冒険者へ

 突発的に起こった魔物の移動。

 一階層を目的地としていたそれは、通常なら大量の冒険者を蹂躙し、被害を生み出すことが予想されていた。けれど、怪我人こそいたものの、死亡者は零。


 これの功績をたたえ、ギルドは称え、勲章を贈った。



 ◆



「何のつもりだ。ギルド長」


「……」


 ギルド長室。

 豪華な椅子を背に、肩幅の良い男が座っている。迷宮在るところ、つまり世界の遍く場所に存在するギルドの中でも、最も規模の大きい世界迷宮支部を束ねる男。

 キーリア・グード・ケイネスは、燃え盛る烈火と相対していた。


「俺の功績な訳が無いだろう。これは、カナの……」


「わかっている。それは、私も知っているさ」


 事の顛末を、ケイネスは全て聞き及んでいる。

 それを踏まえて、彼はこの決断を下したのだ。


「気持ちはわかる。だが、弟子を殺したいのか。ガラン」


「……どういうことだ」


「考えても見ろ。冒険者でもない男が、移動をしのぎ切ったという話が、素直に信じられると思うか?」


「……」


 言葉には出さず、ガランは断ずる。

 ありえない、と。自分も当事者でなければ、そう考えただろう。


「お前が師匠とは言え、何か裏があると思われる。そこで矛を向けられるのは、あの少年だろう」


 恨み、妬み、はたまた詮索。

 他人の負の感情に晒された者の末路は、ガランも多く見て来た。このままでは同じように、カナの功績は認められぬまま死んでしまうと、ケイネスはそう指摘する。


「素晴らしい働きだ。だから、それを称えて私は、彼を称えない」


 感情だけで動けないギルド長は、何処までも冷静で、寛大だった。

 ここまで来て漸く納得できたのか、ガランは歯を食いしばり、一つ息を吐いた。それで、炎は鎮火したようだった。


「……すまなかった、ギルド長。熱くなってしまって」


「覚悟の上だよ。君は、そう言うだろうと思っていた」


 長い時間を共に過ごした二人の信頼は、厚いものだった。


「一回奢りな」


「いつものところでいいかい?」


「あぁ。あそこのジジイが死ぬ前に行ってやらないと」


「仲良いくせに、素直じゃないなぁ」




 ◆




 かち、かちと秒針が鳴る部屋で、カナは寝ころんでいた。


「ねぇ~、カナ?」


「何ですか?」


「動けなくなるの趣味なの?」


「……まぁ、否定できないぐらいには短い期間でしたね」


 久しぶり、とも言い難い程早く、カナはギルドの医務室に舞い戻ってきてしまったらしい。二度目の天井を見ながら、カナはぼーっとしている。


 でも、前回よりかは退屈していない。

 ネロが居るのは勿論、殆どの時間リミアが隣に座っていたからだ。


「私の所為で上層部がわたわたしててね~。処分待ちなんだ~」


 のんびり語るリミアだが、結構重大な話のような気がしてならなかった。


 魔物の移動を防いだ、というのは救護班としても重大な事である。普通なら賞賛されるどころの話ではないのだが、ここでリミアが休職処分を受けていたことが複雑に絡まってくる。


