作戦会議
大影から離れた物陰に、三人は集まっていた。
この辺りの地形に関して詳しいリミアが隠れるのに向いた場所であると太鼓判を押しているので、恐らく中々簡単には辿り着かないだろう。大影は移動が遅かったというのも拍車をかけている。
三人が座っている隣には被害者が並んでいる。
カナが地道に、ダファナが怪力で、リミアが風では運んできた。カナはちょっと拗ねた。
並んだ被害者に三人が顔を寄せる。
「起きないね~」
「やっぱ魔法だからな、そう簡単にはできてねぇわ」
ぺちぺち、とリミアが頬を叩いてみるが、反応はナシ。それどころかすやすやと寝息まで立てている。
「あ~、でもこいつならいけるわ」
被害者の周りをうろついていたダファナが、あるものが寝ているのを見ると急に動きを止める。
それは、眠ったままのガランだった。
「おらよっ!」
「「え!?」」
肋骨へのローキック。
それは風を引き裂き、吸い込まれるようにガランに衝突する。上位冒険者の体から放たれるその威力は、想像するだけでも寿命が縮みそうだった。
「自分で起きないって言ったばっかじゃ」
むくり。
「……あ?何処だ此処」
「「起きてる……」」
ぽけーっとした様子で、確かにガランは起き上がった。
「ようやく起きやがったか。寝坊だぜ?」
まだ少し呆けているガランを一度放っておき、ダファナは二人の方に向き直る。
「こいつと私は幼馴染でな。訓練で手合わせをしまくって、そんでボコしまくった」
故郷を思うような穏やかさで、血みどろの過去を話し始める。
何故、ガランが起き上がることができたのか?
それは、気絶に慣れていたからだった。幼少期からその獰猛さを備えていたダファナに殴られ、蹴られ、倒れた後で起き上がる。そんな生活の果てに手に入れた、不名誉な力である。
「いやぁ、涙を流しながら殴り飛ばした甲斐があったな!」
がはは、と笑うダファナを横目に。
声も出せずに、二人はドン引きした。流石のネロも顔を引きつらせている。
そんなことは知らず、ガランの意識が覚醒した。
明瞭な視線移動で次々に周りにいる人間の顔を眺め、最後に頭を指先で軽くたたく。それだけだった。
「……成程、状況は大体わかった」
「え?」
あまりにあっさりと告げられたそれに、カナは間の抜けた声を出す。
「あの霧で全員眠ったが、リミアだけは助かった。リミアが奮闘している所にダファナとカナが手助けに来た。違うか?」
「合ってるけど、きめぇよ」
「褒め言葉だ」
さらりと、大体のあらすじを言い当てる。洞察力といえばそれだけなのだが、そう片付けるにはスピードと正確性がおかしかった。
「状況を考えれば容易い」
「寝起き位は頭を休ませてやったらどうだよ」
「お前の脳の休暇が長すぎるだけだろ?」
「うるせ」
手慣れた調子で繰り広げられる会話は、二人の仲を推し量るのには十分な試金石だ。其れで言うのなら、深い関係性が二人の中に見受けられることは確かだった。
「ま、死んでねぇで良かったよ。小僧に感謝しな」
「カナに?」
「お前を助けたのはこいつだからな」
そう言えなくも無いが、大部分はダファナさんが──と、言える空気感では無かった。感謝は潔く受け取っておけ、と言った感じの空気がダファナから放たれていたので、彼女には目礼だけしておく。
「強くなったんだな、カナ」
「まだまだです」
「……謙虚だな」
頭に手を乗せられて。
でも、嫌な気はしなかった。それどころか、懐かしい気さえする。
「ありがとう、カナ」
◆
かくあって、次に始まったのは情報交換と展望の確認。
つまり、作戦会議だった。
「リミア、相手はどんな感じだった?」
最初に話題が向くのは勿論、一番長く交戦していたリミア。だが、彼女は困ったように首を振り、確かめるように口を開きだした。
「あんまり正面から戦えなかったからね~。でも、やっぱり厄介なのは」
「催眠の霧」
僅かな接触だけで効力を発揮する霧。
リミアのように対抗策を持っていなければ、手練れの冒険者であっても昏倒させるというのは厄介だ。それに、一度喰らってしまえば少なくともその戦闘は復帰することができない。
