第5話 無理難題の重ねがけ
『青い星サークルとは、最古先生が運営する謎組織である』
ひとまずこの現状を整理しようと試みたが、青い星サークルという謎組織について分かるのはこれだけだった。
あの教師が運営する組織なんてろくなものではないことは分かるが、それにしても怖い。心底恐怖である。
この先、きっと僕は彼の捨て駒としてこき使わされるのだろう。高校最後の一年、ここを乗り切ればと思っていた矢先にこんなことになるとは予想だにしなかった。
お先真っ暗な僕の人生に一筋の光が差し込む日は果たして訪れるのだろうか……。
とにかく、今の僕に分かるのは高校最後の一年が最悪のスタートダッシュを切ってしまったということくらいだ。それ以外はあまり考えないでおこう。
それより今は目の前の状況に対処すべきだ。今日も早速意味不明な状況に遭遇してしまっている。
「さてと。お前さ、一体なにしたんだ?」
煙草のような白い棒状のものを指に持ち、机を挟んで僕の対面に足を組んで座っている彼の名は最古友春。一応、教師である。
「吐いちまえばよ、楽になるぜ」
彼は僕の戸惑いなどお構いなしにその茶番を続ける。
そう、茶番。
僕は今日、他でもない最古先生に呼ばれてこの空き教室に来ている。
僕が来た時に真っ先に目に入ったのは、教師用の大きめの机とそれを挟むように置かれた二脚の椅子。昨日の時点ではこんなセットはなかったので、何か嫌な予感を察知していた。
「先生、話というのは」
昨日のように無駄に長引かせるわけにはいかない。過去の失敗から学んだことは積極的に生かしていこう。
「おっと参ったぜ、話があるのはお前の方だろうよ」
「いえ、先生です」
「ったく、頭の固い男だぜ……」
最古先生はふーっと息を吹きながら、天井を見つめる。ちなみに煙は出ていない。そして、ゆっくりと一言。
「……カツ丼、食うか?」
そこでようやく、昔の刑事ドラマの取り調べシーンを模していることに気がついた。
これ以上は時間の無駄なので迷わず退散を決意し、まっすぐ扉へと歩を進める。
「えーと……ちょ待てよ!」
僕は構わず空き教室から退場する。さて、帰ろう。
「わかった、わかったから! 俺が悪かったから!」
最古先生は僕の方へ駆け寄ると両手を合わせて謝罪の意を示した。
渾身の土下座を繰り出される前にと、僕は仕方なく再び教室に戻った。本当に、仕方なく。
「では早速本題だ。まぁ、まずは見た方が早いだろう」
そう言うと最古先生は窓を開き、あそこを見ろとでも言うかのように指で一点を示した。
その先に、一人の女子生徒が何やら荷物を運んでいるのが見えた。やがてその女子生徒は部室棟の方へと姿を消した。
僕は、その女子生徒を知っている。
それは昨日の電車でうるさい男子生徒を注意したあの女子生徒に違いなかった。
彼女は部室棟から倉庫へ、倉庫から校舎へ、校舎から部室棟へといった様子で、ひたすらに走り回っていた。
そこまで目の当たりにしたところで、最古先生は僕にこう言った。
「ってことで、お前を呼んだ」
──は?
どういうことなのか、僕にはさっぱり分からない。
「なんで僕が? 何をすればいいの? とでも言いたげな顔だな。んまぁ、単刀直入に言うとあれだ」
少し間を空けて彼は言う。
「あいつは、正真正銘のバカだ」
「バカ……?」
「ああ、バカだ。言っちゃ悪いが、あいつはバカだ」
僕はなんて言えばいいのか分からなかった。
彼女がバカ? たしかに発言が曖昧で、どこか天然味を感じるものの、今見た光景から彼女をバカと呼ぶ理由は何なのだろう。
「お前は、人が人を助ける理由はなんだと思う?」
彼は僕に問いかける。
そんなこと一度も考えたことがなかった。
そもそも誰とも関わることがないので助ける助けないというのは僕にとっては無関係だ。
「いいか、覚えておけ。人が人を助ける理由はいろいろあるが、結局のところ“自分のため“だ。みんな誰かを助けるフリをして自分の名誉とか地位とか待遇とかを気にするし、ついでにその見返りを求める」
僕は最古先生の言葉を黙って聞く。
「人を助ける理由なんてないとか、その人が困ってるなら助けるのが道理だ、とかは表面上の綺麗事だ。本当は誰しも自分のことで精一杯で、人を助ける余裕なんてないんだよ。それなのに人が人を助けるのは、やっぱり助けることで自分の存在を肯定しているのかもな。自分が必要な存在であると思いたいんだ」
彼は言い切ると、僕の意見を待つかのようにこちらの様子を伺っている。
果たして、最古先生の言うことは正しいのだろうか。
僕は正解を知っているわけではないので頭ごなしに否定することはできないが、なんだか腑に落ちない点もある。
──人が人を助ける理由は、本当に自分のためなのだろうか。
人を助けるという一連の行為は、承認欲求とか自己満足とかそういう言葉で片付けられるものなのだろうか。
いくら考えてもただ疑問が募るだけで、まるで解決しそうにない。
「そう難しく考えるな。この世のほぼ全ての問題に完璧な答えなんてない。だから今は何も分からなくていい」
彼は扉に向かって歩きながら、優しい声音で喋る。
「ただ、分かろうとする必要はあるからな。お前はお前の手で答えを見つけてみろ」
答えなんて、そんな曖昧なものを僕自身で見つけろとは実に無理難題だ。問題の本質も答えの導き方も、僕にはさっぱりだというのに。
「あ、忘れてた。お前に宿題があったんだった。あの女子生徒を3日後の放課後、ここに呼んでくれ。じゃあ」
最古先生はそう言い残してその場を後にした。
またしても問題が増えてしまった。無理難題の重ねがけ。そろそろ僕は限界だ。
ここに呼べと言われても、まともに喋ったことはないし、そもそも僕は誰とも関わりを持ちたくない。半ば強引に接点が生まれてしまった最古先生はまた別として。
ならば、呼ぶだけ呼んでその場で関係を絶ってしまえばいいのではないのだろうか。ほんの一瞬の関わりならすぐに薄れて、なかったことにできる気がする。
となると、あとは彼女をここに呼ぶ方法だ。
直接喋りかけるなんてのは論外。そんなことできないし、したくない。
喋らなくても、下手すれば彼女を前にしなくても用件を伝える方法……。
僕には一つ心当たりがあった。
それは僕が昨日、実際に受けた方法。
直接会うのも、誰かに言伝を頼むのも何も必要ない、単純なそれ。
──僕は彼女に、手紙を書く。
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