第4話 最古友春という男
最古友春とは一体、何者なのだろうか。
あの朝礼の時と同一人物とは思えないほど、今は声音もオーラも何もかもが違って見える。まさに別人のようだ。
唐突に「楽しいか」と聞かれても、別に楽しさに重きを置いているわけではないので答えようがない。
ただ、僕が他者との間に壁を作って意図的に孤独を貫いてきたことは間違っていなかった。
「まぁ、あれだ。俺にはお前のことがわかるんだよ」
背中のあたりがゾゾっとするのを感じる。なんだろう、この気持ち。
そういえば、なぜ初対面の最古先生が僕のことを周知しているかのように語れるのだろう。どこかで会ったわけでもなく、名前を聞いたことがあるわけでもない。僕の記憶がないだけなのだろうかと憶測を立てていたら、最古先生がまた雰囲気を変えて喋り出す。
「だから今日は、お前に話したいことがあってここに呼んだんだ」
話したいこと……。
お前の生き方は間違っているから矯正するべきだとでも言いたいのだろうか。だとしたら答えはもちろんNOである。僕はもう戻れないし、戻らない。
心の中で自問自答していると、ふとあることを思い出した。
「……放送」
僕は最古先生に対して、およそ初めてまともな言葉を発した。ちなみに第一声は「あ、あの……」だ。先生に対して無礼な態度かもしれないが、これは彼の教師らしからぬ素行にも非があると思う。
「え……」
最古先生はそう声を漏らす。何か怪奇なものを見るような顔から少しずつ表情が緩んでいき、やがてその顔は驚愕を表した。彼の目はこれでもかと言うほどに見開かれている。
「喋ったぁー!!」
なんという無礼な態度だ。いくら相手が生徒でそれが真実とはいえ人をそんな風に言わないでいただきたい。
「すまないすまない、放送の話だったか。懐かしいな」
僕がむっとした顔でいると最古先生は慌てて言った。ちなみに放送の件は数分前の話なので懐かしいという言葉は相応しくない。
「あの放送はだな、お前を誘き出すためのものだ。一回目は通りすがりの女子生徒に、二回目はお悩み相談部にお悩み相談をしたら乗ってくれた」
一回目の放送がぎこちなかったのは緊張でも照れでもなく、ただ困惑していたからだったのか。いきなり知らない大人に話しかけられて変な放送をさせられたどこかの女子生徒に僕は同情する。
問題は二回目だ。お悩み相談部にお悩み相談……。そんな部活があることすら初めて知った。
その得体の知れない部活に得体の知れない先生が得体の知れない相談をしたと思うと心底怖い。できることなら関わりたくない。絶対に。
でも、お悩み相談部とやらにひとつまみの好奇心があることもまた事実で、僕は思いきって聞いてみることにする。
「……あの、お悩み──」
「お悩み相談を受け付けてる部だ」
僕のせっかくの発言を遮った挙句、そんな誰でもわかるようなことをドヤ顔で言われても困る。反応にも扱いにも困る。だからやめてほしい。
「それは分かってるから詳細を教えろクソが、とでも言いたげだな。仕方ない、教えてやろう」
どうやら誤解があるようだ。僕はそんなこと思ってない……いや、もしかしたら心の奥底の片隅のまた片隅で思ってるかもしれないがそれを口に出して言うことはない。
「お悩み相談部ってのは一人の女子生徒が今年から立ち上げた小さな部だ。俺もその辺はよくわからん。なんだよお悩み相談部って」
若干イラついているのか疑わしい発言だったが、見た感じなんら変わりはない。そういう人って割り切るのが正規の攻略法なのだろう。
というか、そのお悩み相談部にお世話になっておきながらその言い草はないだろう。なぜよく分からんままに依頼したのかに疑問を持つ。
──あ、そういう人か。
すぐに話が脱線するのでなかなか肝心なことを聞けていない。僕はこれ以上貴重な時間を無駄にするわけにはいかないので仕方なく再び聞いてみることにする。
「ところで、僕をここに呼んだ理由って……」
「ああ、忘れてた。なんでこいつと放課後に二人きりなんだろうって思いかけてたよ」
──うん、そういう人だ。
よし、だんだんと扱い方が分かってきた。もう彼はそういう人なのだ。まともに相手するだけ全くの無駄である。
「お前をここに呼んだ本当の理由、それは……」
僕はおとなしく彼の言葉を待つ。
ついに話の核の部分に触れる。果たして僕が貴重な時間を割かれてまで最古先生と二人きりの放課後ライフを送っているのはなぜなのか。その答えがやっと判明する。
と思ったのだが、待てど暮らせど次の言葉は出てこない。もしかしたらひょんなことからご臨終なんてことも可能性はゼロではないので不思議に思って彼を見る。
彼はとてつもなくゆったりとした速度で口を動かしていた。その様はまさにスローモーションで、僕は心底呆れる。
別に彼が突然難病にかかったわけでも、時空の歪みが発生したわけでもない。ただのお遊びだ。
「先生」
僕はなんの感情も込めずに言う。
「はい、すみません」
やけに素直なのが逆に怖いまであるが、僕からすれば都合がいいので今後ずっとその方針でお願いしたい。
「お前をここに呼んだのは、ひとつ提案があるからだ」
「提案……」
最古先生はすーっと息を吸うと、真剣な眼差しで僕の目を見て言った。
「青い星サークルに入らないか」
今、僕の頭が混乱しているのが自分でもわかる。
──青い星サークルってなんだ?
考えても、記憶を漁っても、その答えは出なかった。
その謎の言葉に翻弄された僕はあの手この手で勧誘を続ける最古先生との一時間にも及ぶ戦いの末、最古先生渾身の土下座の前に無念の敗北を喫した。
なお、そのやり取りは不毛極まりないものだったので割愛する。
とにかく僕は、青い星サークルとやらに入会することになった。いや、なってしまった。
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