世界周遊 アリア編

第7話 風の錬成とガムランボールの騒動

 明くる年、僕たち三人は中央神都シンシアを出発した。


「リズが育った街。楽しみ……」


 大門を出ると、カノンは期待に胸を膨らませるように目的地に想いを馳せていた。オルガも旅に憧れていたというぐらいなので、鼻歌交じりだ。


「こまめに休憩を取るようにするけど、疲れたら無理せず言ってね」


 僕がカノンを気にかけていると、オルガも白い歯を見せる。


「歩けなくなったら、俺が負ぶってやるから安心しろ!」

「ありがと。でも、んぶは恥ずかしいな……」

 

 頼もしい一言ではあったが、想像するだけで恥ずかしかったのかカノンは眉を八の字にしていた。


 数日前まで軟禁状態であった彼女が果たして旅に耐えうるのか僕は心配していたが、幸いにもアリアは中央神都シンシアから半日。としては最適な目的地だった。



「しっかし、よくこんな道を造ったよなぁ」


 オルガは敷き詰められた石畳をコンコンと足先で叩くと、気が遠くなるほど先まで続く街道の終わりを追うように背伸びをしていた。


 先ほどの体力に対して、知識を問うことについてはカノンの頭脳が物を言う。

 

「街と街の間に細かく拠点を置いて、沢山の錬成士が少しずつ石畳を錬成したんだって。ようは錬成で運搬うんぱんの労力を軽減したの」


 オルガナイト街道は過去中央神都シンシアに人口が集中して物資が枯渇こかつしがちだった頃、時の司祭たちが整備したと伝えられている。

 街道は修繕しゅうぜんを繰り返してはいるが現役で、砂地や湿地に馬車の足を取られる恐れがないため、計画的かつ安全に運搬ができるようになった。


 世界エイリアでの街道はイコール高速道路と言っても過言ではない。


「やっぱ、頭が良い人は考えることが違うなぁ……」


 カノンの解説を聞いたオルガは少しの間、考え込むようにしていたが、その後に発せられたのは深みのない台詞せりふだった。






 一昨日おととい逃げ込んだオーデンヴァルの森を回り込むと、第一都市ゲルニカとアリアへの分岐地点に着く。


 アリアへ向かうには、僕が中央神都シンシアのぼる際に使ったこの整備されていない道を戻るしかない。こちら側から行く場合は初めに丘を越えることになるため、旅の後半は必然的に足が重くなってくる。


 ここを通るたびにドリルでも錬成して丘ごとぶち抜いてやりたい気持ちになるが、根源石クリスタルの代金だけでも大変なことになるだろう。叶わぬ夢というやつだ。


 だらだらと続く坂道の途中、急にカノンが立ち止まった時には早速オルガの出番かと思ったが、彼女を間に挟む隊列を組んで励ましながら進むことでなんとか登頂にこぎ着けることができた。


 手近てぢかな木陰にあるわりかし平らな岩に座らせると、カノンはまだ整わない息を押して言った。


「ハァ……あそこから、ハァ……来たんだね」


 木々の隙間すきまからはまだ中央神都シンシアを望むことができる。


「――うん。行く時も帰る時もここから街を見るんだ」


 僕はそう言いながら、メリナさんに洗濯してもらったばかりの布きれをカノンに手渡した。


 静かに汗をぬぐう彼女から目線をらすべく中央神都シンシアを眺めていると、こちらはこちらでモヤモヤとした感情が湧いてきてしまった。


「街はそう変わらないはずだけど、その時その時で随分ずいぶん印象が違うんだ」


 僕はいつの間にかあの日の中央神都シンシアをフラッシュバックしていた。ただ、逃げ出すしかなかったあの日の記憶を――。


「今は……どんな風に見えるの?」


 何かを察したかのようなカノンのその言葉に僕はハッする。追憶を振り切るように小さく首を振ると、今の中央神都シンシアをもう一度眺めた。


「今までで一番大きく見える。それから太陽の光に輝いて見える……かな」


 僕はありのままの感想を述べると、カノンは安堵したように「そっか」と言って、微笑みを浮かべた。



 ガサガサと草木をかき分ける音が聞こえてきたかと思うと、直後に登頂してすぐにどこかへ行ってしまったオルガが姿を現した。何やら腰の丈ほどある長細い木の棒を三本持っている。


