その神々は退屈な日々を過ごしていますが、それが平穏の裏返しだというのを小娘は理解していません

 それから探索者が殆ど訪れないままに三日が過ぎました。時折、美登みと蜜園みおんの所へ遊びに来る以外は、総司達も来ません。きっと小娘とこのダンジョンの扱いについて奔走しているのでしょう。ご苦労な事です。

 神御祖神かみみおやかみは誰も来ないで退屈なのに何度か吠えましたが、灯理とうりが叱り付けて勉強をさせています。本当に灯理様々です。

「うう……灯理はわたしへの敬意が薄い、薄いよぉ」

「尊敬されたいならもっとどっしり構えろ。具体的には子犬みたいに喚くな」

 子犬では例えが可愛すぎると思うのですよね。その小娘の煩さは子猿辺りが相応しいと思います。

 小娘と灯理の言い合いを眺めながら、らんが美味しそうに澪穂解冷茶比女みをほどくひさひめの淹れてくれた檸檬のお茶を飲んでいます。この娘もすっかり馴染んでいますね。一応は人間である筈なのですが、そうとは思えないくらい順応しています。

「てか、そんなに退屈退屈言うんだったら、子供らしく外で遊んできたらどうだ?」

 灯理も別に神御祖神を閉じ込めておくつもりはないのです。むしろ外に放てば自分の気苦労が少しばかりでも減ると思っていそうですね。

「小六だったら保護者が付きっ切りで見てなくてもいいだろ。暗くなる前に帰って来いよ」

「いやいや、まだ行くと言っておりませんが、勝手に話を進めないでくれます?」

 小娘の口答えに灯理が驚いたように目を見開いています。

 子犬のように外で駈けるのが好きだとか思い込んでいたのでしょうね。

「じゃあ、結女ゆめちゃんはどんな遊びが好きなの?」

 恋人が撃沈したので、今度は嵐が話を引き継ぎます。

「遊び……遊び? 苦難に立ち向かう人間の観察?」

 そんな傍迷惑な趣味は今すぐゴミ箱に捨てなさい。人間は貴女の玩具ではありません。

「人の強さが好きなのね」

 わたしの声が聞こえていない嵐がうんうんと頷いていますが、そんな綺麗事ではけしてありません。これには冷茶比女も困ったように曖昧な笑みを作って灯理に向けています。

 この小娘、全知全能であるからこそ、自分の思いも寄らない事態を引き起こしたり、不可能と思える課題を思いも寄らない方法で解決されたりするのに快感を得ているだけです。

 命はどれも懸命に生きているのであって、貴女向けのエンターテイメントではないのですよ。

 こら、そこは口先だけでいいから分かっているっていつもみたいに生意気に反論してきなさい。黙って目を背けるのは消極的な肯定と見做します。

 灯理は悩ましそうに額に指を強く当てて頭痛を揉み解そうとしています。

「暇すぎて実際に社会を混乱に陥れられても困るんだよな……」

 灯理は何処かしらで小娘のフラストレーションを発散させたいと頭を悩ませます。それがこのダンジョンで収まるなら、僥倖と言うものでしょう。

 この神御祖神が設定してあるので、このダンジョン内では人死にが起こっても、完全治癒された状態で外に戻されますからね。

「なんなら灯理がダンジョンを探索してくれてもいいけど」

 灯理は一瞬、それも手かと眉の間に皺を寄せましたが、すぐにハッと気付いて瞳孔を開きます。

「でもお前、俺が中に入ったら色んな奴嗾けしかけて難易度跳ね上げるだろ」

「え、だってそうしないと面白くないじゃん」

 この小娘、悪びれずに言い切りましたね。その態度で灯理が実際に相手してくれる機会が失われたのには気付いていなさそうです。

「美登も一層しか行かないからなぁ。もっと奥にも楽しい所いっぱいあるのに」

 貴方の楽しいっていうのはそのまま危険な環境っていう事ですよね。

 そもそもカフェやるのが目的なのに、どうしてダンジョン攻略を期待しているのですか。

「あ。そうだった」

 本当に思い付きでばっかり行動するのですから、困ってしまいます。

 それでもどうにか無聊を慰めて貰わないと災害を引き起こし兼ねないと思っている灯理はさっきから唸っています。

「解せぬ。わたしはそんな危険な神とお思いか」

「神なんて自分でその気がなくなって厄介な奴ばっかだろ」

 灯理の言う事も尤もですね。古来、神が顕現した時は世の中が引っ繰り返る時なのですから。

 神が引き起こした戦争の話とか、西洋では掃いて捨てる程にあります。トロイア戦争とかオーディンとフリッグの起こした戦争とか有名ですよね。

「うーん……戦争はどろどろしてて好きくない。やるなら隕石とか津波とか嵐とかがいいよね」

 うちの小娘の好みは戦争より自然災害による破滅のようです。人が大量に死ぬ事に代わりはないので、もっと穏やかなものを好むように教育すべきでしょう。灯理、頼みました。

「だから毎回毎回手に負えなくなってからこっちに押し付けんな」

 むぅ。なんだかんだ言ってどうしようもなくなったら事態解決に動いてくれるのに、灯理は文句が先に口から出てきます。もっと素直に俺に任せろくらい言ってもいいのですよ。

「俺が責任持ってどうにかするのは嵐だけで手一杯だっての」

「め?」

 急に名前を呼ばれて嵐が不思議そうに首を傾げて鳴きました。彼女も天然度合いでは他の追随を許しませんからね。無自覚に事件を引き起こすという点ではうちの小娘といい勝負です。

「なんでもない。頼むから嵐は大人しくしててくれ」

「なんだろう、何もしてないのにあかりさん困らせてるみたいに言われる」

「解せぬよね。これはいっそ暴れてもいいんじゃない?」

 そこの小娘、幼気な人類を唆すのは止めなさい。夫婦喧嘩は犬も食わないのですよ。

「だいじょうぶ。夜に灯理さんを美味しくいただくから」

「おいばか、小学生の教育を悪いこと吹き込むな」

 全く以て灯理の言う通りです。

 幾らその小娘の中身が純真な子供とはかけ離れているからと言って、ちゃんと姿形を見て発言を選んでほしいものです。

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