第14話 謎解きはデートのあとで
修善寺から三十分電車に揺られ、道中の車内では気まずい雰囲気になり、やっとの思いで辿り着いた先で僕を待っていたのは“からあげデート“なる提案だった。
「そのまんまの意味だよ? からあげデートしよ!」
困惑気味の僕を見かねて説明をしたつもりかもしれないが、そんな「え、知らないの?」みたいなノリで言われても困る。
まず、からあげデートなんて言葉を聞いたことがない。
単純に考えればからあげを食べながらデートをするという意味だとは思うが、ツッコミどころが多すぎる。
なにより僕と彼女の関係性はそんな綺麗なものではないだろう。もっとおぞましい呪いのような何かだ。
「いや、でも……」
「何も言わずに連れてきたのは申し訳ないと思ってる。ごめんね。でも、こうでもしないと君は来てくれないと思って」
たしかにそれは一理ある。はじめに「からあげデートをします」なんて言われても、それを承諾して自ら着いていくようなことは決してしなかっただろう。
ただ一つ、彼女の考えには根本的な誤りがあった。それはあらかじめ聞いておけばどうにかなる問題だった。
「でも、僕の最寄駅ここだから……」
そうだ。僕は彼女に言われようが、言われまいがどちらにせよこの駅に来る。
それなら彼女は勝手に着いていくだの、ちょっと用があるだの適当な理由をつければよかった話だ。
──まあ、前者はなんか嫌だけど。
「へ? いや、それならそうと先に言ってよね!」
怒り慣れていない人の怒り方だった。ぷんぷんとか聞こえてきそうな感じだ。
「それで……私と一緒に来てくれる?」
話は本題に戻り、究極の選択を前に僕は返答に困る。
悩んで、考えて、僕は結論を出す。
この流れはもう何度目だろう。人と関わることを避けてきた僕にとって、屈辱の決断だ。本来なら断固拒否を貫いて彼女の提案を拒否していたはずだろう。
でも、僕は彼女を傷つけたくないと思ってしまう。それは妥協か、甘さか、それとも……。
僕にも分からない何か奇妙な感情が心の中で暴れている。それが恋とか友情とかそういうものではないことは僕にも分かっている。
ただ、もし僕のこの心理の答えが最古先生が言っていたあの言葉──人が人を助ける理由にあるのだとしたら、やはり僕はそれを追求する必要があるのかもしれない。
そして、その答えを知った暁にはきっとこの関係は終わるのだと意味もなく思う。それなら──。
「……分かった。行こう」
彼女の表情には無邪気な笑顔がみるみるうちに浮かんでいく。
遠くで少しずつ夕日色に染まりゆく空だけは、僕の味方をしてくれているような気がした。
「やった! ありがと!」
やっぱり、彼女は変わらず無邪気に笑う。
「それでねー、たしかこっちの道をこのまま……」
早速からあげデートに向かおうと駅を出ようとしたが、どちらに進むのか分からないとこの船の船長が言い出したのでその場で立ち往生をすることになった。
「なんで道覚えてないの……」
「だって、地図見るの苦手なんだもんー」
「そんなに分かりにくいところにあるの?」
「んーん、この近くだよ」
彼女が持つスマホの地図をちらっと見せてもらうと、たしかにすぐ近くだった。というか、もう目と鼻の先だ。
「すぐそこじゃん」
「あ、ほんとだ。私、地図苦手なんだよねー」
「そうみたいだね」
彼女は方向音痴日本代表に抜擢されてもおかしくない気がする。驚くほどあっという間に目的地に到着した。
「ここだよ! ここのからあげ屋さん!」
もう既に食欲をそそる匂いが辺りを漂っていて、空腹を見事に刺激する。
「いい匂い! からあげの匂い!」
いい匂いなのは同感だが、後者に関してはからあげ屋に来てるのだから当たり前だと思う。
「えっとー、この三個入りをください!」
目にも止まらぬ速さで店まで駆け寄ると彼女はからあげを注文する。
「はいよー。三百円ねー」
店員はそう言うと手慣れた感じで紙袋にからあげを入れ始めた。
彼女のいる位置に来て思ったが、店の前まで来ると匂いは段違いだ。それにつけ加えて実に美味しそうなからあげが視界に入るのでオーバーキルだ。
「はい、熱いから気をつけてね。そこに爪楊枝あるから取ってってねー」
店員の優しい口調がとても心地よかった。
彼女は爪楊枝を二つ取ると「ありがとうございましたー!」と言って元来た道へ戻る。
僕もつられて感謝を告げ、彼女の後を追う。
「持つよ」
からあげを片手に歩く彼女を見てなんだか申し訳なく思い、咄嗟に手を伸ばす。こういう時は男が持つべきって誰かが言っていた。
「ありがとー」
そう言うと彼女はご機嫌そうにスキップを始めた。
「来て! いいところがあるから!」
僕は彼女のその機嫌の良さに着いていけず、ゆっくりと後を追う。
