第3話 リープとブリッツ
食堂の中は広かった。豪華なのは入り口だけ……などと言うのは良くないが、白い壁、白い床、そして四人席がたくさん置いてあり、そこに色々な人々が腰掛けている。
とはいえ、見回した限りそんなに年上の人がいるわけではなさそうで、大体10〜19くらいの人物が座っているように見受けられた。
「シャイデン、遅かったけど何をしていたの?」
「え、えーっと」
何をしていたと問われたとこで何もしてない、というのが言葉通りになるんだよな、などと僕は思う。
「シャイデン?」
「わ、私は彼とお友達になりたくて……だからお話しをしていたんですの。それでうっかり遅くなってしまったのです。ごめんなさい、アポ」
「それなら仕方ないわ。次からは気をつけなさい、シャイデン」
「分かりましたわ」
中々正直なことを言って許されるのは羨ましい、なんて思って、僕は頭を捻る。羨ましい……って何だ。何が、何が羨ましいのか……。分からないけど、なんだかとても羨ましい。
「それじゃあみんな。少しだけこちらを見てくれる?」
アポが呼びかけると、それまで食べていた十人ほどが一斉に食べている手を止めた。全員が誰一人反抗することなく従ったのはそれほどまでに仲のいいのか、それともアポがよっぽど厳しい人なのか……きっと前者であろう。
「ほら、ヴァイス。挨拶」
記憶がない人間に何を挨拶させるつもりなのか、この人は。食堂の人間は僕の方を見つめて挨拶を待っているようで、僕はとりあえず口を開いた。
「はじめまして。昨日、この施設にやってきました。ヴァイスです。よろしくお願いします」
言い終えると同時に拍手が沸き起こる。
「ということで今日から仲間が増えます。みんな仲良くしてあげてね」
アポがそういうと拍手が止み、そしてまた食べ始めた。
「私たちも食べましょう、ヴァイス」
シャイデンがそう言うと、テーブルの一つから声がかかる。
「シャイデン、ヴァイス。良かったらここで食べない? 丁度二人分空いてるんだけど」
「ありがとう! ヴァイス、あっちへ行きましょう?」
シャイデンに連れられて入り口から四つ目のテーブルに行く。
水色のショートカットに水色の瞳の少年と、桃色のツインテールに黄緑色の少女が腰掛けていた。
「はじめまして、シャイデン。俺はブリッツ。年は一番年上の19歳だ。もちろんアポには負けるけど」
「ブリッツ。どうしてそうやって……またアポに叱られても知らないからね。ヴァイス、アタシはリープ」
「リープにブリッツ。よろしく」
そう返すと、リープは少しムッとした声でシャイデンに言った。
「ところでシャイデン? 何故貴女がヴァイスを食堂まで案内する係だったわけ?」
「アポが私に頼んだから。それだけよ?」
「あら、貴女はいつも遅刻ギリギリなのに? それでもアポに頼まれるの?」
「知らないわ」
二人が言い合いしているとこを見ながら僕の隣に座っているブリッツが耳打ちしてきた。
「アイツら仲悪いんだよ」
「見てれば分かる……」
「まぁな。とはいえ、リープは素直になれないだけ。シャイデンは突っかかってくるのが嫌なだけ。お互いのことが嫌いってわけじゃなさそうだけど」
「……止めないの?」
「…………お、ヴァイスの瞳、俺と同じ色じゃん。なんか親近感」
あからさまに話を変えた。と、アポが僕とシャイデンの間にプレートを置く。ロールパンとサラダ、スープとベーコンが乗っている。
「シャイデン、リープ、くだらない言い合いはしないの。ヴァイスに良くない印象がつきますよ」
何故僕なのか。もう少し止め方はあるだろうと思ったが、二人はムッとした顔をしつつも口をつぐんだ。そのまま朝食を食べ始める。
「よろしい」
アポはうなずくとテーブルから離れていく。
「俺が止めなくてもアポが止める。そっちの方があきらかに効果があるから俺は止めない。それだけの話だよ、ヴァイス」
ブリッツはそう言った。
「ヴァイスはどうするの?」
朝食を食べ終わり、食堂から出た後、リープはそう言った。
「どうする……って?」
「今が7時半。昼食の時間は12時。4時間半あるけど、何か予定はあるの?」
「いや……」
「それじゃあアタシと一緒に図書室にでも行く? 図書室はとっても広いのよ」
「いーや、図書室なんてつまらない。中庭へ行こうぜ? 俺の友達と鍛錬とかしよう!」
「いいえ! 私と一緒に施設を巡るんです! 来たばかりなんですよ? まずは場所を把握した方が……」
何故取り合いみたいな構図になってるのやら、なんて僕は思った。悪い気持ちはしないが、断るのには気が引ける。
だが僕の目的は自分の記憶を取り戻すこと。そのためにできればこの先行動したい。そう考えると、ブリッツの提案は全く持って身にならないような気がする。優先事項ではないだろう。シャイデンの申し出はありがたい。だが……。
「今日はリープについていくことにする。二人はまた後日でもいいかい?」
「ええ、いいわよ」
「なんでリープが返事すんだ。おかしいだろ」
ブリッツが抗議の声を上げたが、リープは微笑んだだけだった。
「それじゃあ行きましょう、ヴァイス」
「午後は私といましょうね!!」
シャイデンの声が後ろから聞こえたが後ろを振り向くことは叶わなかった。リープが一つ目の曲がり角で曲がってしまったからだ。
「ヴァイス」
リープは僕の手を掴み歩き続けながら僕の方は見ずに言った。
「貴方は……何者なの?」
「…………え?」
リープが立ち止まる。そのままこちらを向いた。少し怒ったような、不審に思っていそうな顔が見える。
「ヴァイス。貴方は何者なの?」
「いや……どういう意味……」
「いきなり、こんな中途半端な時期にこんなところに来るなんてありえない。しかも名前!! ヴァイスなんておかしいの」
「おかしい……って」
「ヴァイス。この地に伝わる天候の神様から取られてる。そんな貴方がこんなとこに来るわけ無いじゃない!!」
「アポに聞いてくれ」
僕はそう言った。この名前は本名じゃない…………多分。とりあえず今の名前をつけたのはアポだ。僕が知ったこっちゃない。
「…………なんで、アポなの」
「アポがつけたから。僕は記憶喪失なんだよ。本当の名前も年齢も誕生日も好きなことも何も覚えてない。今までどこにいたのかも、どうしてここに来たのかも。だから君に不審に思われても僕は何も答えられない」
「…………記憶喪失?」
リープはそう言った。酷く驚いたような顔をしている。
「記憶喪失の割には…………落ち着きすぎじゃない?」
「……それはそう」
だが慌てても仕方ないというか、慌てて自分の身になにか危険が起きてしまう事態になる方が怖く、そして恐ろしい。だから、できるだけ冷静に思考を働かせた方が効率はいいだろう、と言うと、少し考える素振りをした後
「淡白なのね」
と彼女は言った。
「まあいいわ。敵かもしれない、って思っただけだから」
「敵……?」
「図書室で教えるわ。何も知らないならただ説明するだけじゃちんぷんかんぷんでしょうし」
リープは微笑んで、僕の腕ではなく手を握ってもう一度歩き出した。さっきよりもゆっくりなスピードで今度は引っ張るのではなく、一緒に歩みを進めるように。
さっきは警戒してただけなんだな、と僕は合点がいく。
「リープ」
「何?」
「……いや、優しいなって」
「…………なに、それ」
少しだけ顔を赤らめたのは、恥ずかしかったんだろうなと思いながら、僕らは歩みを進めた。
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