精霊との勉強会

「真実なのか、それは」


「残念だが、もう調査の手は回った。妄言では無いらしい」


 ギルドの上層部が集まる会議室。

 今回はお偉いさん方だけでなく、複数の冒険者が集められている。そこには、ガランの姿もあった。メンバーを見るに、魔法を使える上位の冒険者が集められているようだ。


 それに当てはまらず、この場に座るのが一人。

 渦中の十級冒険者、カナ・トーラド。


「カナ・トーラド。君の意見は、事件の全てに成りかねない。頼んだぞ」


「……最善を尽くします」


 荘厳な口調を取り繕ったケイネスに、カナは背筋を伸ばして応答する。

 大丈夫、罪を告発されてるわけじゃないんだ。そう言い聞かせはするものの、やはり緊張は洗い流せない。

 そんな彼を見越してか、他の者達より交流が深いガランから声がかかる。


「率直に聞く。カナ、君はどう思う?」


「確かに、強いです。でも、それだけじゃない、そうじゃないと説明がつかないと思います」


 影の魔物は、恐ろしかった。

 だが、弱点が明白で、それも冒険者が常備している閃光弾でどうにかできるものだ。それを踏まえて、無事に生還した下位冒険者がカナのみというのは、どうにも納得ができない。


「それに、冒険者の方たちは生け捕りにされてたんですよね?」


「ああ。腕輪の反応からもそれは明らかだ」


 被害にあった数十もの冒険者は、命の鼓動を失ってはいない。


「この数を一気に攫うというのは生態と呼ぶには奇異すぎると、感じます」


 これは、ネロの意見でもあった。

 これまで観測されていない魔物が、ここまで大規模な事件を起こせるだろうかと。


「普通の魔物ではない、か」


「すいません。知識が浅く、答えは出せないんですが……」


「いや、十分だ。皆、資料は見ているな?カナ・トーラドの意見に反論や指摘があるものは居るか」


 ケイネスの問いが場を支配し、一瞬静寂が訪れる。

 それを突き破ったのは、白いローブを着た男だった。


「どちらにも分類されませんが、一つ言いたいことが」


 ケイネスが眼で促す。


「その魔物、使い魔の可能性はありませんか?」


「「「!?」」」


 使い魔。

 魔法の中でも特殊で、難易度の高いものとして知られているものだ。かくいうローブの男も、使い魔を専攻としている人物だった。


 使い魔というのは、簡単に言えば人工の魔物だ。

 術者の好きなように属性や性質を変えられ、命令を下せば従順に行動する。言葉だけなら聞こえはいいが、魔法に万能は存在しない。

 つまり、どこかしら弱点は存在するということだ。


 使い魔の弱点は魔力を大量に消費する点、練度によっては命令を訊かない場合もある点、そして最後に……


「閃光弾のみで討伐できる。これは、使い魔の特性と酷似しています」


「弱点の露出か」


 片方に壁を造れば、その反対を塞ぐ材料が足りなくなる。

 つまるところ、使い魔には明確な弱点がある。


「では、何故攫う?」


「魔法使いは、研究で命を扱うことは往々にして存在します。それに、人間を使おうとしたのではないかと」


 普通の人間よりも、冒険者の方が肉体が強靭で、魔力量も多い。

 だから実験体としては上等というのは理解できるが、リスクが大きすぎる。本当にやった人間が居るとしたのなら、魔法の魅力に取りつかれて理性を外した愚か者か、


「本物の邪悪か」


 どちらにせよ、とローブの男は言葉を挟み、結論に入る。


「生け捕りにする必要もそれなら説明ができるかと」


「ふぅむ……」


 ケイネスは全体を見回す。

 冒険者で在り、学者でもある彼らが何も口を挟まないということは、ある程度の妥当性があるということだろう。方針は、決定した。


