その神蛇は灯りの神霊なのですが、バリスタとして呼び出されました
わたしには化身を与えないのに、常宿御社には与えるのですね。
「わたくしはこうして母君の身の周りのお世話をするのもお役目ですもの」
常宿御社の一人がちょうど神御祖神の
いいですけれど。べつにくやしくなんてないのですけれど。
「
そんな理由でわたしは不自由を強いられているのですか。
常宿御社、ちょっとその神を殴ってくださいませんか。
「主神に手を上げるだなんて畏れ多い事をさせようとしないでくれる?」
そこら辺の神話で良く主神に喧嘩売ったり、なんなら倒したりするエピソードなんて有り触れているじゃないですか。
常宿御社達はわたしの訴えなんて素知らぬ顔で無視して、神御祖神をエプロンドレスに着替えさせ終えました。それは言われてみれば成程、喫茶店の店員にも見えます。それ以上に子供が親にお出掛け用の装いを着せられてるように見えますけれども。
「一言余計よ」
余計なものですか。思ったままを言葉にしただけです。
神御祖神はそれ以上わたしに言い返す事なく、たん、と床を爪先の真ん丸で黒光りする靴で一つ踏み鳴らしました。
すると常宿御社にいた神御祖神はぱっと姿を消して、エントランスにふっと姿を現しました。今は人の身であるのに瞬転なんて出来るのですね。
「ダンジョンマスターは文字通り、ダンジョンの支配者だからね。本人の力量にも寄るけど、ダンジョンの中なら割と好き勝手出来るよ」
それはそれは貴女が要らない事をしでかしそうで碌でもないですね。
「……まぁ、いいわ。それよりもカフェを開くのに必要なものがいるからね」
必要なものですか。
そもそもダンジョンでカフェを開いたとしても、誰が来店するのでしょう。
「ダンジョンが広まってから数年経つんだけど、今はダンジョンを探索して持ち帰るいろんなもので社会が成り立っているからね。ほっといてもそのうち誰か攻略しにくるよ」
意気揚々と攻略しに来たら中身は喫茶店で席に案内されてお茶を出されるとか、人を化かす狸みたいですね。
「楽しいでしょ。そしてそう! 喫茶店なのだから、珈琲や紅茶を出してくれる店員を用意しないとね!」
その店員が貴女の生み出す神霊なのですね、悪夢でしょうか。
「いちいち非難してるんじゃないの。さてさて、コメントは来てるかなっと」
神御祖神は小さい手でスマートフォンを取り出してちまちまと画面を指で滑らせます。
このわたしの思考と同期した投稿に付いたコメントを確認しているようですけれど、これ、別次元の投稿サイトに流されているのですよね。
「そんなん、ネットをちょちょいと勘違いさせて時空を繫げば覗きたい放題じゃないの」
しれっと言ってますけど、時空をネットサーフィン感覚で繋げないでくださいますか。
「んー、キーワードは、『果実』と『腕時計』か。なんかもう一つくらいは組み合わせたいよねー。てか腕時計ってなんだよ。こいつ何考えてそんなピンポイントなもんを寄せて来るのよ。扱いに困るじゃないの」
人間からの扱いが悪いのは昔から変わりませんね。
「ほんとにね。か弱い女子だと思って押し倒して来ようとしたり、かと言ってなんでも出来る神だと知ったらあれこれ叶えろって言って来て、あ、なんか思い出したらイライラしてきた」
それで長い事引き籠ってましたね。その間に元から最悪な人間社会が更に最悪に成り果てて、最後にはキレた貴女が問題を片っ端から力業で潰していったのが懐かしいです。
弱い者って変に図々しく育つ時がありますよね。
「よし、その話は止めよう。わたしが落ち込む」
良いですけど、始めたのは貴方ですからね。
「それも止めよう。わたしをイジメるのよくない」
仕方ないですね、これで一区切りにしてあげましょう。
神御祖神はジト目を見せた後に、深呼吸を一つして気持ちを切り替えます。
『
