第8話 ユナの想いとガラス鉱山の依頼

 僕はユークリッド食堂を出ると、街を早足に横切っていった。


 朝のアリアは新年の二日目ということもあってか、朝市あさいちにはいつも以上の人が出ていてにぎわっていたが、今の僕にそれを楽しんでいる余裕はない。


 カノンのガムランボールがなくなっていたことから、恐らくユナは自分の意思であの場を離れたと予想できるが、人攫ひとさらいにあった可能性は完全に否定できない。


 まずは無事を確かめなくては――。


 アリアの北西と北東には街が囲まれた崖を効率よく越えるため、それぞれに階段と勾配が用意されている。北西は主にシンシアへ続く道に。北東はアリア以東への街へと続いている。北東ルートの崖を越えると、アリアの街の全てを眺望できる場所に墓地があるのだが、ユナはここにいるのではないかと僕は踏んでいた。


 この墓地に向かうべく階段を登り始めたが、寝起きで百段はあるであろうここを登り切るのはなかなかに堪える。何度か踊り場で立ち止まりながら登頂するも、その頃には膝に手をついてゼェハァとする羽目になっていた。


 少し息を整えたところで、古い教会のような外観の建物を横目に崖に沿うように並んでいる墓地に歩を進める。その一箇所に太い木が根付いていて、根元には二つの墓が並んで街を見下ろしていた。それが――僕の両親の墓だった。


 亡骸なきがらは眠っていない形式的な墓ではあったが、ここは僕とユナにとってとても大切な場所だ。僕はうに止めてしまったが、ユナは未だに月命日に必ずお参りをしていて、何かある度にここを訪れていれているのは知っていた。だから、今回もここであろうと思ったのだった。


 そしてその予想は当たっていた。

 目的の人物――ユナは二人の墓の脇でひざを抱えて座り込んでいた。


 近づいていくと足音で察したのか、ユナはこちらを見ないままで言った。


「さすがお兄ちゃん。妹のことはなんでもわかるんだね」

「大体は……ね」


 僕がそう応えると、ユナは勢いよくこちらを振り返った。

 

「だったらどうして? どうして傍にいてくれないの?!」


 その表情は強い苦悶くもんに満ちていて、僕はそこまで思い詰めていたのかと内心驚愕きょうがくする。

 確かに昨日のことを思い起こせば、様子がおかしくなったのは特務とくむのことを伝えたあたりからだった。ユナは僕が錬成士になってもアリアや中央神都シンシアで任務に当たると思っていたのだろう。


「ごめん。でも――」

「私には……私にはもう、本当の家族はお兄ちゃんしかいないんだよ!」

「……わかってる」

「――っ! お兄ちゃんは何もわかってないっ!!!」


 ユナは激高げっこうしていた。

 妹のこんな姿を見たのは世界エイリアに来てから初めてのことだった。


 何も答えられずにいるとユナは顔を背けてしまった。

 

 僕たちの間には長い沈黙が流れる。そしてその果てにユナは到頭とうとう腹の底からの想いを明らかにした。


「私、お兄ちゃんまでいなくなっちゃうんじゃないかって思うと……怖いの……」


 僕は勝手にユナの事を理解したつもりになっていたことを知った。数瞬の間そんな自分をさげすんだが、今やるべきことはそうでないと思い直す。

 

 カノンとの出会いで学習したことを実践しなくては……。


 僕はゆっくりとユナの側まで歩を進めると隣に座った。


「ユナの気持ち……わかってなくてごめん。僕もユナの事は大切に思ってるつもりだ」

「……うん」

「だけど、世界エイリアの父さんと母さんが、向こうの……前の世界の二人と同一人物であったことには意味があると思うんだ」


 ユナの本心に応えて、僕もずっと胸の中にしまっていた想いを静かに語った。

 多分、これには彼女も思うところがあるはずだ。


「僕たちはあの時に既に死んでいる。世界エイリアでの幸せはなかったはずなんだ」

「だから……今の幸せは捨てろっていうの……?」

「ううん、そんなことは言わないよ。だけど、二人が命を懸けてまでやるべきことがなんだったのか……それは知っておきたいと思ってる。それからでも、この人生を全うするのは遅くないと思うんだ」