「よし。ギルドは使い魔を使える魔法使いを洗い出し、怪しい動きが無いか確認する。君たちには、暫定使い魔の討伐を依頼したい」


 冒険者の仕事が、逸脱者たちの狩りが


 幕を開ける。



 ◆



「といっても、私たちは暇だよね」


「まぁ、行っても何もできないよ。あ、これ一つ」


「はいよぉ!」


「あ、うまい」


「カナ、小食そうな顔して結構食べるね」


「疲れたからしょうがないんだよ」


 カナとネロは、街をうろついていた。

 安全性と実力を考慮して、カナは討伐には行けない。それに加え、冒険者だけでなく全ての人間が上層の侵入は一時禁止となっている。


 道端のベンチに腰掛け、屋台で買った軽食を口に運びながら、会議で聞いたことを思い出していた。


「使い魔、ねぇ」


「考えもしなかったよ。確かに、筋は通るけどさ」


 考えつくつかない以前に、選択肢に中々入らないというのが真実だった。


 迷宮規模で起きた異常を、人間のものであると断ずる。それは、魔法使い、魔法を信じ、極めんとする者達だからこそ出てくる発想なのかもしれない。

 魔法には限界が無い、そう考えているから。


「……ほんとに、出来ると思う?」


「私の頃じゃできなかった。少なくとも人間はね」


「どれくらい人間が進んだか、って話になるのかぁ」


「進んでいるといいね」


「進んでない方が有難いよ」


 簡単にギルドを揺るがしかねない魔法を使えてる人間がポンポン生まれたらたまったものではない。まぁ、実際起きてるならどうもこうも……


「あれ?」


「どうかした?カナ」


「今、人間はって言った?」


 少なくとも人間は。

 ならば、ネロの頃から魔物や他の種族はそれを可能としていたのだろうか。


「うーん、出来たんだけど、それは無いと思うよ」


 使い魔を召喚できる魔物もいるには居る。

 しかし、それなら生け捕りをする必要がないし、何よりも階層が浅い。あの階級の魔物を生み出せるほどのの魔物はもっと下だ。


「少なくとも、上層には出ないよ。二十、いや、三十階からかな」


「そっかぁ……」


 あの魔物。弱点があったとしても、十七階の幽鬼よりも脅威度は高かった。

 なら、それを生み出せる何かはもっと下に居るのだろう。それが静かに、気づかれること無く移層してくるとは考えずらい。


 それに、強いなら上へと進む必要はない。


「ん~~」


「気になる?」


「半端に関わっちゃったから」


 これで解決まで指をくわえて待っているというのも、性に合わない。何の意味も無かったとしても、探り回っていれば時間潰しぐらいにはなるだろう。


「ギルドって図書館あったよね?」


「多分」


 軽食を食べ終わり、ごみを捨てる。


「一回行ってみるか」



 ◆



 本の匂い、というのは独特なものだ。

 インクや、紙。それらを年季で重ねた本の匂いは、心地よさすら生み出している。四方八方の壁前面が本で埋め尽くされるほどの本棚が並べられるそこは、カナの目をもってしても素晴らしい場所なのだろうと理解できた。


「冒険者の証明を戴けますか?」


「あ、はい」


「ありがとうございます」


 知的そうな男の司書に腕輪を見せ、図書館の中へと入っていく。


 ある程度区分けされているようで、一先ず魔法、と分類された方へとカナは歩いていった。


「そういえば、カナは文字を読めるの?」


「一応はね」


「珍し……いや、今は違うのかな」


「どうだろ」


 結構珍しい、ような気がする。

 少なくとも農民には殆どいなかったし、カナも両親に偶然教えてもらったものを覚えているだけだ。世界迷宮近くだったりの巨大な街に住んでいる人間ならともかく、村では学ぶ場所がない。


 本棚の前を歩いてみるが、カナは気が遠くなった。

 ここから、使い魔の本を見つけるのか……?