「ほれっ!」


 意気揚々いきようようと差し出されたそれの用途がわからず困惑していると、彼はがっかりしたように説明する。


「旅といえばこういうのを杖にするもんだろ?」


 確かにそんなイメージはなくもないが……。


 わざわざこれを探しに行っていたのかと思うと脱力してしまうが、杖代わりに立ててみると木の棒は確かに具合のよい長さだった。カノンも僕にならってカンッと地面を突くとこれまた丁度よく、オルガは得意気とくいげにしていた。


 僕たちは一応御礼を伝えると、彼は手の甲で鼻を擦りながら「へへっ」と嬉しそうに笑っていた。塔の講義室でも同じようにしていたので癖なのかもしれない。


「さて、そろそろ出発しようか。次は湧き水どころだよ」

「それはすごく嬉しいかもっ!」

「アリアの人はみんなそこで休憩するんだ」


 僕が次の休憩所を示すと、カノンは両手を合わせて喜びを表現するのであった。





 この丘はアリア側の斜面の方が急なため、僕はカノンの補助をしながら丘を下っていく。


 オルガは、というと先行してさっさと行ってしまうが、後から歩いていくと草木や石がどけられた形跡がある。カノンに気を遣わせないように見えないところでやっているのだろう。マイペースに見えるが、性根は優しいヤツなのだと僕にはもうわかっていた。


 ちなみに、旅の物資はほとんどをオルガが持ってくれている。特に下りに入ってからはカノンのフォローに入るからと僕の荷物まで預かってくれている。今回は半日の工程なので最低限しか持っていないが、それでも三人分を持って丘や森を行くというのは大変だろう。

 だが、オルガからは全くそんな様子が見られない。むしろ、僕たちが休んでいる間も木の棒を探して動き回っていたりと、体力をあり余している感がある。


 どんな生活をしたらこんな体力と体躯たいくの持ち主になるのか、彼の出身地に行ったら確かめて聞いてみよう。

 と、考えていると、前から彼の声が聞こえてきた。


「おっ! 水の音が聴こえるぜ!」


 カノンはピンと来ていないようだったが、オルガが正解。


「うん。そろそろだよ!」

「やったぜ! 飲み放題だ!!」


 僕が言うや否やオルガは小走りに水源の方へと走っていった。

 その野生児っぷりに首を振ってみせると、カノンはクスクスと笑っていた。



 生い茂った緑を抜けて、水場に近づくと先客がいるようだった。僕は見知った顔か、と期待して目を凝らす。


 長く伸ばした白いひげ。継ぎ接ぎだらけの外套がいとう。傷だらけの水呑みずのみ。そのかたわらにはたるや木箱が積まれた馬車がとまっていた。


 あのたたずまいは間違いない。


「トトさーんっ!」


 僕は大声で名前を呼んだ。


 突如、木々生い茂る森の中で名前を呼ばれた行商ぎょうしょうは不思議そうな顔をしていたが、僕の姿を捉えると手を高く上げて招き入れるような動作をした。


「リズ君、おかえり。序列じょれつはどうだったかな?」

「無事に通過できました」

「そうだろう、そうだろう……。君にはその資格がある」


 トトさんは深く頷いてから、顔にいくつも刻まれたしわを満足そうに濃くした。


「同僚のカノンとオルガです。三人でアーミエを組むことになりました」

「ほぅ……」


 僕が二人を紹介すると、トトさんは伸ばしたひげを伸ばすように触った。


「カノンです。よろしくお願いいたします」

「オルガだ。よろしく頼む」


 カノンはいつも通り丁寧で優雅ゆうがな挨拶を、オルガはぶっきらぼうながら礼で敬意を示した。


「うむ。リズ君はよい仲間に恵まれたようじゃな……」


 二人の挨拶を受けて、トトさんはホッホと笑った。


「それはそうと、お嬢さんは随分お疲れのご様子。ささっ、こちらに来て座りなさい」


 トトさんは行商ぎょうしょうたちが一休みするための粗末そまつな椅子にカノンを座らせると、馬車の荷台から売り物と思われる硝子がらすのグラスを取り出した。ガサガサと包みをがすと、夕日のような橙色だいだいいろが上から下へと濃くなっていくような見事な物だった。


 それに湧き水を汲むと、カノンへと手渡す。


「あ、あの……ありがとうございます。でもこれ、私が使ったら売れなくなっちゃうんじゃ……?」


 彼女が受け取るのを躊躇ちゅうちょしていると、トトさんはニヤッと笑った。


「乾かして箱詰めすれば問題なかろうて」


 なおも悩んでいたカノンであったが、半ばトトさんの好意に押し込まれるようにして、おずおすとグラスを口へと運んだ。


「――おいしい。」

「ほっほっ! ここの湧き水は行商や旅人に命を分けてくれる。そうじゃろう?」


 カノンとトトさんの間に流れる和やかな空気を僕とオルガは眩しく思いながら眺めていた。


 

