第9話 オルガの神髄と異常事態

「ほう。ガラス鉱山からですか……」


 ヴィレス所長は感心するような、しかし不思議そうな顔を浮かべた。


 僕は依頼主の男性おすすめの炒飯ちゃーはんを食してから、単独で詰所つめしょを訪れていた。

 受付で補助スタッフに相談したが、判断できないとのことで所長と直接相談することになったのだ。


 他の街人ちょうにんにも影響が出るような規模の大きい錬成をする時には、詰所で許可を取っておくと後々問題になることが少ない。


「馬車の通行の妨げにならなければ問題ありませんよ。ただ……」

「ただ……?」


 そう言いよどんだ所長に条件でも出されるのかと、僕は少し身構える。

 だが、次に出てきたのは予想外の言葉だった。


「五等級の根源石クリスタルにおける重金属錬成の目安は200mだと思うのですが……。一桁勘違いされてないでしょうか?」

「ハハハッ……。そんなわけ、あるかもしれません」


 指摘を受けた僕はいくらオルガでも、そこまで初歩的なミスはしないと思いたかったが、知識の欠如と行動の大胆さを思い浮かべると自信を持てなくなってきた。


 明らかに暗い雰囲気になった僕に、所長は前向きな言葉をかける。


「ま、まぁなんにせよ、私の方で敷設の許可は出しておきましょう。頑張ってください」

「……ありがとうございます」


 そのおかげで僕は何とか体裁を保ち、御礼を述べることができた。





「おう。どうだった?」


 街の東。ガラスの鉱山へと続く馬車道の入り口でオルガが待っていた。

 僕の気落ちも知らず、台詞せりふが軽い。


「許可は取れたよ。だけど、オルガ。本当にできるの……?」

「正直やってみないことにはわらかん。なんせ五等石を扱うのは初めてだからな」


 確かにその通りだった。五等石以上の根源石クリスタルは協会から認められた錬成士でないと扱ってはいけないというルールがある。オルガにできるかを問うのはこくというものだ。


 過去の錬成からこのぐらいの錬成物アーティファクトを錬成できる、という知見は協会内で蓄積されていっているが、その錬成士の才能や技量によってかなりの幅が出る。目安を大きく前後するというのもザラではあるが…………不安だ。


「鉱山までの距離は直線距離で1.2キロってところだった」

「1.2キロか……。いまさらだけど、ガラス鉱山ってここから見えたんだね」

「みたいだな。まぁ見えても、あれがそうだとはわからなかったとは思うが」


 起伏の少ない草原の奥から太陽光を反射する構造物を、僕は目を細めて眺めた。


 今日は少し風がある。ひと際強い風がひとつ抜けていくのに耐えてから、オルガが空回りしないように保険をかけておくことにする。


「届かなければ、実費で根源石クリスタルを足すって手もあるから気楽にやってみて」

「了解だ」


 オルガは僕の意図を察したのか、心配いらないぜとばかりにニカっと笑った。


「準備はできてるからいつでも始められるぞ」

「わかった。じゃあ、カノンに合図を出してくれる?」


 昼飯を食べながらおおむねの打ち合わせは済ませていた。


 所長と面識がある僕が錬成の許可を取得している間に、オルガにはガラス鉱山までの距離測定を、カノンには依頼主の男性と鉱山への待機をしてもらっていた。


 オルガは輪の形にした指を口にくわえると強く息を吐いた。甲高い音が遮蔽物しゃへいぶつのない馬車道と草原に響いていくと、やがて向こうからも同じような音が聞こえてきた。

 カノンが指笛を吹けるとは思えないので、あの屈強そうな依頼主の男性がやってくれたのだろう。


「向こうも準備できてるみたいだね。じゃあ線を引くから、あとはよろしく!」

「任せろ!」


 言葉少なく気合をたぎらせると、オルガは荷物袋から五等級の根源石クリスタルを用意した。彼の大きなてのひらでも覆いきれないほどのサイズ感だ。


 五等石以上の根源石クリスタルを持つの大変だろうな――。


 と、カノンのことを思い浮かべていると、いつの間にかオルガからおちゃらけた雰囲気がすっかりなくなっていた。まるで、試合前の投手のように研ぎ澄まされた顔をしている。


「期待、できるかもしれない……」


 そうつぶやいたのも、恐らくオルガの耳には入っていないのだろう。

 