「やりたくないなぁ」


「しょうがない。がんばろうか」


「お困りかな?」


 二人が気合を入れて動き出そうとしたときに、後ろから声がかかる。 

 さっきまでは、誰もいなかったはずの場所にそれは立っていて。


 見えている筈なのに、見えていないかのような女。

 いや、女と言っていいのかもわからない。認識がおぼつかないとでも言うべきだろうか。そこにいるはずなのに、確信が持てない。

 陽炎のような姿だった。


「──精霊?」


 ネロの指摘に、女が口角を吊り上げる。


「お、鋭い。いいや、か」


「そこまで高尚なもんでもないさ」


 ネロが自嘲気味に笑う。

 女は、ネロと会話をしていた。実体を持たず、普通の人間には知覚もされない彼女と、そも当たり前かのように。

 それを可能にしていたのは、カナの記憶の中では神官だけだ。


「私の事を話したいわけじゃない。本を探してるんだろう?手伝ってあげよう」


「良いんですか?」


「仕事だからねぇ。ここに住み着いてるお礼という奴だ」


 カナは、どこかで聞いた話を思い出す。

 神に近い存在である精霊は、時に人間の住処に居候することがあるらしい。彼女も、それに近いのだろう。

 働かせている例は聞いたことも無いが。


「けれど目的の本だけというのも面白くない。他のも見せてあげようか?魔法の大道芸三十選だとか、面白魔道具とか」


「「ちょっと読みたい」」


 カナとネロの声が揃う。

 そんなものまで取り揃えているのか、ここは。何故ギルドにそんなものがあるのかはわからないが、読んでみるのもまた一興というか……


「……じゃなくて、遠慮しておきます」


「ふぅん、つれないなぁ」


「また来ますから」


 何とか説得しようと慌てているのがお気に召したのか、精霊は機嫌よさそうにくるりと回って歩き出す。


「それで許してあげよう。お探し物は?」


「使い魔関連のもので」


「了解した。なら~」


 ふわふわと本が浮遊し、女の手元に集まっていく。

 風に吹かれる綿毛のように軽々と飛び行くそれらを女は片手で受け止める。


「これと、これと、これと、あとこれも読んだほうがいいよね」


 カナは絶句した。あまりも多い。

 十に及ぶような数もそうだが、厚い。辞典と間違えて手に取ってるんじゃなかろうか?


「ん?」


 視線に気づいたのか、精霊が疑問を湛えてこちらを見つめる。

 全く揺らぐこと無いその瞳は、彼女が本を取り間違えているわけではないことを察するには十分だった。


「休みなのになぁ」


「全く休めなさそうだね」


「実にいい休日にしてあげられそうだね。冒険者君」


 三者三様の意見を携え、しかし、一つだけ共通していることがあった。

 今日は、長い日に成りそうだと。


 ぴらり、と一頁目を捲り、カナは頭を抱えた。


「文字が多い!」


「頑張るといい。お茶位なら入れてあげなくも無いよ」


「条件は?」


「その本から出題した問題に答えろ」


「結構効果的なのが文句を言いずらい……」



 ◆



 図書館の長机に、三人は揃う。


 只管に本を読むカナ。

 その横で、精霊に魔法で頁をめくってもらいつつこちらも読書をするネロ。

 それを眺めながら楽しそうに飛び回る精霊。


 図書館の昼下がりには、異様な風景が広がっていた。

 この図書館に良く訪れる人間なら、精霊に気に入られることの難しさも知っているので、それを含めて奇妙だ。

 精霊は、相手が知識欲を持っていることと、自分の知識欲を満たしてくれる程異質な何かを持っていることを求める。


 今回は、カナの知識欲、同類でありながら同類ではないネロという二つによって満たされたようだ。精霊は楽しそうにしている。


「……ん」


「どうかしたかい?冒険者君」


 ふと、カナの手が止まる。

 それに気づいた精霊が近寄ってみれば、それは丁度「精霊」という種族についての情報が乗せられている場所だった。


「精霊さんも使い魔なんですか?」


「そう分類する学者もいるね。捉え方によってはそうだと言っておこうか」


 術者の命令に従い、属性に偏りを持つ。その他もろもろ、使い魔と区分されるだけの特徴を、精霊は持っている。今ここでギルドの職員として働いているのも一種の契約なのだろう。

 だが、使い魔と呼ばない人間にも理由は存在した。


「まぁ一番大きいのは、わが主。神を術者と呼ぶべきかってところなんだろうね」


「神が行使する術は魔法に非ず、まさしく天啓。人間も敬虔と呼ぶべきなのか……」


「ほんと、変なところで真面目だよねぇ」


 反対の立場にいるであろう二人だが、それに関しては同意見であるらしい。

 知識を求めた精霊。力を求めたネロ。その行く先で至った結論は、両者とも同じ。


「誰が用いようと術は術。だから私は、自分を分類するなら使い魔の中、精霊族と呼ぶのだろうか」


 そう語る精霊に、カナは何かが引っかかる。

 どれだけ力を持ったものであろうとも、理外の者であろうとも。

 結局分類すれば、人間の尺度まで落ち込んでしまうのだ。だが、それは逆に言えば、尺度を落とせば、誰も理外の技だと気づかないのではないだろうか。


 迷宮で起きた使い魔騒動。

 あれは、本当に人間の仕業なのか?


「……いいや、考えすぎか」


 カナは一つ溜息をつき、頁を捲った。

 その後ろでそれを眺めていた精霊が、意地悪く笑う。


「助言をしてあげよう。冒険者君」


 それは、物語を読み聞かせるかのように穏やかで。

 判決を告げるかのように、厳かな預言。


「君の相手は、君が思うより悪辣だ」

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