そのエントランスは幻想的な雰囲気の喫茶店ですが、ドアベルに神器を使っています
うちの小娘で考えなしな
「ちょっと、だーれがちんちくりんよ」
事実です。
「こんにゃろ」
悪態を吐きながらも、わたしを抱えあげるのですから、善神ではあるのですよね。
わたしの神体の鏡、貴女の身長より大きいのですけど重くないのですか。
「そりゃちょっとは重いけど、娘を抱き上げるのは母親の務めでしょ」
こんなところで母親らしさを見せ付けるのもどうかと思いますけれど。
ところでわたしは何処に運ばれているのでしょうか。
「
常宿御社ももう生んでたのですか。もしかして
「うん、八房珠鈴はエントランスでドアベルの役目をしてもらってるよー」
貴女、三種の神器の一つをドアベルにするとか何を考えているのですか。わたしの妹にそんな不遇な扱いしないで貰えますか。
「え、でも、八房珠鈴は豊作の神器なんだから、お客さんを迎えるドアベルにぴったりだと思わない?」
わたしの妹を招き猫扱いしないで頂きたいですね。
「お堅いなー」
話している間に、大きくて立派な社が見えてきました。見間違える筈もありません。あれこそどんなに残念な性格をしていると言っても、世界を一つ創り上げ全ての神霊の祖である神御祖神が住んでいた社であり、三種の神器の一つ、世界の安寧を司る神霊であるのです。
神御祖神に抱えられて社殿に入れば中は簡素で奥ゆかしいながらも神威に満ちた空間が……広がっていませんね。
いえ、神々しさはしっかりとあってそうではないですけれど仄かに光を灯しているように見えます。けれど以前のようなすっきりとして神器を納める台座の他は何もなかった造りではなく、人間が暮らすのに不自由がないくらいの、むしろ快適に過ごして余りある程の家具が備え付けられています。
「そりゃ、わたし、今は人間だもの。寝るし食べるし、アニメもマンガも見たいもの。お風呂だって温泉引いたからね」
常宿御社、貴女、こんな目に遭って何も不満はないのですか。
『わたくしは元より母君を護り安らいで頂くように生まれた者ですもの。母君が
わたしの妹ときたら、本当に健気です。そこに付け込むのは親としてどう思いますか。
「子供にお世話させてあげるのも親の甲斐性でしょ。よっこいしょっと」
また貴女は悪びれもなく当たり前のように思っているだなんて。酷い親です。
それと安置するのはいいですけれど、もう少し優しく置いてください。少し揺れました。
「貴女の神体が重いんだからしょうがないでしょ。それより、これでダンジョン全体が認識できるよね?」
ええ、そうですね。常宿御社を通して確かにダンジョンそのものと繋がりました。
ところで既に三千層も深さがある上に経路も複雑に分岐しているのはどういう事なのですか。ダンジョンボックスというものは、攻略者を撃退していく事で成長してダンジョンの空間や性能を拡張していくと学んだのですけれど。普通は多くても五階層くらいから始まる筈なのですが、貴女は何時からこのダンジョンを造り出したのですか。
「え、まだ作ったばかりだよ。三十分くらい」
非常識。非常識極まりないです。
『そんな当たり前の事に新鮮に驚くなんて、天真璽加賀美は生きているのが楽しそうね』
楽しくなんてありません! この親に振り回されるのは疲れます!
「疲れるって、貴女、無機物神じゃないの」
精神的に疲れるのです!
「まぁまぁ、そんなに怒ってるからでしょ。平常心、平常心。エントランスを見てご覧? すごい綺麗にしたんだから」
誰のせいだと思ってやがりますか、全く、本当にもう。
まぁ、いいです。エントランスというのは……ああ、第一層よりも手前の、ダンジョンの入り口なのですね。
全体的な雰囲気は、そうですね、純喫茶、というイメージなのでしょうか。少し暗めで落ち着いた、
通路から席を区切るパーテーションはそれぞれの席の個別空間を確保していますが、その長さが果てしないです。これだけでも迷路の様相であるのに、ところどころに螺旋階段が伸びて階層を増やしてます。
間取りだけでもそれだけ迷い易そうであるのに、幾つかのエリア分けで調度品が変えられて雰囲気を演出しています。
例えば、植木を多く配置して自然を意識した空間があります。虫の音が耳を擽り、小鳥がテーブルや椅子に戯れに飛んで来ては枝に茂る葉に逃げ帰ります。
例えば、壁と一体になった本棚がずらりと並んだ空間があります。テーブルにはどれもランタンが用意されていて席に持ち込んだ本が読みやすいように工夫されています。
例えば、猫が気侭に寛いでいる空間があります。そこは毛足の柔らかなカーペットの上に直に座れるような席やキャットタワーが用意されていて猫達と目線を合わせられるでしょう。
これでまだダンジョンの本番ではないのですか。
「うんうん。わくわくしながら好きな席を選べて素敵でしょ? 誰でも好きな空間に座れる、がこのエントランスのコンセプトだよ。そしてエントランスを抜けてダンジョンを冒険すれば、絶壁の天嶮、悠然とした大海原、星空の草原、オーロラ揺れる銀世界、そんな現実では有り得ないような場所で飲み物やスイーツを楽しめる。これがカフェダンジョン『
見事だとは思います。
でも此処に神霊を配置していくとか、無駄遣いって言葉はご存じですか。
「だいじょうぶだよ、みんなの希望はちゃんと聞くから。一緒にカフェしてる子はやってもらって、好きな事したい子は好きな階層で生きててもらうもん。三千もあるからいろんな環境揃えたよ!」
しっかり考えているようにも聞こえますけれど、その前に一つ確認してよろしいですか。
「うにゅ?」
重厚な木製のドア、エントランスである純喫茶の入り口であるそこの上部に垂れ下がって無数の鈴をたわわな果実のように付けた神楽鈴があります。
先程、聞いてはいましたが、神器の一つが本当にドアベルに使われています。
八房珠鈴、貴女はそんな目に遭って文句の一つもないのでしょうか。
『天真璽加賀美、貴女こそあんなに長く
聞きましたか! 諦めで貴女に従っている神霊もいるのですよ!
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