 ユナは街の方に顔をやったが、その視線は一点を見つめたまま動いていなかった。おそらく僕の想いを咀嚼そしゃくしているのだろう。


 僕は焦らずにユナの発言を待った。


 東からの太陽が少しずつ高くなり、冷え切った朝をほんのり温め始めていた。

 新しい日差しが僕とユナ、そして両親の墓を照らしている。


「わかった。私も父さんと母さんのことは知りたいと思ってた。きっとそれが大切なことだっていうのも……わかってる」


 そう言いながら、ユナはひざを強く抱いた。


「でも――お兄ちゃん。ひとつ約束してほしいの」

「うん?」

「ちゃんと帰ってきて。カノンさんと一緒でもいいから」

「わかった……って、なんでカノンが出て来るのっ?!」

「ふふふ――。だってお兄ちゃん、好きでしょ? カノンさんのこと」

「いやなんといいますか……ちがわないわけなんだけども……」


 僕がしどろもどろになっていると、ユナはようやく笑顔を見せた。


 オルガといい、ユナといい、あっさりと僕の想いを指摘してくるあたり、よっぽどわかりやすいのかもしれない。ちょっと落ち込む……。


「と、とにかくっ! ちゃんと帰ってくるよ。だから心配しないで」

「約束だよ……?」


 なんとか話を本題へと戻して僕がそう言うと、ユナは笑いながら小指を差し出してきた。僕はそれを小指で受け止めると、指を折った。


「心配かけてごめんね。リサお姉ちゃん……」



 僕とユナは冷え切った身体を今更いまさら震わせながら、ユークリッド食堂へと帰っていった。ユナは帰って早々に心配していた義母かあさんとカノン、オルガに頭を深く下げた。

 

 ってしまったガムランボールのネックレスを返すその手が震えていたが、カノンがそれを意に介さずユナを抱きしめたのには僕も目頭が熱くなるものがあった。ユナはカノンの胸を借りながら何度も「ごめんなさい」と繰り返して鼻をすすっていた。


 成り行きを見守っていたオルガは静かに歩をこちらに進めてきて、僕の肩にポンと手を置く。


「無事でよかった。俺の街でも人攫いはあったからな……」

「心配かけてごめん」


 あとに聞けば、オルガは義母かあさんとカノンを店に残して、自身は街でユナの行方を聞き込みしてくれていたらしい。


「まあ理由はなんとなくわかるぜ。俺にも弟がいるからな」

「そっか……」

「兄ちゃん想いのいい妹だな。大事にしろよ」


 オルガはユナの方に視線を送って、それから僕に白い歯を見せた。



 その後、ユナは義母さんからはこっぴどく怒られたらしいが、怒られた後でもカノンの表情は心のつかえが取れたようにすっきりとしていた。


 ユークリッド食堂にはまたいつもの平和な時間が戻ってきていた。





 予定よりも少し遅くなってしまった朝食を済ませると、僕たちは街の中央にある錬成士の詰所つめしょを訪れていた。


 建物の外観は道具屋などで使用されている一般的な二階建てである一方、広さはおよそ二倍。入り口には太陽神シンシアしんの旗が掲げられていた。陽炎ようえんとうとは形は違えど、どこか共通点を感じられるような造りだった。


 建物の中へと入ると、カウンターの窓口かずらっと並んでいて、各所で依頼者が錬成に関する申請や相談を行なっていた。待合席も二十席程度用意されていたが、順番待ちの依頼主が八割ほどの席を埋めている。


「おぉ……結構賑わってるな!」


 その様子にオルガは早速声をあげる。


 錬成士の詰所つめしょは主要な各街に用意されていて、街近辺の錬成に関する依頼を斡旋あっせんしている。錬成を依頼したい場合は詰所を訪れて、申請書と錬成物アーティファクトの使用用途や具体的なイメージを窓口で伝えればよい。依頼が受理されれば、あとは錬成士が派遣されるのを待つのみだ。


