そのカフェダンジョンはまだ世間に知られていませんが、二組目の来客もいらっしゃいました
総司とみつは話し合いも落し所が見付かって、早速、上の人間に話を通す為に自分達の部署へと戻って行きました。
開いたばかりのカフェではそんなに頻繁に来客がある訳でもなく、
「増えたキーワードはー、食べる……? ちょっと待て、相変わらずキーワードくれてるの一人なのに、こやつなんで聴覚とレモンイエローって
むしろ此方に応えてくれるたった一人なのですから深く感謝すべきだと思いますよ。
「分かってるよー。有り難いと思ってるけど、それとツッコミ入れたくなるのは別問題でしょ。余裕で両立するわ」
善悪が両立するのはその通りなのですけれど、それが人間には中々受け入れられないのですよ。
「そりゃー、そこんとこをみんな分かってんだったらわたしだってダンジョンに引き籠らないし学校にも行くし気兼ねなく神霊も生むっての」
軽々しく神霊は生まないでください。馬鹿ですか。馬鹿でしたね。
そんな聖人しかいないような国でしか生きていけないとか、貴女は自分の居場所がない宣言しているようなものですよ。
「分かってないのは向こうじゃん。もういいよ。そんなことより次の神霊だけど、んー、ほぼ内容は決まったんだけど、もう一個キーワード欲しいなー。食べた力をどう発揮するのかに悩む」
食べるだけでは行けないのですか。世界を欠けさせる一方なのは悪神でしょうけど、貴女どうせ神霊だったら善悪を気にしないのでしょう。
「そうなんだけど、安易にそこに落ち着くのは負けな気がする」
誰と何の勝負をしているのですか。
まぁ、安易に神霊を生み出してはいけないのはその通りだと思いますけど。ええ、貴女が例え楽しくないからという全く別ベクトルの基準でそう言っているのは分かりますが、そんな世界の安定に努めなければならないという責任感は大して期待してません。結果が同じなら妥協してあげますよ。
「立て板に水を流すように罵倒するのやめない? へこむよ?」
元からちんちくりんなのですから今更多少凹んだところで誰も気にしませんよ。
「なにをー!」
へっへーん。エントランスで腕を振り上げたって何も怖くありませんからね。わたしの神体はこのダンジョンの最深部、
「
こほん。これははしたない言葉をお聞かせして申し訳ありませんでした。
貴女のせいで灯理に怒られてしまったではないですか。
「自分の失敗を親になすり付けないでくれますー?」
「
「わたし十二歳だもん!」
ええい、元気よく両手で数字を作って灯理に見せ付ける小娘が忌々しいです。何故、わたしには小娘の頭を殴る手もなければ呪いを掛ける権能もないのでしょうか。全てこの小娘のせいですね。
「天真璽加賀美、落ち着け。白雪姫の継母みたいな事言ってる自覚あるか?」
こほん。わたしはそこの神御祖神よりも大分年下ですよ。少なくとも魂はそうです。
「くすくす。なんだか楽しそうなお喋りしてるんだね。聞こえなくて残念」
灯理の横に座って
整った顔立ちは無表情じみていますが、その目はじっと自分の手で歪むぬいぐるみに固定されています。生まれたてですし、子供らしく可愛い物に興味があるのでしょうね。
『お客さんだよー』
神御祖神がエントランスのドアに目を向けると、扉は僅かに押し開けられているばかりでその隙間から恐る恐る瞳が覗いています。
神御祖神は躊躇なくドアまで駆け寄って、がばりと取っ手を引きました。
相手もドアが閉まらないように外の取っ手に手を掛けていたのでしょう、体がその勢いに引っ張られて
さっきの二人と比べて随分と若い娘です。成人しているかどうかと言った年齢でしょうね。
「いらっしゃいませ! カフェダンジョン『
怯えと慌てが混じって挙動不審に辺りを見回す乙女の前で、神御祖神は胸を張って元気よく出迎えの挨拶を張り上げます。
貴女の声の大きさで小動物のように怖がっていますよ。
「む……解せぬ」
何だか今日は貴女のテンションと合わない相手がちょこちょこ出てきますね。頑張ってコミュニケーション能力を成長させてください。まずは相手に合わせてテンションを抑える所から始めると良いと思います。
「カフェ……え、あたし今ダンジョンに入ったはずなのに……でも確かにカフェ……」
今回の探索者の乙女もとても混乱しています。気持ちは分かりますよ。
カフェダンジョンって何だよって思いますよね。
人が前にいると神御祖神は此方に向けて話し掛けて来ないので、言いたい放題出来て良いですね。最高です。
ふふ、横目で睨んでも何も怖くありませんよ。お小言くらいは受けて然るべきなのです、貴女は。
床に手を付いたままだった彼女の側に嵐がやって来て、さっと腕を抱えて立ち上がらせてあげました。何気にこの子も気遣いを自然にします。彼氏の影響でしょうか。
「カフェを開いているダンジョンだよ。さ、お好きな席へどうぞ」
「は、はぁ……?」
探索者の彼女は訳が分からないながらも、嵐に促されるままに覚束なく足を進めていきました。
彼女がエントランスに飾られた灯理のランタンに目を奪われて俯いた顔を上げる度に、嵐は気分が良くなってにこにこと笑みを咲かせます。
探索者の乙女は壁際の二人掛けの丸テーブルに着席しました。
嵐はもうベテランウェイトレスの手並みでお客様にメニューを差し出します。
「当店は、神霊による珈琲、神霊による果物を解いた冷たいお茶が一押しです。ケーキも美味しいよ」
嵐はぱちんと色気と茶目っ気たっぷりにウィンクをして一旦は立ち去りました。そのままカウンターの中でカップの準備をしている灯理の所へと歩み寄っていって、褒めてと言わんばかりににこやかな顔を彼に近付けます。
灯理も灯理で、そんな嵐の頬に素早く小慣れたキスをして、平然と作業を続けています。
「店員が勤務中にいちゃつくのはマスターとして注意すべき?」
今の行為を注意するなら貴女の諸々の言動に対しても矯正をしてもいいのですね。
「……まぁ、店員同士の仲がいいのは良いことなので黙認しよう」
こうやって悪は野放しにされるのですね。碌でもない事です。
「あの……」
探索者の彼女は注文が決まったようで控え目に手が挙げられました。
他の三名がカウンターに引っ込んでいるので、一番近くにいるのがなんと小娘です。さっき相手をビビらせたのをまるで忘れているかのようにその小娘は颯爽と壁際の席へとランタンの光が散らばる店内を泳いで行きました。
「はーい、ご注文はお決まりですかー?」
「え、あっ、はい」
貴女、そんな風に身を乗り出して顔を近付けるからまた怯えられているじゃないですか。距離感が近いのですよ。パーソナルエリアって言葉知ってらっしゃいますか。
来客に見えないように背中に回した左手を振ってもわたしは追い払えませんよ。このダンジョン全体を視覚に入れられるようにしたのは貴女なのですからね。
「えと、この林檎の冷茶とレアチーズケーキを、ください」
「はいはーい。灯理ー、澪穂解冷茶比女ー。注文入ったよー」
ちなみにエントランスは途轍もない広さですが、神霊である灯理や澪穂解冷茶比女なら何処の席からでも声がきちんと聞こえています。なので神御祖神の呼び掛けを受けるまでもなく、揃ってもう調理を始めていました。
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