 休職中に救護班として行動したことへの罰。

 それを引いても余りある働き。


 そして、ガランの手引きによってギルドからもリミアを擁護する声が飛んできている。

 その対処に悩まされ、一旦待機しているところらしい。「大変そうだったよ~」、と呑気に語るリミアは、楽しげでもあった。


 日頃の恨みかな、とカナは思うのだった。



 そんなこんな二人──カナにとっては三人──で平穏な時間を過ごしていると、訪問者が訪れる。こんこん、と鳴るノックに、二人揃って返答した。


「どうぞ」

「どうぞ~」


「失礼します」


 礼儀正しく入室してきたのは、見慣れない男。

 ……いや、どっかで見たことある気がする。と、カナが頭を捻るが、ギリギリのところで思い出せなかった。


「あの時の冒険者君じゃん。元気~?」


「あぁ!」


 カナの脳裏に電流が走り、記憶が蘇る。

 魔物に襲われて死にかけてた、あの冒険者だ。


「大丈夫でしたか!?怪我とかは!?」


「カナ、カナ。困ってる」


「あ」


 思わず手で口を覆う。

 視線の先では、苦笑いを浮かべている冒険者がいた。


「お見舞いに来たのに心配されるとは思わなかったろうね~」


 本来なら心配して訪れた立場だというのに、病床に伏している人間の方からあんな勢いで声を掛けられたら苦笑いもする。

 内心反省しながら、平静を取り戻したカナが言葉を発した。


「えーっと、どうしましたか?」


「あ、あの!有難う御座いました!」


「え?」


 率直に感謝を伝えた冒険者に困惑し、カナはリミアと目を合わせる。

 しかし、リミアは小さく首を横に振った。見るのはこっちではない、と言いたいらしい。


「本当に助かりました!!」


「いや、そんな大層な事は……」


「したよ。少なくとも、彼にとっては」


 ネロが後ろから言葉を刺す。


「人を助けるってのはこういう事だ。ちゃんと受け取ってあげな、それも誠意だからさ」


「……」


 誠意、か。

 謝礼を送ろうとしたりする冒険者を窘めるのに苦労しながらも、自分で掴みとったこの感謝が心地よくて、頬が緩むのを感じた。


「じゃあ、今度僕が困ったら助けてください。それで、良いですよね?」


「……貴方がそれで納得されるなら」


 借りを一つ。

 ということで、冒険者から謝礼としておいた。



 ◆



 次に医務室に訪れたのは、男二人だった。


「回復できたか?カナ」


「ガランさん!まぁ、そこそこです」


「思っていたよりは軽傷なようで良かったよ」


 一人は赤と黒が入り混じった短髪のガラン。

 そして、もう一人は肩幅が広く、茶髪の中に数本の白髪しらがが見える男だった。今度こそ、カナが見た事のない相手だ。


「申し遅れた。私はキーリア・グード・ケイネス、ケイネスと呼んで欲しい。冒険者ギルドの長を務めさせてもらっている」


「おさっ……!?ぐっ」


「楽な体勢で構わんよ。公の場でもないんだしね」


 動き出そうとしたカナが、不自然に硬直する。

 デジャブを感じる光景に、リミアが噴き出した。


「今回は、君に感謝を伝えたく思う」


「感謝、ですか?」


「あぁ。私達では、あそこまで速く対応できなかっただろうからね」


 丁寧に感謝を伝えられるが、カナには実感ができなかった。


 作戦は考えたものの、実際のところガランに教えられた技と道具、そしてネロの魔法で大部分をしのぎ切ったからなのだろう。

 自分の実力ではないのに自分が称えられている違和感が、拭えなかった。


「君には謝礼を送ることは立場上できない……ので、ガランの懐に多めに金を入れておいた」


「だからちょっと給料多かったのかよ……」


 つまりは奢ってもらえという奴らしい。

 長らしくない言動に思えるが、その人格含めてカリスマなんだろう。


「……誰も、亡くなってないんですよね?」


「あぁ」


「そう、ですか。安心しました」


 ギルドの情報なら正確だろう。

 他人の力とは言え、誰も死なせなかった。それは、素直に嬉しい。


「そして、救護班のリミア。君へも感謝を」


「私は何もしてないですよ~?」


「二人とも、年齢にしては謙遜が激しいな。もっと誇るといい」


 ケイネスが語るには。

 確かに迷宮は深く、相対的に見ればあの魔物達は強くないと判断されてもおかしくない。だが、冒険者が死ぬ可能性は大いにあった。


「ギルドにとってそれは大きな不利益だ」


「は~、種を守ったと」


「そういう事だ。子葉が出るまでに摘まれると私としても困ったものでね」


 なんにせよ、正当な報酬だと伝えたいらしい。


「そこで……君には、冒険者になってもらいたい」


「あんまり、話の流れがわからないんですけど」


「このまま正面から報酬が送れないというのは厄介でね。それに、私が手を挟まなくてもガランが登録させるつもりだったようだし」


「その通りだ。厄介な手続きを幾つか飛ばせる分、ギルド長からの方が楽だろう」


 元々、オークの宿題が終了した時点で正式に冒険者としての手続きを行わせるつもりだった。

 けれど、結果はそれだけでなく、移層まで防ぐ始末だ。これなら、ガランも不安はない。


「どうする?カナ」


「そういう事なら、お願いします」


 元々冒険者にはなるつもりだったのだ。

 楽になるなら、そっちの方が良いだろう。


「よし。それでは、私の名を用いてカナ・トーラドが冒険者になることを認めよう。これを」


「腕輪?」


 手渡されたのは、細身の腕輪だった。

 そこそこに上質な金属を使っているため、カナの顔が反射して映っている。


「これが身分を証明してくれるものになる。外に出るときは常備しておくといい」


「それがあると迷宮入る時に素通りできるからな。便利だぞ」


「お、有難い」


 今まではいちいち番兵に話を通したりする必要があったのだが、それが無くなるとなれば大分時間が短縮できる。


「それは十等級……ギルドでは一番下に分類される冒険者の腕輪だ。功績を残し、勲章を得るたびにそれは格上げされていく」


「ちなみに、そこの人は三等級らしいよ~?」


「ま、下っ端だがな」


 なんにせよ、大きく階級が上の相手ということだ。

 いい訓練相手を選んでくれたと今更再認識し、カナは神官へ感謝した。


「これで私の要件は終わりだ。何か質問はあるかい?」


「あー……そうだ。一つ良いですか?」


「何だ?」


 僅かに言い淀んだのち、カナが口を開く。

 ネロを助けるためには、聞いておくべきだと感じた。


「下層って、どのくらいになったら行けますか?」


「……それは、世界迷宮のか?」


「はい」


 ケイネスは唸り、ガランへと視線を向ける。


「速くても四か三……だが、行きたがるやつが少なくてな。如何せん資料がない」


「行きたがる、というかこちらとしては行かせないことが多いね」


「行かせない、ですか?」


 ケイネスがゆっくりと頷く。


「戦力をそう簡単に失う訳には行かなくてね」


 失う。

 まるで決定事項のように告げられたそれが、下層の厳しさを物語っていた。上層、中層を越えた冒険者でさえ、命を失うことが確定的なまでの危険度なのだ。


「カナは、下層に行きたいのかい?」


「はい。行かなきゃいけないんです」


「そうか……厳しい道のりになる。だが、それを覚悟のうえでその道を選ぶのだというのなら歓迎しよう。君は、今日から冒険者だ」


 今のカナは知らないが、ギルド長じきじきに認定が行われるのは異例と言ってもいい。

 その理由は功績よりもカナの将来性にケイネスが期待したことや、カナの中に眠る何かを僅かに察知したこと。そして


 これから起こるであろう、迷宮の異常に対抗する戦力を増やすためでもあった。

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