「でも、俺達が来た時は出てなかったような」
「確かになぁ。出てたんなら小僧はもうぐっすりのはずだ」
リミアを庇うように躍り出た時点で、カナは眠っていなければおかしい。
つまり、あの時点で霧は発生していなかった。
「もう少し詳しく聞かせてくれ。カナ達が来る前、霧が出ているときはどうだった」
「遠くからずっと霧を出して~……あと、子分を一杯出してたかな」
「攻撃はしてきたか?」
「ううん」
ふぅん、とカナの後ろから聞こえてきたのは、ネロの声。
彼女は僅かに考え込み、頷いた。
「これは皆に伝えた方が良いかもね」
ネロの憶測。
それは、大影には二つの機能があるのではないかというもの。一つは、遠距離から影を生産し、霧をばらまく状態。そして、近距離にて肉弾戦を仕掛ける状態。この二つを切り替え、応戦する。
それを両立できないからこそ、霧が発生していなかったのではないか。
「それなら筋は通る、か」
「使い魔っぽいしね~」
使い魔は複雑な行動を理解できない。
これは、冒険者を腕輪で認識していたのと同じだ。
「じゃあ、近距離に誘い込めば霧は出されない?」
「そうすればリミアの傍にいなくても眠る心配は無いな」
リミアを仕留めきれないと分かったや否や、利を殴り捨てて近距離に来た様子から、余り知能は高くないと見受けられる。なら、先ずは耐え忍び、近距離に回らせてから仕留めるのが最善だろう。
「じゃあ、それで行くか」
「待ってください」
「ん?」
音頭を取ろうとしたダファナをカナが遮る。
「少しだけ、話しておかなきゃいけないことが」
「何だ?」
「あの影は、中に人を仕舞ってます」
しん、と困惑が走り、理解が追いついてくる。
いち早く意図を理解したガランが口を開く。
「……待て。あるのか?そんなことが」
「残念ですけど、視えてしまったので本当です」
「視えた、って……」
カナの右目が黒く光る。
カナの言葉に嘘はない。彼らは、その経験や直感、信頼からそれを理解していた。だからこそ、荒唐無稽なそれが信じがたかった。
「あの体の中に、行方不明になった数十人が詰まってます。主に胴体に」
「生きているのか?それは」
「恐らく」
ガランが頭を抑える。
あのまま眠っていたら自分もそうなっていたのかもしれないと考えると、気分が落ち込むのを抑えられなかった。それでも調子を取り戻し、話を続ける。
「一旦信じよう。ならどうする?迂闊に殴れなくなるぞ」
「私の力じゃ中身まで殺しちまう。やりづらいにも程があるな」
「ま、それだけじゃないだろうけどね」
問題は、中身が生きている人間ということだ。
『魔法使いは、研究で命を扱うことは往々にして存在します。それに、人間を使おうとしたのではないかと』
強靭で、魔力量の多い冒険者が大量に体内にいるということは、それだけ「備え」を持っているということに等しい。魔力が尽きれば、冒険者から回収すればいい。無尽蔵の備蓄といっても差し支えないだろう。
「それに、使い魔の性質上もしや……」
「どうにかできないのかよ?ガラン」
「如何せん情報が少ないな。実際に戦いながら探ってみるしかないだろう」
どれだけここで考えをこねくり回したとしても、机上の空論に過ぎない。戦略を練ることは迷宮において重要だが、それを超えるほどに実戦での情報収集は必要不可欠だった。
「まぁ、そうなるだろうな。あっちもそれがお望みらしい」
「OOO」
どろり。
地面を這う影の音を皮切りに、四人が武器を構える。物陰のすぐ向こうに、大影が現れていた。それは人の影を確認するなり、直ぐに体を掻き毟り始めた。傷跡からは、煙が溢れ出していく。
「【
廻る風がリミアを、仲間を覆い、霧を弾いていく。
「離れないでね~。あんまり範囲大きくないから」
「了解。全員、胴体には攻撃をしないようにしろ!先ずは様子見だ!」
「「「応」」」
対「大影」戦、開幕。
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