 傷だらけの水呑を借りて湧き水をたんまりと楽しむと、ふといつまでも出発しないトトさんを僕は不思議に思った。


「これから中央神都シンシアへ行くんですか?」

「そのつもりだったんじゃが、車輪が割れてしまっての」


 トトさんは困ったように笑った。


「そうでしたか……。ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「あぁ、構わんよ」


 僕が馬車の方へ足を向ける。と、カノンも椅子から立ち上がり、オルガも寄りかかっていた木から背を離して傍に寄って来た。


 木で造られた荷車の延長のような馬車に近づくと、詳しく観察するまでもなく壊れた箇所がわかった。進行方向左側の車輪に大きく亀裂きれつが入り、円がゆがんでしまっている。これでは中央神都シンシアまで耐えられないどころか、アリアに戻ることも困難だろう。


 ベテランの行商であるトトさんが手入れは怠るとは考えにくいので、修理を行なった業者の使った木がもろかったのかもしれない。


根源石クリスタルっていくつ持ってる?」

五等級未満カケラさん。五級がいちだな」


 目線を空に移してから答えたオルガの返事がえない。


「俺の錬成だと厳しいな……」


 自身が拡縮系を得意とするだけあって、五等級未満カケラから造れる大きさや密度は把握しているのだろう。同等の車輪を造るのは困難らしい。恐らく彼の錬成で可能性があるのは五等級を使用することだが、五等級以上――根源石クリスタルは値が張る。


 錬成を行なった場合は依頼主が協会に報告する義務があり、最終的な錬成物アーティファクトの所有者は錬成に掛かった費用と錬成料を支払わなくてはならない。

 つまり、今回でいえば支払いをするのはトトさんということになる。が、行商人に五等級の根源石クリスタルの請求は重すぎる。それなら急いでアリアへ向かって大工を呼んできた方が安く済むだろう。


「カノン。いける……?」


 五等級未満カケラでの解決を考えるならば、答えは一択だ。


 精錬系と拡縮系の錬成はゼロから錬成物アーティファクトを錬成するしかないが、特異系だけは別だ。特異錬成士なら風や土といった物質自体を錬成することができるため、後付けの効果を付与することができる。


「うん。私、トトさんの力になりたい」


 カノンはやる気に満ちた表情をしていた。慣れない行軍ぎょうぐんに疲れを溜めていたので任せてよいものかと悩んだが、杞憂きゆうだったかもしれない。



 トトさんの所へ戻ると、僕たちを代表してカノンは錬成の申し入れを行なった。


「トトさん、私に錬成させてもらえないでしょうか?」

「それはありがたいことじゃが……」

「お代はもらってますので、心配はいりません」

「はて?」


 理解が追い付いていないトトさんに向けて、カノンはグラスを大切に掲げた。


「それは錬成と見合うよう物ではないが……」


 カノンはしーっと立てた人差し指を口の前に持っていき、その言葉を遮った。

 逡巡しゅんじゅんした末に根負けしたのか、トトさんはポリポリと頭をいた。


「わかった。では、厚意こういに甘えることにしよう」


 了承を得ることに成功したカノンは僕たちと握った手をトンと合わせた。


 これがアーミエとして初めての依頼となったのである。





「そういえば、カノンの錬成って初めてだな……」


 僕がそう呟くとオルガは驚きの表情を浮かべる。


許嫁いいなずけなのに見たことねーのか?」

「――許嫁いいなずけ?! 儀式前日に知り合ったばかりだけど……?」

「まじか。そうは見えないぞ……」


 オルガが言うのだから本心なのだろう。

 周りからもそう見えていたのかと思うと急に恥ずかしくなってきた。


 そんな僕たちの会話は余所よそにカノンは錬成に向けて集中を高めていた。


 すぐに錬成光マナを掴んだようで身体が発光を始めると、真冬の風とは質の異なった穏やかな風が僕たちの背後から駆け抜けて彼女の錬成光マナと混ざり合っていった。


「おおっ! ノーテ様と同じじゃ……」


 トトさんが呟いた頃にはカノンは各パーツの生成を済ませたらしく、五等級未満カケラを大事そうに胸元へと近づけていった。


 それが完全に同化した瞬間、カノンの胸元には白い光の輪が浮かんでいて、左手を前に出すとその輪が壊れた車輪へと向かっていった。まるで見えない何かが彼女の思いをんで、動いているかのようであった。