 一方、街にせきを置いている錬成士はリスト化された依頼の中から自身のレベルや錬成の種類によって依頼を選択して、現地へおもむき錬成を行なう。造った錬成物アーティファクトをその場で納品すれば錬成士の役割は完遂となり、依頼主が後日再度詰所を訪れて支払いを済ませれば依頼は完了となる。


 わざわざ現地で錬成を行なうのは、実際に使用する人物や環境を認識することで錬成物アーティファクトの質が向上するからで、使用用途が明らかで、かつデザインの希望が一切ない場合は、詰所で一元的に錬成されることもあるらしい。


 また、錬成士は見習い・下級・上級というランクに応じて、月ごとに完了すべき依頼数と依頼難易度が調整される。それを下回る場合は罰金、もしくは降格となる。

 決してハードなノルマではないが、さぼってばかりいるといずれは錬成士の資格をはく奪されかねない、というわけだ。


 僕たちは錬成士用の窓口で特務である旨を説明すると、隣の部屋へ通されて待機を指示される。

 

 ここは錬成士の待機室らしく、長机がいくつか設置されていて作業や休憩ができるように快適な空間が用意されていた。


 僕たちが腕に付けた端末の情報を最新化させていると、間もなくして詰所の長との面会が決まったらしく二階へと案内されることになる。


「すぐに到着されますのでこちらでお待ちください」


 受付から案内してくれた補助スタッフが所長室から退席すると、オルガが不安そうに言った。


「俺たち……なんかしたか?」

「えっとね……」


 カノンもどこか不安そうな表情を浮かべているので、事情を説明すべく口を開こうとすると、扉が勢いよく開かれてしまった。

 

 その間の悪さに思わず全員がビクッとすることになったわけだが、現れた人物はやはり見知った顔だった。


「ヴィレス所長。ご無沙汰しております」 

「おお、リズ殿! 特務とくむとはさすがですな」


 短髪を後ろにかきあげた所長が差し出した手を軽く握る。


「紹介させてください。アーミエのカノンと、オルガです」

「どうぞよろしく」


 場にまれた二人がどうにかお辞儀をすると、所長は笑みを浮かべる。


「おや、カノン殿……? なるほど。早速依頼をこなしていただいたようですな」

「ご存じでしたか」

「ええ。今朝方、協会本部から情報の定期共有がありましてな。アリア近辺の依頼完了欄にっておったのです。依頼者の評価が最上位だったので印象に残りましてな」


 所長は整えた口髭を触りながらそう言った。


 錬成士は錬成が許された稀有けうな存在ということで、依頼者に対して高い優位性を持っている。そのため、依頼者が真に求めている錬成物アーティファクトとなっているか否かを支払い時に評価するというフローが確立されていて、最下位の評価を受けると協会から調査が入り、改善を迫られることになる。

 またその場合、派遣元である詰め所が責任を持って別の錬成士を派遣しなくてはならないというのだから、人手不足の業界としては大痛手だ。

 こういった事情から評価に関しては必然的に注目されるポイントとなっている。


「さらに対応した錬成士の経歴は、着任が昨日となっているではありませんか。先ほど特務の方が来られたと連絡を受けた時には心躍りました」


「そんな……恐縮です……」


 出会い頭に褒めちぎられたカノンはなんとか体裁ていさいを保っているが、例のごとく顔を赤く染めている。所長はそんなカノンに「自信を持ちなさい」と優しく声をかけてから話題を変えた。


