第1章 奇妙な日常は大難の如く
第11話 からあげ紛失事件
ー 数日前 ー
空が薄暗くなり始めたある日の放課後、校舎は随分と閑散としていた。
ローファーが床を叩く音を廊下に響かせながら教室に向かった。
今日は最古先生に呼び出されていないので本来ならばまっすぐ帰宅案件なのだが、僕のうっかりで忘れ物をしてしまった。
というのも、朝の読書の時間で読んでいた本があともう少しで読み終わるので家に帰って読み切ってしまおうと計画を立てていたのだが、肝心の本を教室に忘れてしまったのだ。
学校を出る前に気がついてよかったと思う。一歩でも校外に出ていたらきっと僕は戻らなかっただろう。
とっとと用事を済ませようと思い、教室の扉に手をかけたその時だった。中から話し声が聞こえて僕は咄嗟に手を離す。
それは誰かの独り言とかではなく会話のようで、男性と女性の声がうっすらと聞こえてくる。
「先生にご迷惑をおかけしてしまうとは思いますが、どうかご協力お願い致します……」
女性はいかにも申し訳なさそうに言う。
「ぜーんぜん大丈夫ですよ。これが上手くいくかはわかりませんが、できる限りのことをするつもりです」
「ありがとうございます、最古先生」
──最古先生?
相手は誰だ? 少なくとも僕が知る声ではない。別に人と関わらなくとも声くらいなんとなく分かる。
「いえいえ。では、校門までお送りします」
それを聞いて慌てて近くにあったトイレに駆け込む。
今見つかったら厄介なことになるに違いない。事態が落ち着くまでここで待機しよう。
あの声の主は誰なのか。その真相は、闇の中……。
▷ ▷ ▷
僕は俯き、目を瞑る。
細い針が一定に刻む音を頼りにその時を待つ。
あと少し、あと少しで──。
寝ていた者が目を覚まし、気の早い者が机の上を片付け始め、さらに気の早い者が昼食の準備を始めるのを感覚で察知する。
──来る。
途端、鳴り響くは解放の鐘の音。
僕はゆっくりと目を開ける。今日は成功だ。
この頃、四時限目の終了間近になると目を瞑ってカウントダウンをすることにしている。いや、そうさせられている。無論、彼女に。
「ねぇ、青島くん! 今日はどうだったー?!」
相変わらず元気いっぱいな彼女はくしゃっと微笑む。
「成功」
「なぬ?! じゃあ二勝二敗一引分か〜。接戦だね!」
いくらなんでも接戦すぎる。というかこんな勝負したくない。あと教室で話しかけないでほしい。変な視線がちらちらと向けられている気がする。
「うん、もう終わりで……」
「明日もやろーね!」
──まったく聞いてないな。
この場合、何を言っても無駄なので諦める。彼女に合わせて引き下がれないところまで来てしまった僕の心の隙を悔やみながら、僕は昼食の準備をしようと鞄を漁る。
「うわぁぁぁあ!! ない! なんで?! 誰か! 誰か、助けてくれ!」
唐突な叫び声に教室は一旦静まり返る。
僕は鞄を漁る手を止め、様子を伺う。
といっても教室の様子は今はどうでもよくて、僕が気になっているのは目の前にいる彼女だ。
誰かの叫びは間違いなく彼女に届く。
それは声が大きかったから、なんて理由ではない。
問題なのは“ある言葉“だ。
──助けてくれ。
叫び声の主はたしかにそう言っていた。
そして、それを聞いた彼女が次にどう動くかなんてことは単純明快だ。
「はいはーい! 私にできることなら力になるよ!」
叫び声の主にはきっと天使様のお言葉に聞こえるのだろうが、僕はそうではない。これぞまさに悪魔の声だ。
「行くよ、青島くん! 青い星なんたらの出番だ!」
ほら、こうなる。どうしてこうも面倒ごとに巻き込まれるのだろうか。今年度の僕は何かが違う。もちろん悪い意味で。
「あの……青い星サークルね」
メンバーとして一応訂正しておく。
「あーそっか! まぁ、今はそんなこといいよ!」
そんなことって……。最古先生、ここにいなくてよかったですね。
彼女は僕の腕をがしっと掴みながら叫び声の主のいる方へ向かう。
痛いのと、変な目で見られるのとで彼女の腕を振り解き、仕方なく彼女の後を追う。
彼女は勝ち誇ったようにニヤニヤしている。例の勝負はまだ着いていないので彼女は別に何にも勝っていないのに……。
叫び声の主は、力士のようながしっとした体つきで、クラスではいじられキャラとしてみんなから愛されている感じの男子だった。
「
「ああ、それがさ……」
彼は随分としょんぼりとした様子でこう言った。
「俺のからあげが……なくなっちまったんだ」
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