 僕は二度パシパシとほほを叩いて雑念を払うと、目をつむった。


 錬成をする時と同様に身体の内面に意識を集中させていき、循環する錬成光マナに意識の焦点をあてる。と、錬成光マナはすぐにアクティブへと変わり、操作が可能となった。


 そのまま集中を途切らせないように目を開けていくと、映る景色の全てが錬成光マナ色に染まっているのを感じる。

 ガラス鉱山の方に視線をやれば、向こうにも錬成光マナの光をかすかに視認することができた。カノンも錬成光マナをアクティブにできているようだ。


「いくよ……!」


 僕はオルガの返事を待たず、手を銃の形にした指先から圧縮したマナを一直線に放った。まるでビームだ。


 錬成光マナはかなりの距離を勢いよく進んでいったが、総量が足りないのか、圧縮が足りないのか、ガラス鉱山までは届かなかった。距離と共に薄れていく錬成光マナは道中の六割から七割というところで途絶えてしまっている。


 僕は細かい錬成光マナの扱いにはけているが、総量としては決して多くを扱えるわけではない。


 やっぱり無理だったか――。


 己の力量に少しショックを受けていると、今度は鉱山からも同じように直線的な錬成光マナが放たれた。そして、その光の先が僕が放ち続けている錬成光マナと合わさると、見事な光の道が現れる。

 

 広範囲な錬成を行なう場合や複雑な錬成物アーティファクトを錬成する際は、こうして錬成光マナで道しるべとなる補助線を空間上に引くことがある。

 錬成物アーティファクトが大きく複雑になればなるほど、現実とイメージにズレが生じやすくなってしまうので、目安の線を引いて想像を具体的にするというわけだ。


 まずは第一段階クリア。

 想定通りに事が進み、自然と口角があがってくる。


 だが、ここからが本番だ。

 補助線をずらさない様に気を付けながらオルガの方をうかがうと、こちらも既に錬成光マナはアクティブな状態だった。しかし驚くのはその量だ。


 僕とカノンの錬成光マナは身体をうっすら包み込むような厚みであるのに対して、オルガのそれは桁違いだった。僕らの倍以上の厚みがあるのではないだろうか。

 錬成光マナの形状も僕のなめらかな液体的なものとは異なり、その表面にはポコポコと気泡が現れては消えていっていた。その様子はマグマを連想させる。

 オルガの錬成光マナには、彼の普段の大胆さや力強さがそのまま反映されているようだった。


 オルガはその特大の量の錬成光マナを保ちながら右手へと集束させていく。

 そして次の瞬間――、その拳を根源石クリスタルに叩きつけた。


「どっ……せいっ!」


 すると、錬成光マナとは異なる白銀の光が残像を見せながら、ガラス鉱山に向かってものすごい勢いで走っていった。

 否、残像と思われた光はその場に定着して、徐々に発光を緩やかにしていくと、やがてその姿を明らかにする。


 そう。僕たちは街からガラス鉱山までレールを引くことにしたのだ。


 錬成物アーティファクトは重金属。いわゆる鋼鉄こうてつで、断面は『 I 』の下の足部を長くした造りだ。これは地面に接する箇所かしょを広くして安定性を高めるためでもあり、地盤の沈下対策でもある。