「時にリズ殿。アリアの滞在はどのぐらいでしょうか?」

「一カ月ほどの予定です」

「であれば、私の方で”見習い”扱いの解除をさせてもらえそうですな。活躍を期待していますぞ」


 ヴィレス所長はそう言って嬉しそうにハッハッと笑った。





 所長との面談を終えて待機室に戻ると、案内してくれた補助スタッフが珈琲こーひーを用意してくれていた。


 それをすすって一息ついていると、オルガから質問が飛んできた。


「リズ。お前、なんで所長と知り合いなんだ?」

中央神都シンシアとアリアの間に橋があったでしょ? あれ、父さんたちのアーミエが錬成したんだ」

「まじか――」

「当時、ヴィレス所長は副所長で街側の代表として錬成式に出席してて、その時に僕も少しだけお話してるんだ。だから覚えてくれてたんだと思う」

「……全くリズのエピソードには驚かさせれてばっかりだ」


 半ばあきれたような物言いに僕はタハハと笑うしかなかった。


「そういや見習い解除の条件ってなんだっけ?」

「んと……依頼の三回達成、および評価三以上の一回取得」


 僕が確認するとカノンはソラで回答する。さすがだ。


 錬成士見習いとして受理できる内容は下級錬成士の依頼とほとんど同等で、見習いが依頼にあたった場合は依頼主の支払いが安く済む設定になっている。


「じゃあ、アリアにいる間に全員見習い解除を目標ってことでいこうか」

「だねっ!」「おうっ!」


 僕が短期的な目標を提示すると、二人は歯切れよく返答した。


「じゃあ早速、依頼一覧に目を通すか」


 そう意気込むオルガを尻目に、カノンは腕に付けた端末から依頼一覧を空中に投影すると猛烈もうれつな勢いで内容を洗っていく。その速さは内容を読み込めているのか疑問すら湧いてくるレベルであったが、数秒後彼女はピタリと操作を止めた。


 カノンは空で指をスライドして、僕たちに見えるよう画面を裏返すと選定した依頼を提示した。


「これなんかどうかな?」

「なになに……。ガラス鉱山の運搬に関する依頼か」

拡縮系かくしゅくけいの錬成が活きそうだね。僕、オルガの錬成に立ち会ってないし見たいな」


 その趣旨を汲み取って僕はやんわりと同意したわけだが、オルガの次の質問を経て胸中には不安が渦巻くことになる。


「まあな。でもカノン、なんでこれなんだ?」

「えとね……。今までに二回、評価いちで依頼達成に失敗してるらしいの」





 僕たちは話し合いの末に依頼の受理を申告すると、アリアから四半刻ほどの鉱山を目指して馬車道を歩いていた。


 方向は東。こちらの方角はおよそ平坦でカノンの足取りも軽い。


「にしても、カノンの依頼の選び方は特殊だよなぁ」


 オルガが思い出したようにそう言うので、僕も同意しながら苦笑を浮かべた。


「ね。僕も初めはもうちょっと楽そうなのを選ぼうと思ってたよ」


 結局、僕たちは二度依頼を失敗して後、未だ再派遣の調整がついていなかったあの依頼を受理することにした。

 一般的にこういった失敗が重なった依頼を率先して受ける錬成士は少ない。理由は単純。依頼後の評価が低くつく可能性が高いからだ。


「そんなに変……かな? でもきっと依頼者さん、困ってるかなって思って」


 イジられたカノンは自身の選択に自信がなくなってきたのか眉を下げていたので、僕は早々にフォローに回ることにする。


「うん、そうだね。困ってるなら解消してあげたいもんね」

「初めての依頼だからな。印象に残るヤツにするのもいいかと俺は思ったぜ」


 オルガも調子よく僕に乗っかってくると、カノンはふふっと笑って感謝を述べた。



 カラっと晴れた寒空の下をひたすら歩いていき体温も上がってきた頃、前方にキラキラと何かが反射しているのが見えてくる。どうやらガラスが太陽を反射している光のようだった。


 鉱山というからにはもっと山の奥や入り組んだ場所にあるのかと思っていたのだが、依頼書の記載通り馬車道のすぐ脇にあった。さながら、巨人が大量のガラスをそこにいたかのようであった。


