その小娘は真面目に勉強しているように見えますが、実は全く関係ないことを考えています

 神御祖神かみみおやかみ灯理とうりらんに挟まれ、背後を伊佐那いさな清淡きよあわに塞がれて、一応は真面目に授業動画を見ています。

 神御祖神は真剣な眼差しを真っ直ぐ前へ向けて、時折、灯理の淹れたココアをちびちびと飲んでいます。

 灯理はそんな小娘の態度に満足そうにしてココアがなくなれば次を淹れて集中力が切れないようにしてくれていました。

 甲斐甲斐しいのは彼の性格でしょうが、そんなに労わってあげる必要はないと思います。

 今日の分の映像は休憩や確認テストを含めて二時間半で終わりました。普通に学校へ通っている子供達に比べればかなり短縮されています。

「なんだ、ちゃんと真面目に出来るじゃないか」

 灯理はタブレットを片付けながら満足そうに微笑んでいます。

「うん、ちゃんと考えてたよ」

「えらいねー」

 小娘の台詞を字面通りに受け取った嵐が神御祖神の髪を優しく撫で付けます。四人の子供を育てた嵐の手付きは、母性が滲み出るものでした。

 神御祖神は喉を鳴らす猫のように気持ち良さそうに目を細めます。

「そう。うちのダンジョン、戦闘特化で強力な神霊が必要だと思うの」

「……は?」

「め?」

 そこの小娘、興味ない事に従事しなければならない時、全く関係ない事を考えてシャットアウトする悪癖があるのですよね。

 見た目には真剣そのものでありますし、聞かなくても内容は初めから把握していますので質問にも正しい答えを返すのですが、実際は好き勝手な妄想に浸っているのです。

「灯理も神格を発揮しなければ総司やみつレベルがパーティ組んでいたら追い返せないし、『いさなふね』は戦力十分だけど、他にも日替わりエントランスは増やしたいし、探索者シーカーにも神霊級のバケモノは何人かいるし、用心棒的な神霊はやっぱり必要だと思うんだよね」

 きりっ、と格好付けた表情を見せる小娘は、殴りたくて仕方ありません。

「こんの、バカ娘! 真面目に聞いてると思ったらこれか!」

「いっ、たーい!」

 灯理の怒りが爆発して小娘の頭に重く固い拳が容赦なく振り落とされました。

 良くやりました。もう四発くらいはかましてやってください。

「いや、流石に何発もはしないが」

 灯理が罪を計って過不足なく罰を与えるのは美徳ですが、その小娘についてはもう少し罰を重くしないと天秤が平らにならないと思うのですが、どうでしょうか。

 必要ならその小娘のやらかしを詳細にお伝えします。

「やめろ……俺の苦労を増やすな……」

 見てください、灯理が気を重くしています。貴女はもっと節度を持った振る舞いをしてください。

「ちょっと! 今、灯理にダメージ与えたのは天真璽加賀美あめのましるしのかがみでしょ! 人のせいにするの、いくない!」

 根本の原因は貴女なのですから、貴女の責任で良いでしょうが。そもそもわたしが灯理に頼むのだって貴女の躾なのですよ。

「ケンカするな……頭がガンガンする……」

「め。灯理さん、かわいそう」

 ぐったりとテーブル突っ伏す灯理の頭を嵐がやわやわと撫でます。

 灯理にばかり神御祖神の世話をさせるのは申し訳なく思ったのか、征嗣ゆきつぐはなを連れて近付いてきます。

「此方の神霊が分担をして側に控えるのは駄目なのかい?」

「かわいそうじゃん」

 慣れた面々と離すのは憐れだと征嗣に言い返す小娘ですが、貴女はどうせ新しい神霊を生み出したいというのが本音の大部分なのでしょう。

「だってずっとお腹に溜まってると便秘になるんだってば」

 だから神霊を排泄物扱いするなと言っているのです。

 それに昨日に四柱も神霊を生んでいるのですから暫くは平気なのではないですか。

「まぁ、三日くらいは持つかな」

 何ですか、その微妙に思い当たる節のある日数は。

 だいたい、ダンジョンを造るまではそんなに頻繁に神霊を生み出していた訳ではないのでしょう。それでも刃金速應命はがねのはやたかのみこと航津海七神わたつみななつかみと八柱も生み出しているのです。

 まさかと思いますが、他にも生み出した神霊を隠していたりしませんよね。

「うん? してないよ。刃金速應命の眷属とか航津海国わたつみのくにの人達とか生んでたから」

 ええ、まぁ、神霊を生み出すよりはましですね。もういいです。

 征嗣も苦笑いを浮かべていますし、灯理はもう今日は相手しないと決めたのか自分の頭を撫でる嵐の手に触れて癒しを求めています。

「でもそんなに探索者の上位は凄いのかい?」

 先程の話題を進めても誰も幸せにならないと見極めた征嗣は少しばかり話を戻します。

 探索者と言えど神秘からは遠い現代に生きる人間ですから、征嗣の疑問ももっともです。

 ですがダンジョンという異次元な空間が流行しているのもあって、この世界は現代とは言えだいぶ可笑しな人間も存在しているのです。自分で言っていてなんですが、確かに恐ろしい世の中ですね。

「いるよー。日本だと八傑って八人の最上位探索者は取りあえずヤバい」

 神御祖神は至って軽い調子で言っていますが、その八人は本当に人の形をした怪物と言っても過言ではないのですよね。

 素戔嗚尊の荒御魂あらみたまの転生者だとか、どんなものにでも物理攻撃を適応させる異能持ちだとか、金毛白面九尾の九つに別れた魂の一つから生まれ変わった者だとか、米軍と同量で同等の銃火器をアイテムボックスに常備して銃弾をばら撒くトリガーハッピーだとか……こうして並べると日本社会が不安になる面々ですね。

「うわ……」

 征嗣も分かりやすくドン引きしています。とても常識的な反応を有り難うございます。

 それから花は思案げな顔をしないでください。絶対にどうやって撃退しようかとか考えていますよね。

「少なくとも我らの神体を持ち出せば天時風弓あめのときかぜのゆみに七神の力を合せば討てようか。その前に肉迫されぬようにどう対処するかが重要か」

 海の古代神を一撃で屠ったのと同じ攻撃ですよね、それ。神威を矢に変えて放つ神器を持ち出す時点で人間を相手にした戦闘ではないように思えます。

「僕達は海の上でないと……というか海勇魚船わたないさなふねが持ち出せなければ全力を出せないからね。広い階層じゃないといけないし、エントランスの防衛となると手が回らないのも事実だね」

 あ、征嗣、そんな小娘の意見を後押しするような事を言わないでください。

 周りが後押しすると余計に暴走していくのがそこの小娘なのですよ。

「環境を問わず実力を発揮出来て、狭い空間でも周りに被害出さずに敵だけを倒せる神霊とか理想よね」

 その神霊、呪いとか使うタイプになりませんか。

 戦闘系の最上位探索者と戦闘特化の神霊がぶつかって無事でいられる屋内とか有り得ないです。

 というか、貴女の要りもしないルールだと、キーワード来てないから神霊生み出せないのですよね。

「それ! そう、それなのよ! 読者のみんな! コメントでキーワードをもっとちょうだい! 強そうなやつでよろしく!」

 煩いです。叫ばなくても字に起こすのは一緒なのですよ。声を大きくする事に意味はありません。

「気分の問題よ」

 貴女の気分で不快になる此方の身にもなってください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る