薄暗がりの店内に厳かな神の
そしてぽつり、ぽつりと照明が一つずつ灯っては花が散るように毀れ、その毀れた光が床を這って集まり、神御祖神の前で蛇の形を淡く作り出します。
それは最後には蛇の形も崩して、背の低い青年男性の姿で具現化しました。
「ぁあ、あー。あ? なんで神の時代のじゃなくて人間だった頃の形で顕現させられてるんだ?」
彼は自分の存在を確かめるように何度か
「おはよ、
「いや、どっちでもいいけど……まぁ、この格好だと灯理の方が馴染みがいいかな」
灯理と呼ばれた彼は創造神に対しても気負う事なく気安く受け答えします。
本来は先程灯りが形作った通りに蛇の神であり、灯りを点す権能を持つ神霊なのですが、今の姿は人に生まれ変わった時のものです。神御祖神と違って、彼は神霊の記憶など持たない一般人として生きてきて、神霊としての権能も持っていなかったのですから、何故わざわざそんな劣化した状態で呼ばれたのか疑問を抱くのももっともです。
「おけおけ。じゃ、灯理、うちでバリスタをよろしくね」
「待てや、ランタン製作ですらないのかよ」
灯理は自分に求められているのが神霊としての権能からかけ離れている者だと告げられて鋭いツッコミを入れます。
人であった時の彼はランタンのクリエイターとして名を馳せたのに、それですらなく得意ではあっても趣味でしかない料理の腕を期待されて呼ばれたとあっては、苦言の一つも言いたくなるでしょう。
「いいじゃない。あかりさんの淹れるコーヒー、大好きだよ。いろんな種類があって、どれもすっごくおいしくて」
ひょっこりとソファから顔を出したのは日本人らしい童顔だけれどもとても美人な女性です。
灯理は彼女を振り返って、目を面白いくらいに丸くしました。
「
「め?」
嵐と呼ばれた彼女は何も分かっていない顔でこてんと小首を傾げます。
そして嵐が神御祖神をじっと目を向けると、灯理もその視線を辿って諸悪の根源に振り向きました。
「だーれが悪よ。わたしは善神だってば」
いいから説明をしてあげるべきです。貴女は行動ばかりが先になって伝達が不十分なのですよ。
「なによ。なにも難しいことはないじゃない。神様が乗り物とか眷属とか連れてるのはよくあるじゃない。それよ、それ」
「嵐が俺の付属品っていうよりは俺が嵐の付属品な気もするんだが」
「そうね、彼女も未言の言霊で半分神霊だから、わたしの権能で顕現させやすかったわ」
貴女、そこでない胸を張らないでください。
「え、なんで? 恋人がいた方が嬉しくない?」
「そうだよね。あたしも灯理さんのご飯が食べられるの嬉しいし、灯理さんを食べられるのも嬉しいし」
「料理はともかく、俺を食うとか人前で言うな」
嵐が背中にしな垂れかかって肉感の豊かな体を押し付けられた灯理は、げんなりとした顔で疲れを見せます。
分かります。自由すぎる相手に振り回されるのって勘弁してほしいですよね。
ちなみに、嵐が食べると言ってるのは性的な意味であってカニバリズム的な意味ではありません。念のため。
「いいじゃない。カフェなのよ。飲み物と食べ物が美味しい方がいいじゃない。嵐もウェイトレスで一緒に働いてもらってさ。ランタンも好きに飾っていいよ」
「わ、すごい好待遇だよ。あたしもがんばるから、やろうよ、あかりさん」
神御祖神と嵐が一緒になって灯理に詰め寄ります。
灯理はたじたじとなって押され気味です。そこで毅然と言い返さないから、いつもいつも女性に押し切られるのですよ。
「わかった、わかった。別に嫌って訳じゃないから、やるから。落ち着け」
そして今も我儘小娘達の言う事を聞いて甘やかしてしまうから、どんどんと相手が言いたい放題してくるのですよ、全くもう。
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