第4話 図書室
図書館は広かった。今まで見た中で一番広い、なんて見たこともないくせに思った。きっと消える前の記憶の名残みたいなものなのだろう。どうしてこう僕の人生の中で重要そうではない記憶ばかり思い出されるものなのか。もう少し、出身地とか本当の名前とか有用性があるもの思い出したいものだ。
色とりどりの背表紙が大体同じ高さごとに並んでいる。分厚い本も薄い本も様々に混在していて、本棚の前でしゃがんで必死に読んでいる人間も存在した。
「ここが図書室」
リープは一つの本棚の前で立ち止まって言った。赤い絨毯の引かれた床。天井は白色。やっぱり荘厳な見た目であるのと裏腹に照明が極端に少ない。
「で、ここの棚が歴史とか地理とか……そういうものが置いてあるコーナーよ」
「……助かる」
あまりにも思考回路を読まれていたようなセッテイングの良さに少しだけ怯えながら僕は答える。リープは少し肩をすくめた。
「言っとくけど、分かりやすいわよ。記憶喪失ならここのこと知っておきたいと思うでしょうし」
「それもそうか」
「じゃあ邪魔しないようにアタシは別の場所にいる。近くにいると思うから何かあったら呼んでね」
彼女は有無を言わさずに立ち去っていった。一人にしてくれるのは優しい。正直今何か口を挟まれてもまともに返答出来る気がしなかった。
とはいえ、どこから手をつけた方がいいのだろうか。とりあえず僕は一番近くの本を手に取った。
時間が正確には分からないが、体感では一時間程度が経った時、僕はとりあえずこの世界の概要は知れた、というとこまで来た。
この世界は平たい正方形の形をしている。そのため世界の端の方に行くと、そのまま『無』の場所に落ちてしまう、らしい。そのため世界の端は柵で覆われていて、そこで海や川の量の調整と人及びその他魔法生物の落下を防いでいる、らしい。光輝く太陽が世界に対して垂直に回っており、そのために昼、夜の概念があるらしい。
そして世界は大きな大陸が存在し、その上に三大王国と、その他小規模国が存在している、らしい。
僕はその三大王国のうちの一つ、『アイベルク王国』にある施設にいる。
『アイベルク王国』は大陸の中で一番北側、太陽があまり当たらない位置にある。そのため、昼でも夜でも関係なく暗く、さらに寒いために一番人口が少ない。さらに三大王国の残り二つである『アンテルム王国』と『メーア王国』は常に戦争をしてるため、国としてそもそも肩身が狭いらしい。『アイベルク王国』は三大王国の中で一番平和な国で、ある程度の階級はあるものの、奴隷という概念が存在せず、庶民と貴族のみの階級で、政治的には庶民の意見も基本的に受け入れられ、王がまとめているが民衆の声がきちんと受け入れられる、比較的平和な体制がとられている。
『アンテルム王国』は大陸の中央付近を占めており、一番大きい国ならしい。貴族、庶民、奴隷の区分がしっかりとされていて、奴隷は最底辺の生活を送っている。国の政治体制としても基本的に王とそれに味方する貴族のみの言葉が反映されるため、庶民や奴隷等にあった政治は行われていない。さらに貴族等の身分階級以外に職業階級も存在し、その中で一番高いと言われるのが『魔法士』と呼ばれる職業らしい。魔法士はその名の通り魔法が使える人間だが、もともと生まれついて魔法士になる以外の選択肢が存在せず、後天性がいないため非常に希少な、そして優秀な職業として讃えられている。庶民であろうと魔法士であれば国民からは崇められるが、代わりに魔法士内で存在する身分階級によって悩まされることが多いことが述べられていた。その次が騎士、商人、成金と続くらしい。
『メーア王国』は王国の七割近くが海に面した国で、海洋産業が発達している。しかし一方で、その豊かな水により、水害等が発生したり、海の端から『無』に飛び込む自殺者が相次ぎ、人口自体はそこまで存在しない。そのため『アンテルム王国』との戦いは数では負けているが、この国の戦闘者のうち、約八割が魔法士という編成になっており、互角の戦いを続けている。
つまり、今いる国が一番小さい代わりに戦争には無関係。『アンテルム王国』は人口・面積共に大きいが、代わりに身分差別が激しい。『メーア王国』は強豪国ではあるが代わりに水害等の自然災害が多い。全ての国に難あり、と言ったとこだ。
だが、記憶喪失の中で飛ばされたのが『アイベルク王国』なところはありがたい。『アンテルム王国』だったら身元不明=階級不明の方程式が成り立って、あっという間に虐げられて自分の状況なんか把握すらもできなかっただろうし、『メーア王国』だったら状況を把握する前に水害に巻き込まれた可能性だってあった。そう考えると『アイベルク王国』でしかも雪山とかではなく、親切な人に施設に入れてもらえたというのは……限りなくラッキーすぎる。もはや裏がありそうなレベルだ。
とはいえ今はこの状況で情報を集めるしか手はない。危険だと分かればさっさと逃げるが、ギリギリまでは色々と調べたり、様々な人間と交友関係を築いていたほうが後々有利になる。
さて、大体概要は掴めたし次は『アイベルク王国』の詳しい歴史を調べることに――――
「ヴァイス!!」
「っ!?」
後ろから鋭い声がかかり、振り向くとリープが怒った顔をして立っていた。
冷静になって自分の周りを見回せば、自分が読んだ本が周りに散らばっている。なるほど、広げすぎた。
「ごめん、リープ。すぐに片付け――」
「違う」
「え?」
「今、何時だと思ってる?」
リープに問われるが時計は周りに存在しない。時間の確認は不可能だが……
「9時くらい」
「違う。11時45分。後15分経つと昼食」
「……なるほど」
早急に情報を集めたいあまりに集中しすぎたらしい。声をかけて貰えなかったら昼食に遅刻していたことだろう。
「気づいてなかったのね。11時と11時半に放送がかかったってのに……。凄い集中力だわ」
放送なんか聞こえなかった。これは昼食を過ぎたことにすら気づかなかっただろうな。
「ごめん。すぐ準備する」
「片付けるの手伝うけど……」
リープはムッとした顔をあからさまにしながら付け加えた。
「シャイデンは昼食の時間、かまってあげないと面倒だと思う、子どもだから」
ブリッツが言っていた『素直になれないだけ』ってのは本当だったのか、とやけに納得して僕は彼女に見えないように微笑んだ。
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