「リズ。もうやめていいぞ」

「あ、あぁ。うん……」


 錬成はすでに完成しているというのに、僕は錬成光マナを納めるのも忘れて目の前で起きたことを呆然ぼうぜんと眺めていた。


 カノンの錬成は魔法のようなスゴさがあったが、オルガの錬成はなんというか規模が違う。『規格外』という言葉でも陳腐ちんぷに思えてしまうぐらいだ。


 そんな放心する僕に気付きもせず、オルガは錬成物アーティファクトの確認を始めていた。


 ガラス鉱山へと向かいながら幅や高さを定期的に測ってはみるが、ほとんどズレが発生していない。

 もしかするとフリーハンドで線を引くときと同様で、躊躇ちゅうちょなく一気にいった方が真っ直ぐになる、ということに通ずるのかもしれない。


「オルガって錬成するとき、毎回あんな感じでやってるの?」

「んなわけないだろ。『真っ直ぐ、遠くまで、同じ形で』って考えたら、なんとなくああなったんだ」


 オルガは僕がバカにしていると思ったらしく、少しだけ不貞腐ふてくされていた。


「いや心底すごいと思ってて聞いてるんだよ?」

「そうなのか?」

「うん。引くレベルでスゴかったよ!」

「おまえ、やっぱバカにしてんだろ……」

「そんなことないって~。あ、バカにしてるで思い出したけど、オルガの言ってた目安値一桁間違ってるって所長に指摘されたよ」

「まじか……」

「だから、『本当にできる?』って聞いたんだよ?」


 そんな漫才のような会話をしながら、定期的にレール幅や高さを点検をしていると、問題は発見されないままガラス鉱山が間近に迫っていた。

 ふと顔を上げれば、向こうからカノンが大きく手を振って、その隣の依頼主の男性は感心を通り越してあきれたような顔を浮かべていた。





「うし。大丈夫そうだな!」


 測量が終わるのをそわそわと待っていた依頼主の男性とカノンは、オルガがそう言ったのを合図に口を開いた。


「いや~、大したもんだ! こんな規模の錬成を間近で見たのはシュラーク様以来だ!」

「やったね、オルガ! 拡大の錬成ならオルディン司祭にも引けを取らないかも!」


 次々に賛辞さんじを贈られたオルガは嬉しそうに指の甲で鼻を擦った。


 二人の言い様は多少持ち上げ過ぎではある気がしたが、それぐらいのインパクトがある錬成だったのは間違いない。


「じゃあ、次は荷台だな!」

「うん。錬成しちゃうね」


 僕は錬成されたレールの上下左右を何度も触って大きさを確かめると、それに合うように荷台のイメージを膨らませていく。


 目的はガラス片の運搬なので上部については複雑な設計は必要ない。トロッコと言われて思い浮かべる形をベースに、前後に買い物カートのような押すためのバーと足を乗せるステップを付けてやればよい。


 一方で足回りは少し厄介やっかいだ。レールが一本しかないため、モノレールのようにレールの上部と左右を車輪で挟み込み、荷台の重心を安定させる必要がある。車体も少し形を工夫する必要がありそうだ。

 素材は荷台上部は軽金属けいきんぞく、下部は重金属とゴムのような材質が適しているだろう。


 動力は人力だが、勢いをつけて荷台外に設置するステップに飛び乗れば、一定の距離を滑るように移動することができる、というのが僕が描いた設計だ。


 今回は錬成する環境に恵まれたため、錬成光マナをアクティブにすると、なんなく錬成を終える。


「うん。こんな感じかな」


 と、特段難しいことをしたわけではないため、当然のことのようにすぐに錬成物アーティファクトの出来を確認しようとする。

 が、仲間と男性がそれなりのボリュームの歓声をあげたので、僕は驚いて少し地面から浮くことになった。


「そんなホイホイと何種類も材質出せるもんじゃねーんだぞっ!」


 カノンと依頼主の男性が賞嘆しょうたんの声をあげる中、なぜかオルガだけは激怒していた。


 荷台の下に潜り込んで駆動部くどうぶが問題なく稼働かどうすることを確認すると、満をしてレールの上を走らせてみることにする。


「おっ! 思いのほか運び心地いいよ~」


 金属の表面は想定以上に滑らかだったらしく、極限まで摩擦まさつが抑えられてスムーズな移動が可能になっていた。レールと荷台との噛み合わせも上々で、余程無理な使い方をしなければまず脱線することはないだろう。


 本来であれば、レールの陥没かんぼつを防止するための枕木まくらぎさび対策が必要だが費用面的にここが限界だ。


 実際の使用者である依頼主の男性にも操作してもらったが、「こりゃいい!」と太鼓判たいこばんを押してもらうことができた。

 

