その話し合いは小娘の教育的指導のためなのですが、その横で昼寝の枕を用意してるんじゃありません

「勝ったー!」

 小娘が両手の握り拳を上げてガッツポーズを取ると、周囲の風景が自然の森林から再びエントランスに戻ります。勝ち誇っていますけど、探索者達を負かしたのは貴女ではなくて羽金速高命はがねのはやたかのみことですからね。

 神御祖神かみみおやかみと一緒に灯理とうりらん澪穂解冷茶比女みをほどくひさひめはエントランスに戻ってきており、そして羽金速高命に首を落とされた探索者二人はダンジョンの外に死に戻りしているのでしょう。

 そして一息吐く間もなくエントランスのドアが荒々しく突き飛ばされて、八房珠鈴やつふさのたますずが乱れ鳴って客の再訪を騒がしく伝えてきます。

『言っとくけど、煩くしたのはわたしのせいじゃないから』

 貴女が自分では動き出す事も止まる事も出来ないのは、ちゃんと分かっていますよ。

『ならよし』

 それよりも問題なのは神御祖神にみつが組み付いて肩を乱暴に揺すっている事です。振り子のように頭ががっくんがっくんと揺らされていて、あれでまた一段と馬鹿になったらどうしましょう。

『……何気に天真璽加賀美あめのましるしのかがみが一番不敬よね?』

 はて。わたしは何時でも正しく世界を認識しています。わたしに低評価受けるなら、それはその当人に問題があるだけです。

「なんなの、なんなの、あれはー!」

 流石に神霊なんて敵う筈もない相手を出されれば怒るのも当然です。でも神御祖神を揺らすのは止めてください。揺さぶり症候群にならないか心配です。

「あれを倒せば言う事聞くのね? って事は、何回でも戦っていいのね? 神相手に刃振るってもばち当たったり呪われたりしないで、斬り合い放題ってそういう事なのよね?」

 いえ、違いました。みつも紛う事なき戦闘狂でした。灯理、貴方だけが頼りです。

「一人でこんだけのカオスに対処しきれるかよ。過労死させる気か」

 貴方が諦めたらどうやってこの世界の平穏を守れるって言うのですか。わたしはそこの小娘を殴る事も出来ないのですよ。

「や、ちょ、ま、……いま、わたし、ぐぇ、めっちゃダメージ与えられてる側なんですけど」

 ちょうどいい薬かなって思いまして。

「いい加減にせんか、このバトルジャンキーが!」

 みつの勢いにうちの者達が誰も手出しできなかったところに総司がやってきて、みつの後頭部に菱形に残った透明な盾を力任せに叩き付けて轟沈させてしまいました。

 ああ、もう少し放置して小娘から助けてくれるなら暫く大人しくするっていう言質くらい取りたかったのですが……残念です。

「うぐ……きもちわる……てか、天真璽加賀美、ひどい……」

 至極残念です。

「てか、あんたらあんな目に遭ってよくすぐに入ってきたな……いや、そっちはもう頭おかしいのは理解したが」

 一般人なら斬首されたら生き返っても数日は茫然自失としているものですからね。灯理が二人の探索者を信じられないという目で見るのも良く分かります。

 みつの方は殺し殺されにハイテンションになる特殊性癖だと明らかになりましたが、むしろ依然として変わらず理性的な振る舞いをしている総司の方が恐ろしく思います。どれ程の修羅場を潜り抜ければ、自分が殺されてもその動揺や恐怖を斬り捨てて自分を律せられるのでしょう。

「ま、まぁ、羽金速高命もあなたのことけっこう気に入ってたみたいだし、修行感覚で相手してくれると思うよ」

 三半規管を散々掻き回されてやっと平衡感覚が戻ってきてすぐに、そんな目に遭わせた相手の質問に軽く答える神御祖神も大概ですが。

 羽金速高命は刀という人が造り出した武器をもといにしている神霊なので、人を相手するのがあの見た目と裏腹に結構好んでいるのですよね。強さの素質をみつに見出していたようですし、掛かって来れば嬉々として応対してくれるでしょう。いえ、この場合は応戦というべきでしょうか。でも羽金速高命からすれば戦闘にもなっていませんから応戦は言い過ぎな気もします。

「よっし、あの神鳥相手に修練積んで、勝って、そしてこの子を学校に通わせる! 完璧な計画だね!」

 ふむ。あと三年で良いとこ、本気の羽金速高命と十合打ち合えるくらいでしょうかね。いえ、それだけでも人間として剣聖と呼ばれるに相応しい剣技なのですが。

「あー……結女はここで暮らすつもりだし学校にも通う気なさそうだから、現実的にどう対応出来るか話し合うとかどうだろう」

 全てを悟って疲れ切った顔をした灯理が、同じく遠い目をしていた総司に話し合いを持ちかけます。

 常識ある男性陣二人は、珈琲を淹れ直して席に着きました。

「む。なんか唐突に暇になったね」

 暇になったね、ではありません。あそこの真の大人二人は貴女の我儘への対応策を相談しているのですよ。貴女はその話を横で大人しく聞いているべきです。

「え、やだ。退屈」

 灯理、ちょっとこっちに来てこの小娘の頭を殴ってください。

「ああもう! こっちはこっちで忙しいんだから話しかけんな! マジで!」

 灯理に怒鳴られてしまいました。解せません。どう考えても貴女のせいです、謝ってください。

「灯理の邪魔したのは天真璽加賀美でしょー。他人に罪を擦り付けないでくださいー」

 二人が頭悩ませているのもわたしが苛つくのも、根本的な原因は貴女です。自覚して反省して常識的な振る舞いを身に付けてください。

「なんか神様と交信してて忙しそうね。傍から見てるとイタイ子だけど」

「取りあえずあたし達も座りません? 冷茶ひさちゃんがお茶淹れてくれましたし」

 嵐と冷茶比女とみつも、男性陣とは別のテーブルを囲んで、冷茶比女が淹れた透き通る冷茶に口を付けます。今度は柚子のようですね。体を動かしたみつを爽やかに冷やしてくれるでしょう。

