その仕組みで社会は回っているのですが、小娘はそれに対して不平不満ばかり言ってきます
「ていうか!」
バン、と小娘が体重を乗せた両手をテーブルに叩き付けました。
急にどうしました。情緒不安定ですか。
「ぜんっぜん人が来ないんだけど、どういうこと!?」
ああ、今日やって来たのは午前中の探賊達だけですね。
喚き立てる
何事かと神御祖神も目線がぴったり同じな伊佐那の瞳を見返します。
「そもそも、浜に打ち捨てられた船に入って来ようという人間は早々いないと思われます」
伊佐那が淡々と述べた正論で撃ち抜かれて、小娘は大仰に胸を押さえて仰け反りました。演劇でも目指しているのでしょうか。どうせ台本通りの演技なんて出来ないので止めておいた方がいいと思います。
「人の書いたシナリオに沿って行動するとか、わたしがする訳ないでしょ」
貴女、わたしへ言い返す為にそんなにしらっと姿勢を正したらショックを受けてたのが嘘みたいに見えますよ。
「なにコントしてんだ、そこの迷惑母娘」
む。灯理、そこの小娘と迷惑加減で一緒くたにされるのは心外です。むしろわたしは誰にも迷惑なんて掛けていません。
「堂々とそう言えるのが怖いわ、この神」
灯理がぴくぴくと口元を痙攣させていますが、意味が分かりません。わたしは清廉潔白です。
「そもそも、ダンジョンというものが発生したとして、探索者はそれを目印なしで探さないといけないのかい? この広い日本の何処かに隠れている入り口を?」
彼等からしてもダンジョンという物が流通している世界の仕組みは未知であるので、常識を理解していなくても仕方ありません。
新設ダンジョンは、ダンジョンの位置を察知するスキルを持っている探索者が発見するのが一般的です。先程も言いましたが、探索者は自分の行動を映像で即時共有して少なくとも国がそれを常時閲覧出来るようにしなくてはなりませんので、その発見情報は即座に国が把握します。
さらに総司達、内閣府ダンジョン対策管理室の面々も新設ダンジョンを逸早く見つけ出して突入するのに長けています。
こうして国がダンジョンの設立を数日から一週間以内に掌握して内部調査を開始します。その調査からダンジョンを難易度、脅威度、利得度の三点から評価されて、どんな探索者なら適正かという指標と共に情報が公開されます。
その時点からダンジョンへ他の探索者も突入を検討する、という流れですね。
「それ、入り口がころころ変わって国が把握してないダンジョンとか情報公開遅れて誰もしばらく来ないやつじゃん」
ええ、灯理の言う通りですね。
そこの小娘は少し考えたら分かる事でそんな絶望的な顔をしないでください。貴女、この世界で十二年も生きているのですから、これくらいの常識は知ってたのではないのですか。
「人間が勝手に決めた仕組みなんてわたしが知る訳ないでしょ!」
そこで胸を張るのではありません。
本当に自然の摂理は必要ない所まで全部知っているのに、人間社会には疎い神ですね。
「だってあいつら、意味分かんない事を勝手に制限して自分達で苦しむとか意味不明な事しでかすじゃん」
「分からないではないな」
主神同士で頷き合うと他の者が反論しにくくなるのですよ。
「禁酒法とかそうだよね」
「嵐、お前も具体例を出さなくていい」
「め、だめ?」
嵐が教養の深さを披露していますが、それが必要なのは今ではありません。
兎に角、そこの小娘が図に乗るような話を出さなくていいのです。
「つまりは先程の人間達と友好的に繋がりを持って此方の情報を渡していくのが、ダンジョンへの来客を増やす最適な手段なのですね」
征嗣がしっかりと必要事項を纏めてくれました。上に立つ者がこうも有能であるのは羨ましい限りです。
そしてその事実を理解せずに口煩くされたというだけで毛嫌いしているそこの小娘は自ら首を絞めていると理解なさい。
「……灯理、その携帯に総司の番号入ってるんだよね? 早く探索者に情報流すようにお願いしてくれる?」
「ぜってぇやだ」
小娘の上目遣いに惑わされるような灯理ではありません。一途で生真面目という絶滅危惧種に近いスパダリですよ、彼は。
「ちっ」
「お前、本当に可愛げないよな」
おねだりが通じないと知って小娘は不作法にも舌打ちをします。
もうちょっと愛想だとか礼儀作法だとか敬意とかいうものを身に付けて欲しいものです。
「……神相手に何を高望みしてるの?」
しかも貴女、神霊の中でも最高位に坐す太母神でありやがりますからね。
「
「君まで目を付けられるから余計な事は言わないでいなさい」
伊佐那がきょとんとした顔で何か言っていますが、
子供に対して目くじら立てる程、わたしは狭量ではありませんので。ええ、そこの小娘とは違うのです。
「ちょっと最近口の悪さが酷くってよ」
貴方の言動が悪いからです。
「なにを」
なんですか。
「お前ら、喧嘩すんな。口挟めなくてみんな困るだろうが」
む……まぁ、灯理の言う通りですね。
どんな相手でも態度を変えない意固地という程に確固とした自我を持つ灯理と、そもそもわたしの声が聞こえていない嵐以外の面々は上位の神格であるわたし達の言い争いを止めるのも畏れ多いと苦笑いを浮かべて遠巻きになっていました。
反省です。
「わたし悪くないもん」
この小娘、この期に及んでまだそんな態度を取りますか。しかしここで言い返してしまうと先程の二の舞です。
そう思っていたら、灯理が徐に小娘の背後を取りました。
「おめーはいい加減にしろって言ってんだろ! 人に頼み事したいんだったらちっとはいい子にしてみろ!」
「ぎにゃー!?」
そして灯理は容赦なく両手の拳で小娘の
体は普通の小学生女子である神御祖神には、こういった物理攻撃が効果的です。灯理が害意を持っていないので反撃出来ないというのも大きいです。
やはり頼りになるのは灯理ですね。最高神相手でも全く怖気付かないので、しっかりと小娘を折檻してくれて助かります。
「だから俺にばっか面倒をかけんなっての」
灯理には苦労を掛けて申し訳なく想っていますが、それでも貴方だけが頼りなのです。
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