」
「あーそれ、めっちゃ言われる。特に最近はすごいね。ほんと、いい加減にして欲しいよ」
──よし。
これで僕が憶測の確実さを高めるために欲しかった材料は揃った。きっとこの憶測なら答えになり得る。
「分かった、今日はありがとう」
「はいよー。今度、からあげ奢りで!」
彼の発言になんて返せばいいか分からず困惑していると横から彼女が発言した。
「いいよ! 私たちも美味しいからあげ食べたんだぁ」
「おっしゃ! じゃあなー」
「待って、食田くん。明日の放課後、またここに来てもらえるかな」
答え合わせの現場には、彼がいなければいけない。これは僕たちではなく食田くん自身の問題だ。
「からあげ二倍な!」
彼はそう言うと笑顔でその場を去った。
どうやらまた明日も来てくれるようなのでひと安心だ。
あとは明日、からあげ紛失事件の解決をするのみ。そのために必要なパズルのピースはすぐそこにある。
「最古先生、もういいですよ」
教室の外にいる人影に向かって声をかける。
「ったく……なんで俺入っちゃダメなんだ?」
「すみません先生、反省してます」
彼女が珍しく反省の色を見せたかと思いきや、こっそり僕の方を見てウインクをしていた。
──全然反省してないじゃん。
「お、おう。今後は気をつけてくれればいいからな」
教師としての威厳はどこへやら、最古先生はあっさり彼女の言葉を信じてしまった。
「先生、明日ここに来てください」
「張り紙がなければ来ようと思います」
「ははっ、先生引きずってんじゃん!」
「おい、月ヶ瀬。さっきの反省は
「いえ、反省はしてます」
「いいや、もう騙されないぞ俺は! 月ヶ瀬、這いつくばって謝ったら許してやる」
僕は言葉を失う。この人、本当に教師なのか?
月ヶ瀬も最古先生を軽蔑の目で見ている。
「待て……俺って本当に教師なのか?」
最古先生はすっかり自信を失ったのか、絶望のオーラを纏っている。
「月ヶ瀬さん……すみませんでした」
最古先生は這いつくばって謝罪をした。
──って、おい。
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