彼女が向かったのは有名な鰻屋さんの横の神社だった。かつて時報として利用されていた大きな鐘がある小さな神社だ。
しかし彼女の目的地はその神社ではなく、神社の右手にある脇道を進んだ先にあった。
川が流れていて、その上を線路が通っている。
先ほどまでの雰囲気とはまた違う自然豊かな場所だ。
「まだ少し時間あるから、からあげ食べよ!」
どうやらここがこのからあげデートの最終目的地のようだった。
彼女にならって僕も岩に寄りかかるようにして休む。
今日は散々な目にあったが、こうして川のせせらぎに心を癒されている間はその全てを許容できるような気がしてくるから不思議だ。
彼女がまるで獲物を狙う肉食動物のようにからあげをロックオンしていたのでからあげが入った袋を開封する。
同時にあの食欲をそそる匂いが溢れ出し、からあげが顔を覗かせる。
「ふふー、食べよ食べよー」
そう言うと爪楊枝をからあげに刺して慎重に取り出す。
「ほわぁー、美味しそう」
僕も同じように爪楊枝を刺す。
「じゃ、かんぱーい」
言いながら彼女は爪楊枝に刺さったからあげを僕のからあげに近づける。
「それってお酒とかでやるやつじゃ……」
「細かいことは気にしない! かんぱーい」
常に我が道を行く彼女は僕の言うことなんてスルーして本当にからあげで乾杯をする。
そしてそのまま口に運び、はむっと噛みついた。
「んまい!」
だいぶご満悦のようでこれまでにないほどの笑顔でからあげを味わっている。
僕も食欲はある方なのでからあげを食べる。
めちゃくちゃ美味い。
「なんだろう、このカリッとした衣と柔らかい肉がマリアージュ!!」
なんだか勢いで乗り切った感のある食レポをよそに、僕はもう一口食べる。美味い。
それにしても、ここはやはり絶好のスポットだ。幼い頃にも来たことがあるが、今になって来るとまた違った雰囲気を感じる。
目の前には富士山の湧き水が流れる川があり、木々が木陰を作り、小鳥が歌っている。
自然に癒されながら、持っていたからあげはあっという間に食してしまった。彼女もまた同じようで、川の水に触れては冷たい! と騒いでいる。
「ねぇ、もう一個あるんだけど……」
ふと袋を見ると、中にはまだ一個だけからあげが残っていた。
「あ、そうじゃーん」
「なんで三個入りなの?」
「だって奇数個しかなかったから」
「……なるほど」
なんだか言いくるめられたようになってしまったが決してそうではない。不利な戦いからは冷静に身を引くようにしているだけだ。
「じゃあ、じゃんけんで決めよう!」
「……いや、あげるよ」
僕がそう言うと始めからそれを待っていたのではと思うほどのスピードでからあげを手に取る。
「君ならそう言ってくれると思ってたよー。私がからあげが好きって知ってるなんてさすがホームズさんだね!」
「いや、知るわけないよ……」
そうだ、知るわけがない。なぜなら僕は彼女のことをよく知らないから。それなのに、なぜか大好物だけを把握していたら変に怪しまれてしまう。
──ん?
そこまで考えて、ふとあの時の光景が脳裏に浮かんだ。
それは、ほんの数時間前のことだ。
放課後の空き教室で自称名探偵の彼女の自己紹介を聞いていたら、突然背後に最古先生が現れ、彼女と愉快なトークを繰り広げたその後。
去り際に彼が残した言葉がやけに印象に残っていた。
『……そうか。それは大変だな。あいつ、からあげが大好物で毎日食べてるらしいし、あいつのためにもこの事件が解決するといいな』
なぜ最古先生はまだ担任になって間もない生徒が毎日からあげを食べていることを知っていたのだろう。
昼休みの教室に最古先生がいるのを見かけた覚えはないし、食田くんが自己紹介で喋っていたなんてこともない。
それに、あの日の放課後にたまたま耳にした最古先生と謎の女性の会話。
あの時、最古先生は女性に対して校門まで送ることを提案していた。
女性の丁寧で落ち着いた言葉遣いと最古先生の対応から見て、まずまちがいなく生徒ではない。かといってこの学校の教師というのも違和感がある。
なら外部の人間と考えるのが妥当だ。最古先生が個別で面会をしてもなんら違和感のない学校外部の女性。
──分かったかも。
我ながら名推理なのではと思う。これなら筋は通っているし、からあげがなくなった理由も大方結びつく。
「ねぇ、何をそんなに考え込んでるの?」
黙り込んで熱心に考え事をしている僕を不思議に思ったのか彼女は僕の顔を覗き込むように言う。
「分かった気がする」
「へ?」
「……からあげ紛失事件の真相」
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