「数日使ってみて問題がなければ依頼完了手続きをお願いします」


 腕の端末で表示した契約書の引き渡しのらんに指を押し付けてもらい、支払いの誘導を済ませれば現場の錬成士の任務は完了だ。


「世話になったな。改めて錬成士の凄さってやつが分かった気がするぜ」

「喜んでいただけて何よりです」


 依頼主の男性は初めて会った時には想像もできなかったような笑顔で、錬成士への敬意を述べた。


 カノンが言っていた通り、困っている人を助けるというのは、よいものだなと感慨深く思った。

 その発言をした当人は体力の限界が近いらしく、まぶたが下がってくるのを必死にこらえている。


 その様子を見ていた依頼主の男性は、出で立ちとは似合わない優しい笑みを浮かべて言った。


「おし。じゃあ、試運転がてら街まで押してってやるぜ。乗ってみろ! ……あ、デケェのは歩いてくれ」


「おっさん、そりゃないぜ……」


 僕も補助線の生成と荷台の錬成で疲れ果てていたので、依頼主の男性の提案はありがたかった。もちろん一番の立役者とも言えるオルガがけ者にされてしまうのは不憫ふびんだったが、ここは甘えさせてもらおう。


 カノンが乗り込むのを補助してから僕もすぐに乗り込むと、威勢のよい声が響く。


「さっ、いくぞ~っ!」

「おお!」「わぁ!」


 滑るように動き出したトロッコに僕たちは歓声をあげたが、同じく疲労困憊ひろうこんぱいのオルガはその速度について来れていなかった。小走りになりながら手を伸ばすようにする彼の姿には、申し訳ないが笑うしかなかった。


「オルガ~、はやく~!!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ~!」





 翌日、僕は詰所の所長室を訪れていた。


 依頼主が支払いを済ませればヴィレス所長も錬成の成功を知ることができるわけだが、直に相談していたこともあったのできちんと報告すべきと思ってことだった。

 

 簡単に錬成までの推移や錬成物アーティファクトについて報告すると、所長は目を丸くしてから、ねぎらいの言葉をかけてくれた。


「錬成本当にお疲れ様でした。私も根源石クリスタルの目安は目安でしかないのだと勉強になりました」


 そう言って、ヴィレス所長は苦笑していた。

 そして、謁見えっけんの最後をこう締めくくった。


「失敗が重なった依頼を積極的に解消するというのは、なかなかできないものです。今後もその姿勢を大切にして下さい」


 その言葉に僕は深く頷いてから「はい!」と返事をする。

 所長の優しさと低姿勢な態度には頭が下がる想いだった。

 


 僕が談話室に戻ると、オルガが珈琲を用意してくれていた。

 それを飲みながらまったりと三人でテーブルを囲んでいると、オルガが口を開く。


「昨日の荷台の設計、最初から考えてたのか?」


 その質問にカノンも腕の端末から顔を上げる。どうやら興味があるらしい。


「まあね。レールは一本になるだろうから、安定させるにはどうしたらいいのかなって考えてたんだ」

「そうか。だけどあんな設計どうやったら思いつくんだ?」

「……昔何かの資料で似たような記述があったんだ」


 僕は端末を見つめたまま回答する。

 カノンからの視線は長くまとわりついたが、僕はだんまりを決め込む。


 すると、オルガは頭を掻きながら「やっぱ勉強は大事ってことかぁ」と勝手に納得したので、僕は小さくため息をついた。

 

 その後、また複雑そうな案件を提案してくるカノンをたしなめつつ、依頼受諾いらいじゅだくの方針を一度整理することにした。

 結論としては、それぞれの錬成がきそうな依頼を受ける。失敗が続いているような複雑そうな依頼に関しては週に一回程度を目安に挑戦する、ということに決まる。


 月間の依頼消化数の下限が設定されている以上、そこはコンスタントに超えていく必要がある上、半年後には上級錬成士への昇格試験もある。

 僕個人としては、両親の情報へアクセスできる可能性を秘める権限奪取を逃すわけにはいかない。依頼数の消化は必須なのだ。


 そして、この方針にのっとって僕たちはおよそ一カ月間依頼の解消に励んだ。





 アリア滞在も残すところ三日となったその日、僕たちは街郊外の農業用の水路の数カ所に小さな橋をかけてほしいという依頼の解消にあたっていた。


 錬成自体は難しいものではなかったが昨日以上に風が強く土埃つちぼこりに苦戦する。が、無事に依頼を完遂することができた。


 日はまだ高いが今日の午後はオフにしようということで、カノンが気に入っている美味しい紅茶が給仕される店でゆっくりする予定だった。


 やり切った高揚感からか、僕たちはどうでもよい話で笑い合いながら街へと向かっていた。


「そういえば、明日は錬成士見習い解除の言い渡しだったよな?」

「うん。これで僕たちも一端いっぱしの錬成士だねぇ」


 見習い解除の規定をうに満たしていたが、ヴィレス所長が中央神都シンシアへ詰めていたことで日程が合わなかったのだ。別に急ぐ必要もなかったので「所長が戻ってからでいいですよ」と補助スタッフには伝えていたが、それがようやく明日に決まったというわけだ。