「ここか……」

「みたいだね」


 僕たちはガラス片の山に到着すると、依頼主を探して周囲を歩きまわった。


「どなたかいらっしゃいますか?」


 呼びかけながらと進んでいくと、上から声が聞こえてきた。


「あぁん? なんだおまえら」

「錬成士協会の者です。少しお話を聞きたいのですが……」

「ちっ。今行くから待っとけ」


 乱暴な物言いの男性の登場に僕は収めていた不安を強くする。


「ねぇ、今舌打ちされた気がしたのけど……」

「あぁ。俺も聞こえた……」

「帰ろうか」「帰るか」


 僕とオルガは回れ右をして元の道を戻ろうとすると、カノンが僕たちの袖を引いた。


「お話だけでも聞いてこっ?  ねっ?」


 困り顔で見つめる彼女に僕たちは根負けすると、ため息をついてからしぶしぶ頷いた。


「待たせたな」


 そんな気も知らず、先ほどの男性がガラスの山を滑り降りてきた。


 ガラスが足に刺さらないためだろうか。靴の下に木板をかせている。

 雪が降る地方では同じようにする所があると聞いたことがあるが、ガラス避けというのは初めてお目にかかる。


 嫌々状態の僕たちに代わり、カノンが屈強そうな男性に依頼内容を確認する。


「運搬機材の錬成をご依頼とのことでしたが、どのようなものでしょうか?」

「おう。これだ」

「こちら……ですか?」


 男性が指したのは何の変哲もない荷車のようであった。

 これならその辺の大工、もしくは道具屋でも造れそうな代物だ。


 男性は僕たちの疑問を先回りしたように付けくわえる。


「これはただの荷車じゃねぇ。荷物を入れても一定以上には重くならない設計になってるんだ」

「重さが一定に……?」

「俺はガラス職人をやってるんだが、その材料としてここのガラス片を種としてる。当然運搬ばかりに力をいれるわけにもいかねぇから、目一杯積んでも動かせるこれを重宝していてな」

「この荷車はどのぐらい稼働してたんでしょうか」

「あぁ。詳しくは覚えてないが、大体十年ってとこだな」


 聞き取りをした内容に僕たちは互いに目を見合わせた。


 錬成士は自由な発想とイメージを基に様々な錬成物アーティファクトを錬成することができる。だが、それは決して世界エイリアのルールをじ曲げられるというわけではない。


 錬成は根源石クリスタルのサイズ――等級によって大きさや密度に限界があるし、錬成光マナを付与する錬成物アーティファクトに関しては、その能力は徐々に薄れて最終的にはただの物へと成り下がる。

 また、重力や摩擦といった現象は錬成物アーティファクトであっても発生するため、物理法則を無視することはできないのだ。


 しかし、今の申告内容は完全にこれに反している。


「そちらをちょっと見せてもらっても……?」

「構わないぜ。だが、今はさっき話した機能は失っちまってる」

「わかりました……」

「俺は作業をしてるから終わったら声を掛けてくれ」


 そう言い残して、男性はまたガラス片の山の中へ戻っていってしまった。


 僕たち三人は男性を見送ると、トトさんの時と同じようにその荷車を囲って検証を始めた。


 まず、荷台部分を見るが全く変哲もない荷車だ。ハンドル部分についても同様。次にひっくり返して裏面を見てみると、何か溜め込んだ錬成光マナを活用して動力に変えるようなシステムが組まれていたようだが、摩耗とれで何がどうなっていたのかまるで把握することができない。これでは構造を理解して再度錬成することは不可能だ。


「おい。さっき言ってた内容、実現できるのか?」

「いや、難しいと思う。物を乗せれば重くなる。この事実は錬成でも変えれない」

特異錬成とくいれんせいが一番近そうな気がするけど、風の錬成でも一時的に軽くしたりするのがやっとで長期にわたって運用できるものじゃないの……」


 オルガの問いに対して僕が回答すると、カノンも同様の見解を示した。


「ひとつ可能性があるとすればあの男性が錬成光マナの扱いに長けていて、無意識的にマナを流しながら運用していたってことぐらいかな」

「いや。さっきのおっさんから錬成光マナの気配しなかったよな」


 僕が冗談半分に言ってみるとオルガは真剣な表情を崩さず否定した。

 どうやら真面目モードのオルガにはジョークが通用しないらしい――。



 僕たちはその後も様々な可能性について議論をしたが、どのようにその機能を実現していたのか、糸口すらつかむことができていなかった。


「うーん。この荷車と同じものを造るのは困難そうだな。別の方法でもっと楽に運べれば文句はないんじゃねーか?」

「確かにそうだね。その方向で議論しよう」


 オルガの発案で僕たちは別の手法を検討することにした。

 すると、カノンが元も子もないことを言い始める。


「そもそもこれって馬車で運ぶんじゃだめなのかな……?」

「それは僕も思った。だけど、それをしないのには理由があるんだと思う。毎回、街馬車をつかまえてきたり、馬車を借りて来るよりも長期的に見たら安くなるということなんじゃないかな?」

