第5話 『シュネーヴァイス』様
「あ、ヴァイス〜!」
シャイデンが僕に向かってそう声を掛けてくる。時刻は12時丁度。昼食のために食堂に連行されてきた所だ。
「そんな風に声をかけるなんて品がないのね、シャイデン」
たしなめるような、揚げ足を取るような、そんな風に返事したのはリープで、そんな様子を見てブリッツはため息をいかにも分かりやすくついた。
まあ、確かにレディになりたいような人間が食堂の一番奥から入口近くの人間に声を掛けるというのは品がないと言われても仕方がない。
「リープ。何か文句でもありますの? ヴァイスを午前中ずっと独り占めしていたくせに?」
……どういうことだ? シャイデンはそんなに僕のことを気に入ったのか? まだ出会ったばっかだというのに?
「ええ、あるわ。そんなことしていたらヴァイスに嫌われるわよ?」
リープはシャイデンの言葉に僕と同じような感覚を抱いたらしく、やけに意地悪な声でそう言った。
二人は顔を合わせ睨み合って…………いることはない。僕らのいる場所は相変わらず同じ入口、シャイデンとブリッツの位置からは離れている。そろそろ周りの目とアポに声を掛けられる確率も高くなる。まだ入ってきた人間、しかも記憶喪失なのに色んな人間が悪影響を受けるのはヤバい。
「リープ、一旦シャイデンの方まで行こう。じゃないと注目が集まる」
「それもそうね……」
リープは頷き、シャイデンの方向へと足を進めた。周りは幸いにもまだこちらに気にしていないようだった。
「ヴァイス、朝ぶりだね」
シャイデンとブリッツの席に行くと、リープと張り合っていた時とは打って変わった笑顔で僕に向かって挨拶した。なんだか二重人格を疑うレベルだ。
「そうだね、シャイデン。午後はきみと一緒にいるつもりだよ」
彼女の機嫌を取るためが半分くらいは存在していたが、後の半分は違う。
図書室に一日いるのは確かに効率がいいのは分かってる。だが、この施設の内部の情報を入れること、そして中心都市に憧れているシャイデンの話を聞くのは図書室では得られない情報だってあるだろう。そういう意味で非常に効率が良い、なんて言うのは若干失礼かもしれないけど。
だがしかし、そんな若干の下心なんかつゆ知らず、シャイデンは嬉しそうな顔をした。
「本当! ありがとう、ヴァイス!」
「シャイデンに好かれて鼻でも伸ばしてんのか、ヴァイス? 俺との約束は?」
「……明日じゃ、ダメかい?」
メリットなんかないと言うといよいよ怪しくなってくるけど、実質のところそうだった。自分がどれほどの運動神経をもっているかどうかも分からない、そんな場面でスポーツなんかをするのは大博打になってしまう。万が一下手だったら何か関係性の悪化が見込まれるかもしれない。それは非常にまずい。だから流石に一日目から手を出すわけにはいかなかった。
「……まぁ、いいけどさー」
明らかに不満そうな顔で彼はそう言った。言い方もやたらと投げやりだった。きっと感情が表に出やすいタイプなのだろう。
「ごめん……」
「いいって。そういえばヴァイス。お前の名前って『シュネーヴァイス』様から取られてるよな、確実に」
「え、あ、ああ……」
「いいよな、そういうの。神様の名前貰うってめっちゃいいと思うんだ」
「……ありがとう」
親から貰ったならまだしも、僕は記憶喪失だ。本当の名前が何だかも分からずアポの付けて貰った。そんな名前を褒められた所でそんな嬉しくもないのが本音だ。
「俺もさ、アポに付けて貰ったんだよ。ヴァイスもそうだろう?」
「……え?」
親じゃないのか、と聞こうとして『身寄りがない者』が来る場所だってことを思い出す。親に捨てられた子どもだってこの世にはいるのだろう。
「驚いたか? それは俺がアポにつけてもらったことに? それともお前も一緒だってことに?」
「…………どっちも」
素直に答えると彼は笑った。
「ヴァイス。アポ以外の人間はただの人間に神様の名前なんか付けない。その時点でもうすでにアポだってことが確定してるんだ。ああ、もちろん事情なんか聞かねぇ。だって、聞いたら気使わなくちゃ行けない気がするからさ」
ブリッツは快活に笑ったが、リープは肩をすくめた。まるで呆れているような素振りだ。
「俺も大した理由があるわけじゃねぇ。ただ前の名前が嫌いだった、それだけだ。本当の名前は…………機会があったら教える」
今じゃないのはきっとまだ僕と彼が全然仲良くないから、だろう。迂闊にシャイデンと一緒にいる、と言ったことに後悔し始めてしまった。
なんとなく、自分の感がブリッツの機嫌を伺おうとしている。何かこれから僕が記憶を見つける上で必要な要素が生まれるのかもしれない。
「……そうか、分かった。ところで『シュネーヴァイス』……様ってどんな神様なんだっけ?」
「『シュネーヴァイス』様は雪の神様だよ」
シャイデンが短くそう答えた。リープとブリッツも頷く。そしてそこで会話が終わってしまった。
「……他には?」
たっぷり十分無言が訪れた後、僕は尋ねた。
「ごめんね、ヴァイス。『シュネーヴァイス』様のことはどんな文献を辿っても何も分からないの」
「ただ一つだけ分かってることが雪の神様ってことだけ」
「だから……他にはって聞かれても答えられないんだ」
申し訳無さそうに言われ、僕も無理して聞いて悪かった、と謝罪の言葉を述べる。だがしかし一方で僕には疑問があった。
なぜ、そんなに情報量の少ない神様がそんなに信仰されているのだろう、と。
だがしかし、そんな疑問を口に出すことは叶わぬまま、昼ごはんの時間は終わった。
記憶喪失の僕と魔法世界の話 シオン @saki_hikage
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