逆戻り、でも、手に入れたもの
大影との激戦を終えた後、迷宮周辺で起きていた異常は鳴りを潜めた。魔物の暴走は収まり、失踪する冒険者は居ない。それを迷宮が諦めたと捉えるのか、束の間の安息と捉えるのかは、人次第だった。
だが、少なくとも。
この危機は乗り切った。四人の活躍によって。
そんな中の一人、カナはと言えば……
「やっぱり趣味だよね」
「そうなのかも」
やっぱり医務室にいた。
見慣れた光景。でも、今までと一つだけ違うのは、隣にもう一つベッドがあることだった。その上には、水色の瞳をカナに向ける女がいる。今回の騒動のど真ん中に居続けた人物でもあり、最大の功労者でもある彼女もまた、怪我人として運び込まれていた。
大量の傷も勿論のことだが、魔力を大量に使い続けたのも良くなかったらしい。
今のリミアは恐らく、小鹿とかにも殴り負ける。
「暇だなぁ」
「暇だね~」
射しこむ陽の光を眺めながら、二人して同じような事を言った。
何もすることが無い。暇を持て余している筈なのに、充足した感覚が胸を包んでいるのは、自分たちが大きな事象を成し遂げたからなのか、もう一人と共に居るからなのかはわからなかった。
いつか、リミアがカナの隣に座ったこの部屋。
あの時上から見下ろした少年の顔は、同じ高さから見てみればこんなにも愛おしくて、遠く感じるのだ。リミアは、随分気色悪い事を考えるようになったなと自分を鼻で笑いながら枕に顔をうずめてみる。
これが恋なのだというのなら。
恋に酔って、依ってしまう人間もいるのは頷ける。せめて、私はそうなってしまわないようにしよう。彼に寄りかかってしまえば、あの輝きは見えなくなってしまうかもしれないから。
「ふふ……」
「どうしたの?リミア」
「何でもないよ~」
でも、呼び捨てしてくれるようになったこの喜びだけは、ちゃんとしまっておくことにした。
昼下がりは続く。
泡沫にならないよう、リミアは今を抱きしめる。
◆
ややあって、二人だけの時間は終わりを告げる。
がらがらと扉が開かれ、入ってきたのは長身の女。通っている居酒屋にでも入るかのような気軽さで、ダファナは二人に近づいてくる。
「なーに寝込んでんだよ坊主。一緒に飲むって約束だったろ?」
「え!?」
ダファナの軽口に何故かリミアが大きく反応し、ダファナはさぞ愉快と言った様子で爆笑した。
「ん~……」
「そう妬くんじゃねぇよ。奪いはしねぇわ」
「奪うとかそんなんじゃ……」
なにやら談笑する二人を横目に、カナはネロに話しかける。
「なんか楽しそうだね?」
「う~ん、カナはもうちょい勘を鋭くした方が良いかな?」
「?」
きょとん、と首を傾げたカナに、ネロは苦笑で返す。まぁ、浮世の事に疎いのも英雄らしいと言えばらしいのだろうか?なんて考えながら。
「二回目になるな、ギルド長」
「こんなに短期間で問題に巻き込まれるとは思っていなかったけれどね……」
疲れた様子でケイネスは頭を抱える。
こうも異常が立て続けに起こるとギルドの責任を問われ始める。それをどう対処するか、というのが彼の戦場でもあるのだが、まぁカナには関係のない話で。
「さて、カナ・トーラド」
「はい」
ケイネスが差し出した手を、握り返す。
「君には感謝してもしきれないな。凄まじい功績だ」
「今回は皆にも協力してもらって……」
「だが、真実を究明したのは君だと聞いたぞ?」
「……ダファナさん?」
リミアには仮説程度しか伝えていない。組み立て切った論理を伝えたのはネロと、それこそダファナしかいない。というかカナはその状況を望んでいた。そうすれば、功績はダファナの方に流れてくれるだろうから。
「若い奴の功績奪い取る程飢えてねぇよ」
ダファナはべー、っと舌を出す。
「でも無茶して貰いましたし」
功績を流したかったのは面倒ごとを避けたかったとかそんな事ではなく、無理をしてもらったダファナにせめて恩返しがしたいと思ったからだ。あの後、門番云々でひと悶着あったそうだし。
「返したかったら後で返しな。私と同じくらい強くなってからな」
「……遠いなぁ」
「ま、なってもらわないと困るけどね」
ネロが何気なく呟いた一言に背筋を震わせつつ、もう一度ケイネスに視線を戻した。
「話を戻そう。君の今までの功績をたたえて、『昇格』を行いたい」
「昇格、ですか」
冒険者には位がある、ということぐらいは理解している。
それが上がるというのは嬉しいということは嬉しい事なのだろうが、余り実感がわかないというのが本音だ。
「幾つ上がる?」
「二つだ」
「八級ねぇ。もうちょいいけないのか?」
「流石に限界だ。上層で起きた事件には渡しすぎないというのが上層部の判断でな」
「は~、もっと下でやりあった方が良かったかぁ?」
「縁起でもないこと言わないでくれ」
そんな言葉が口から出るほど、ダファナはカナを高く評価しているらしい。その実力もそうだが、どちらかというと芯のある性格の方を。
「とにかく、君は今日から八級冒険者となる。効果は色々あるんだがまぁ一つだけ言えるのは、食堂の飯が安くなるということだ」
「……え!?」
あれ以上に!?あの品質の料理を!?