「私、ちょっと体力も付いたみたい」

「うんうん! 頑張ってるよね」


 カノンはアリアに来た当初、錬成に向かう場所が街から離れていると、一日に一依頼が精いっぱいだった。だが、このおよそ一カ月で午前午後で依頼をこなすことができるようになっていた。


 一方、オルガの錬成は――。


「複合錬成できるようになった?」

「うっ……」


 オルガは相変わらず二種類以上の材質を混在させて錬成する複合錬成を苦手としていた。どうやらひとつの材質へのイメージが強くなってしまい、結果その材質の錬成物アーティファクトができあがってしまうらしい。


「まあ焦んなくていいんじゃない? コツは伝えたから、あとは練習かな」

「頑張ってね、オルガ!」

「おう……。だがなんで二人とも最初からできんだよ」

 

 僕たちはそれぞれに励ましたが、オルガは納得がいかない様子だった。 


 街を覆う崖の上まで到着して、アリアの雑然としつつも美しい街並みに心奪われていると、世界エイリアでは珍しいほどの強風が吹きつけた。


「きゃっ!」


 カノンは短い悲鳴を上げると髪を押さえてしゃがみこんだ。

 僕とオルガも腕で顔を覆わないと、飛んでくる草や細かい土に視界を奪われてしまいそうになる。


 やがて、その風が止むとオルガが言った。


「ふぅ。なんか昨日から風強すぎないか?」

「そうだね。世界エイリアでは珍しいよね。カノン、大丈夫?」

「うん。ごめん、驚いただけ……」


 僕は座り込んだカノンに手を差し伸べると、彼女はその手を取って立ち上がった。

 それぞれに服に付いた諸々をはたいて落とす。


「早めに屋内に行こう――」


 と。僕が言い終わるか否や、突如警戒を知らせる早鐘はやがねが鳴り響いた。

 そして、その直後、錬成士の詰所から赤の信号弾が続けざまに打ち上げられる。


「なんだっ⁈」

「赤が三発……最上位の警報よっ!」

「――っ?! そんなの街の存続が脅かさえる時しか発せられないはずだろ!」

「とにかく早く詰所に向かおう! 話はそれからだ」


 オルガとカノンのやり取りを一旦制して、僕は行動を促した。


 何が起きてるんだ――?!

 僕の心臓は不安と混乱で、鳴り響く早鐘と同じぐらいの速度になっていた。


 崖の傾斜を転がるように駆け下りて詰所へ向かうと、街は既に騒然としていた。


 錬成士たちが依頼から続々と帰還して詰所へ急行する一方、補助スタッフへは既に指示が出ているようで住民を街の片面を覆う崖の方へと誘導している。

 

 街人が向かう先を見ると、崖に見た目をカモフラージュされていた扉が開き始めていた。緊急避難用のシェルターのようなものがあるのかもしれない。


 アリアに移り住んでから僕は十年近くの時間を過ごしていたが、こんな施設があることを全く知らなかった。だが、補助スタッフたちが誘導しているところを見ると、錬成士が関わって建造されたことは恐らく間違いない。

 

「二人ともあそこを見て!」


 カノンが突如声をあげる。僕とオルガが彼女の指す方向に目を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「おいおい……。どうなってるんだっ⁈」

「空に……穴が……?」


 異様だった。どこまでも広がっている青空と雄大な雲がある箇所で突然途切れ、吸い込まれるような真っ暗な空間が顔を覗かせていた。その穴の周囲では頻繁に雷光らいこうが発生していて、不気味さに拍車をかけている。

 穴に隣接している空にはひびがピシピシと入っていき、ガラスが割れたかのように青を散らしていっていた。


 僅かずつではあるが、その不気味な穴は範囲を広げて空を浸食している……。



 警報は正しかった。確かに街の存続を脅かす、いや世界エイリアを脅かす非常事態が今ここで起きていた。

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