「む、なんだかわたしばっかりどこからも蚊帳の外。いいもん、いいもん、キーワードも溜まってるから神霊生むのに忙しいもん」

 女性陣は兎も角、男性陣の話し合いに貴女は渦中の人物だと言っているでしょう。素知らぬ顔をして現実逃避するのではありません。

「さってと。来てるキーワードは……ふわふわ・うたたね・あざらし……わたしはお昼寝用のあざらしクッション枕を生み出すのを強いられている?」

 わたしの言葉まで聞こえないふりをするのではありません。そんな貴女がだらける未来しか見えない神霊なんて許しませんよ。

 それと『聴覚』『レモンイエロー』というキーワードも来ていますよね。

「や、そこまで入れると多いし纏わり悪いからさ。まぁ、先に来てる三つが纏まり過ぎって感はなきにしもあらずだけど」

 短歌で付き過ぎって言われるやつですね。

「んー、短歌の付き過ぎ論はわたしはそこいちいちツッコむ? って思ってる。リアルを詠んだ短歌なら実際にそれがあったのを付いてるから変えるとかどうかと思うし、そも短歌には縁語で装う美しさを評価してきた文芸だし」

 そこら辺を言い出すとキリがありませんよ。個人の完成によるものでもありますし。

「そうね。じゃあ、行くよ」

 神御祖神はもうどんな神霊を生み出すか決めていたようです。さては貴女、羽金速高命に探索者を任せている間、横でずっと考えていましたね。

 こら、聞こえてないふりをするのではありません。そんな姿勢を正して神聖さを醸し出したからって流されたりしませんよ。人間が命懸けで戦っている横で呑気に別の事を考えているとか、上に立つ者としてどうなのですか。

『やはき身に夢海ゆめみまぼろすあざらしを

 なみまくらしてあはくねむらる』

 神御祖神の御歌は海の波のように柔らかく景色を揺らしました。

 その波打ち際にころりと転がってきたのは、ふくふくと肥えてふわふわな起毛に前進を包んだあざらし……のぬいぐるみです。何故にぬいぐるみ。

 嵐がちょうど足元に打ち上げられたあざらしのぬいぐるみを抱き上げて、ぎゅっと胸に押し付けると腕と胸の圧力でぬいぐるみは形を歪めました。

「きゅう」

「めっ! 鳴いた! 灯理さん、この子鳴いたよ!」

「嵐、今、大事な話してるから後でな」

「めぇ……冷茶ちゃん、鳴いたよ」

「はい、聞こえました」

 嵐は一番に感動を遠い席に座る灯理に伝えましたが、忙しい彼氏にあしらわれてしまい、代わりに横に座る小さな冷茶比女に向けてあざらしのぬいぐるみを押し出して見せてあげました。

 冷茶比女が神妙な顔をして嵐に頷きを返すと、嵐は満足そうにへにゃりと相貌を崩します。

「さ、海真秀呂支斗和羅神わたなまぼろしとからのかみ、あなたの力を見せちゃいなさい」

「きゃっきゃっ」

「め、名前かわいくない……めゃ? め、浮いた、体が浮いた!」

「え、嵐!? 大丈夫か!?」

 神御祖神の命令に従って、海真秀呂支斗和羅神は赤ちゃんが笑うような声を上げました。するとシャボン玉みたいに色をあやめかせる夢の波が現実に重なって、それはまさに現実の海の波のように嵐の体を浚って浮かび上がらせたのです。

 彼女を襲った異常を察知した灯理は、さっきおざなりに返事した態度とは打って変わった素早い動きで斗和羅神の夢の波に飛び込んで嵐の体を強く抱き寄せます。

「めぅ。海みたいにふわふわする」

 キーワードにふわふわが入っていましたからね。本体もふわふわですが、権能で周囲も物理的にふわふわさせるようです。

 これは、夢海を現実に幻として重ね合わせた上で、さらに夢を現実に干渉させる権能を持った神霊なのですね。流石は原始の在り方をそのまま宿す神の尊称を持つ神霊です。夢は不定な世界なのですから、逆説的に現実をどんなふうにでも変えられてしまう強大な権能です。

 そして目の前で軽々しく強力な神霊を生み出される現場を目撃して総司が頭を抱えています。お疲れ様です。

 ところで、どうしてぬいぐるみの姿にしたのですか。

「え、お昼寝用枕にちょうどいいかなって」

 灯理、そのぬいぐるみ、嵐に差し上げると伝えてください。

「なんで!? わたしにも使わせてよ! ぜったい気持ちよくお昼寝出来るんだよ!?」

 だからですよ。これ以上、怠けようとするなんて許しません。学校行くなら考えてあげます。

「ひどい! 横暴だ!」

 その言葉は我儘な貴女にこそ相応しいとそろそろ自覚しなさい、この馬鹿小娘。

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