どんな超常に出会っている時よりも慌てているのではないのかという程わたわたし出したカナを、ケイネスは微笑みながら眺める。どんな機能が解放されるかを説くより、この話をする方が受けがいいのは毎回の事だった。
「ほら、腕輪を出してくれ」
取り外した腕輪が、ケイネスの掌の上で淡い光を放つ。
端から侵食されていくように金属が変色していく。ある一定の波長を与えれば変色するタイプの金属であることはカナ……ではなく、その横に座っているネロの目からすれば明らかだった。
「リミアには後程報酬を払わせる」
「弾んどいてくださーい」
「善処しよう」
ややこじんまりと、英雄たちの報酬は与えられたのだった。
もう少し後でカナに送られた謝礼の額にカナ自信が顎を外しかけるのだが、別の話としておくことにする。
◆
「ふっ、ふっ!」
冒険者は傷の回復が早い。
ダファナやガランが素早く業務に復帰できたのは、傷の浅さもそうだがその回復力にも起因する。原理としては魔力を取り込むごとに体が鍛えられ、それによって自然治癒能力も上がっていくといった具合だ。
ならば、カナもそれに当てはまり始めているのは自明だった。
いつもの訓練場で、カナは剣を振るう。
そこに傷の後遺症は感じられず、それどころか先日よりも技の切れが上がっていた。数度振るったあと、大きくため息をついてカナは地面に寝転んでみる。強くなった、だからこそ実感してしまう。
「足りな~い!」
「そうだねぇ」
ネロが傍で肩をすくめた。
あの戦いを生き残ったからこそ、感じてしまう。未だに力不足な自分と、願う未来の遠さを。自分が目指している場所は、あんなものではない。
「強く、ならないとなぁ」
漠然と抱えた不安感を言葉に乗せて吐き出してみる。
もっと強く、もっと速くと思っても一歩に限界はある。どれだけ進んでも、踏みしめていては届かない場所に目標はあった。それほど、迷宮というものは未知に塗れている。
一瞬だけ瞼を閉じた。
「ネロ、ちょっと手伝って」
「ん?いいよ」
立ち上がり、剣を構えてみる。
まるで、あの一撃を再現するかのように。
「もっかい、やってみたい」
「ふふ、そうこなくっちゃね」
いつまでも寝転がっているわけにはいかない。そんな覚悟を匂わせた言葉に、ネロが口角を吊り上げた。そして、その魔法を唱えようとした……その時。
「ちょっと待て、坊主」
「「え?」」
攻撃を放たれようとしている射線上に、ダファナが現れる。
「そのまま撃て」
「……これ、ガチの剣なんですけど」
「良い」
にやり、と破顔したダファナを目の前に、一度ネロに視線を送る。止めてくれることを期待したが、爛々と目を輝かせた彼女を見て諦めた。
「力の差を知ることも重要だよ?」
「……了解」
力を抜く。
元々、今の自分で殺せるような相手でないことぐらいは理解している。でも、傷ぐらいは刻ませてもらいたい。深淵の魔力を滾らせて、鋭く研ぎ澄ます。ただ、貫け。
「行きますよ……っ!」
「【
黒い星。
「『
金色を纏った獣。
勝負は、ほんの一瞬。
駆けだしたネロと、ダファナの視線が衝突する。残像と化す程の高速となったカナ──しかし、ダファナはそれに反応する。剣の切っ先に合わせるように、空中で力が炸裂する。
その力すら切り裂き、カナは前に進むが、狙いはそこでないことを理解する。
(ブラされた)
外部からの力を受けたことにより、切っ先が揺らいでしまった。
「っはぁ!」
剣を横からダファナの拳が弾き飛ばす。
黒い魔力すら突破できるほど、ダファナの魔力は圧倒的だった。剣が手から離れ、カナの攻撃はそこで終わる。ぐさり、と地面に剣が刺さる音だけが草原に残っていた。
「……はぁ~、完敗です」
「勝てる訳ねぇだろ。先輩だぞ?」
挑発的に笑って見せた後、でも、と言葉を付け加える。
照れくさそうに頭を掻きながら、彼女は言葉を紡ぐ。
「これは小手先なんだわ。威力だけ比べんなら危なかった」
「小手先?」
「お前も気づいてたろ?威力を殺すために一発入れた」
正面から受けずに、先手で攻撃を揺らした。それをダファナは少し気に入っていないらしい。
「けどまぁ、見せておきたかったんだ。冒険者のやり方ってやつ」
騎士のように正々堂々と立ち向かうのではなく、魔法使いのように英知だけで戦う訳でもない。持ちうるものを叩きつけ、地面に這い蹲ってでも生き残る戦い方。それが、冒険者というものだ。
「面白いもん見れたから、その礼にな」
「ありがとうございます」
「感謝すんな。やりづれぇ」
目線を逸らしてそう言う。
結構純粋な人なんだな、とカナは思った。
「……けどまぁ、これだけをしに来たわけでもねぇんだわ」
「はい」
薄々勘づいている事でもあった。ぶつかり稽古のような形になったのもカナが鍛錬している所に偶然ダファナが現れたからであり、ダファナがなぜここに来たのかはわかっていない。
「カナ、強くなりたいか?」
ぽつん、と。水面に落ちた雫のように、静かにその言葉はカナの心に反響した。そして、僅かに逡巡を挟んで、返答する。
「はい」
「そうか、なら一個提案なんだが……」
それは、カナのこれからの進む道を大きく決めるものだった。
「『コロンディウム』に来てみないか?」
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