「そうだよね……。だから下級錬成士の依頼になっていたんだと思うし……」


 カノンはまた難しい表情を浮かべて思考に落ちていくと、今度はオルガがとんでもないことを言い出す。


「馬が錬成できればいいだが……」

「三禁に思いっきり触れて錬成士やめたいの?!」

「だから無理だよなって話だ!」


 三禁というのは、錬成における禁止事項が主に三つあることに由来する。

 ひとつ、生物は錬成してはいけない。

 ひとつ、錬成した物は食してはいけない。

 ひとつ、錬成した物に魂を宿してはいけない。


 これらのうち、ひとつでも破れば即刻錬成士の資格を剥奪される重い罪となる。

 

 オルガの提案はひとつ目の禁止事項にモロに触れているため、できたとしてもやってはいけない、というわけだ。


 今度は僕がオルガに確認する。


根源石クリスタルはどのぐらい使えるんだっけ?」

「費用面から五等石がいち五等級未満カケラぐらいだな」


 その回答を聞くと、特段根源石クリスタルをふんだんに使って解決するという状況でもないようだ。 


 太陽はいつの間にか頂点へと昇り詰めていたが、有用な答えが出ないままだった。僕たちは頭を回しすぎたせいか、半ばグロッキー状態だ。


 すると、作業が終わったのか先ほどの男性がガラス片の山から戻って来た。背中には持てる限りのガラス片が詰められた頑丈なかばんを背負っている。


「おう! まだできてなかったのか」

「すみません。解決策がなかなか見つからなくて……」


 カノンが申し訳なさそうにそう言うと、男性はガハハと笑った。


「そうか。錬成士様にも難しいことはあるんだな」

「もちろん沢山あります……」

「気分転換にメシでも一緒にどうだ。俺も街に戻ろうと思ってるんだ」

「ぜひ道中お話を聞かせてもらえないでしょうか」

「一生懸命考えてもらってんだ。それぐらい訳ないぜ」


 男性はカノンのことを気に入ったのか、街に戻りながら様々な話をしてくれた。


 あの荷馬車はあのガラス片の下にあった地下室から見つけ出したこと。最近ステンドグラスの修理を頼まれていて苦戦していること。一緒に工房を営んできた妻が他界したこと。それによって生き物に対して苦手意識が芽生えてしまった事。などなど。


「それで馬車を避けていたんですね」

「あぁ。生き物はいずれ死んじまうってのがわかってから、なんかだめになっちまってな……」


 僕の中でこの男性への印象がずいぶん変わってきていた。親しみを持って接してくるようになったので、もしかすると人見知りだっただけではないかとすら思い始めていた。


 どうにか助けになりたい。そんな想いが僕の中で強くなっていた。


「ほれ、着いたぞ。ここの炒飯ちゃーはんがうめぇんだ」


 そんなことを思っていると、男性オススメの飯屋へと到着した。古びた外観だったが、中からはものすごく食欲をそそられる匂いが漂ってきている。


 炒飯ちゃーはんか……昔よく最寄りの駅の近くで食べてたっけ――。


 昔を回顧かいこしていると、ふと何かが引っかかったような気がした。今ヒントになりそうなことが何かあったような……。 


「――っ!!」


 僕の中は先ほどの思考をトレースしていくと、その正体を発見した。


「オルガ!!」

「おう?! どうした、いきなり?」

「五等級の根源石クリスタルを重金属で伸ばしたら、長さはどのぐらいまでいける?」

「そうだな……。目安は二キロメートルってところか。それがどうした?」


 オルガの回答を聞いて僕はニヤリと笑った。


「解決策が見つかったよ」

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