その小娘ときたら往生際が悪いですが、どうにか保護観察を受け入れさせました
「きゃん」
斗和羅神を抱いていて夢の幻の波に浮かび上がっていた
いちゃつきを見せ付けられている訳ですが、一応うちの小娘は十二歳なのですがね。
灯理も腕の中に掛かる嵐の重さがいつもと同じに戻った事で安堵の表情を見せています。
「嵐、それくれるらしいぞ」
「めっ! いいの? 嬉しい!」
「えっ、えっ」
「め? だめ?」
灯理の腕にすっぽりと納まったままで、嵐が眦を下げて神御祖神を見下ろします。
そんな気落ちした目で見られたら、一応は心優しい神御祖神ですから、ぐぬぬと唸るしか出来ません。
「もう! いいよ、嵐にあげる! ちくしょー! わたし用に生んだのにー!」
「ほんと? やったー!」
うーん、小娘がこんなに嘆いている前で平然とプレゼントとして手放さない嵐も中々に良い度胸していますね。やっぱり灯理は他者を甘やかし過ぎなのではないでしょうか。
「やめろ。本人達の性格に難があるのを矯正出来ていないからってこっちの責任にするな」
だってちゃんと話を聞いてくれる相手は灯理しかいないのですから、灯理になんとかしてもらうしかないではありませんか。わたしの唯一の頼みなのですよ、貴方は。
「期待が重い。不可能を押し付けるな」
『うちの姉がごめんねー。
なんですか、
嵐がくいくいと灯理の襟を引っ張ると、灯理は当意即妙で嵐をゆっくりと降ろし床に足を着けさせます。
地面に降り立った嵐はそのまま、とててと神御祖神に近付いてきました。そして神御祖神に向けて両手を目一杯伸ばしてあざらしのぬいぐるみを突き出しました。
「お昼寝する時は貸してあげるね」
「……いいの?」
「もちろん」
神御祖神はあざらしのぬいぐるみを受け取って、ぎゅっと胸に抱いて顔を埋めました。ぬいぐるみに縋り付くという年相応の姿を見ると、確かに人間の子供なんだと実感させられます。
「じゃあ、さっき言った通りで」
「まぁ、なるべく努力していこう」
そんな女子の心温まる交流の裏で、男性二人が打ち合わせを締めていました。というか灯理、貴方はつい先程まで嵐を抱き留めていましたよね。なんですか、その早業は。有能ですか、有能でしたね、貴方。
話を取り纏めた総司が神御祖神へと歩み寄ってきます。
ちょっと、貴女、何をきょとんとしているのですか。貴女の今後について話し合っていたのですから、内容を本人に通達するのは当たり前でしょう。
「今から話す内容はこれから国に持ち帰って実現可能か吟味しないといけないものだ。正式決定ではないのは予め了承してほしい」
「人間ってそういう予防線張るとこあるよね。出来なかったらごめんなさいってその時言えばよくない?」
人間は神霊みたいに卓袱台返し出来ないのですよ。特に国家の立場にあれば信用を損なうのは国家転覆のきっかけと成り兼ねないのですからね。
総司は小娘の言い分に苦笑いするだけで反論も取り繕いもせずに淡々と話を進めます。
「まず、月に一回は実家に帰ってご両親に顔を見せること。当たり前だけど一泊以上するんだぞ」
「えー……まぁいいけど、別にうちの親はわたし帰ってきても喜ばないけど」
人間として生まれてきたのですから、親に顔くらい見せて安心させてあげなさいよ。
「いやだってまじで放任主義よ、うちの親。ダンジョンに引き籠るって言っても、あー、お前だもんな。死ぬな。以上。だからね?」
いや、だからねとか言われても会った事ありませんからその物真似が似ているのかどうか判断できませんからね。
「おい、人と話してる時はちゃんと相手の言葉を聞け」
「先生みたいな事言うー。はーい」
神御祖神は総司からの小言にそれは嫌そうに不貞腐れて生返事をします。そんな態度していたら相手の怒りに火を注ぎますよ。
「次に義務教育の内容を網羅した映像を送るからそれを視聴して自習すること。オンライン教育ってことだな」
「うわ、めんど……」
貴女、どれだけ勉強嫌いのなのですか。世界創造から滅びまでを何度も見て来たのですから、一つの生命体が解き明かせる程度の学問、それも初等教育の内容なんて文字通り子供騙しみたいなものでしょうよ。
「それと定期的に学力テストを受けてもらう」
「ちょっと待って! テストするなら自習いらなくない!? テストで満点取ったら飛び級で良くない!?」
「日本に飛び級制度もないし、平常点って制度もあるんだよ」
「ここダンジョン! 治外法権! ルールはわたし!」
「バッカ、お前、日本に入り口があるダンジョンは日本の法律が適応されるんだよ。知っとけ」
「どうせ摘発出来ない癖に!」
「ほう? 捕まらないからって好き勝手やっていいと思ってるだなんていい度胸だな」
「あ、ちょ、怒らないで……お顔が怖くってよ、お兄さん?」
総司が額に青筋立てただけで小娘がビビッています。それでも最高神ですか、貴女。
「人間が怒らせると一番怖いんだよ!?」
それはその通りですけれども。
「いや、学校に通わない、家に帰るつもりもない結女に対してかなり譲歩してるだろ。相手は国だぞ」
人間だった記憶も真新しく実感を持っている灯理が神御祖神が苦情を上げているのに呆れ顔を見せます。いいですよ、保護者としてもっとこの小娘の手綱を握ってください。
「荷が重い」
分かってますよ、嫌そうな声出してますけど、何だかんだ言って面倒見がいいのですよね。よ、このオカン気質。
あ、ちょっと舌打ちしないでください。怖いですよ。
「この似た者母娘め。で、言っとくけどこれ以上の譲歩は無理だと思うぞ、結女」
「お勉強だったらあたしが見て上げるよ?」
「駆け引きには折れる事も重要だと思います」
「きゅん」
この場にいる神霊達から一斉に諭されても尚、神御祖神はぐぬぬと往生際悪く歯を食い縛っています。
『てか、わたしは何も言ってないんだけど、さも神霊全員が反応したみたいに言わないでよね』
言葉の綾です。少なくとも人間に聞こえる会話を普通に出来る面々は同じ反応をしています。
『お姉ちゃんにはぶられてわたし悲しい』
八房珠鈴はドアベルに徹するつもりなのでしょう。なら何も問題ありませんよね。
さて神御祖神、この場で人間を説得出来る神霊の中に貴女の味方はいませんよ。そろそろ我儘言うのもいい加減にしてくださいまし。
「……いいよ。それくらいなら、まぁ、がまん……して、あげなくも、ない」
地を這うような低い声で心底嫌そうに了承しますね。
「それと週一くらいで訪問するからな。お前の様子はご両親にも逐一報告するぞ」
「うげ」
いいじゃないですか。常連客が出来るだなんてカフェ冥利に尽きるでしょう。まぁ、ここはあくまでダンジョンなのですけれども。
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