 そして壊れた箇所かしょおおうように……いな、光が広がって車輪の全てを覆うと、かすかな光を残して一体化していった。


「おいおい。車輪全部かよ……」


 僕もオルガと同様の事に驚愕きょうがくした。彼の斧も大概たいがいだったが、カノンの錬成は桁外れだ。五等級未満カケラでこれができるのなら、等級が上がれば奇跡すらも起こせる。


 身体からの発光が収まると、カノンはこちらを見てニコッと笑った。

 そして――。


 崩れるように倒れた。





「んん……」


 カノンが目を覚ましたのは、アリアまであと少しというところだった。


「あれ、私……?」

「あ。気が付いた?」


 僕が背負った彼女の方を振り返りながら聞くと、徐々に意識がしっかりしてきたのか、カノンの目が見開いていく。


「――っ?! ごめん重かったよね?!」

「ううん。カノン軽すぎ。ちゃんとごはん食べてる?」

 

 僕が冗談交じりに言うと、彼女はコクコクと何度も頷いた。


「俺が負ぶるって言ったんだが、リズが譲らなくてなぁ」


 オルガはジト目をして僕の方を見た。


「――っ! それは言わない約束だろっ!」

「あっ。そうだったわ。なっはっは……!」

「まったく……!」


 一人憤慨ふんがいしていると、カノンがギュッとしがみついて来た。

 

「トトさん、中央神都シンシアに行けたのかな……?」

「錬成はうまくいって、馬車は走れるようになったよ。だけど、トトさんはアリアへ戻るって言ってね。説得の方が大変だったよ」


 僕は思い出し笑いをしながら、オルガと顔を見合わせた。


「せっかく直ったのに……?」

「うん。カノンを乗せていくって聞かなかったんだ。だけど、それだと直した意味がないからって言い聞かせて、中央神都シンシアへ向かってもらったよ」

「そっか。よかった!」


 カノンはトトさんの想像でもしたのだろうか。背中からクスっという笑い声が聞こえてきた。



「さて。着いたよ」


 僕はアリアを一望できるところへ連れてくると、カノンに立てるかを確認してゆっくりと降ろした。


「わぁ――っ! これがリズの育った街なんだ!」


 カノンは感動をあらわにすると、吸い寄せられるように街へと近づいていった。


 アリアの街は中央神都シンシアと同じように円形に広がっているが、その円の半周以上は今僕たちがいる高い崖に隠れるように存在している。


 残りの半周は遥か彼方まで開けた野原で、街の近辺では主に牧畜ぼくちく酪農らくのうがおこなわれている。世界エイリアでは貴重な牛がそのあたりでのんびり暮らしているのが遠めに映った。


 中央神都シンシアからは半日という比較的近い距離にあるというのに、アリアに来ると時間がゆっくりと流れているように感じられる。僕の中では『大きな田舎町』という少し矛盾した言葉がしっくりときていた。


「いい街だな。どことなく懐かしい気がしてくるよ」


 オルガは僕の隣に肩を並べると、穏やかな表情でそう言った。彼にあたる西日は、そのはっきりとした顔立ちをより凛々しいものへと引き立てていた。

 

 アリアへの帰り道は中央神都シンシアへ向かった時の倍近く時間を要したが、三人での道中はどこか冒険じみたもののように思えて、忘れられない旅の一幕いちまくとなったのだった。





「ただいま!」


 我が家の扉を開くと、中からユークリッド食堂のいつもの匂いが漂ってきた。二日しか経っていないというのに、随分久しぶりな気がする。


 時刻は夕方。義母かあさんとユナは夕食の仕込みの真っ最中だろう。


 帰着を知らせるために調理場へ向かっていくと、扉の音に気が付いたのか、じゃがいもとナイフを持ったままのユナが首を出した。


「お兄ちゃん、おかえり!」


 妹は夕日も真っ青な笑顔で僕を出迎えてくれた。


 一度調理場に引っ込むと「お兄ちゃん帰って来たよ!」と、鍋やらフライパンやらを同時に使って調理をしているであろう義母かあさんに叫ぶように言った。


 声を掛けるだけかけたユナはさっさとこちらへやってきた。


「錬成士にはなれた?」


 爛々とした目を浮かべる妹に「うん!」と返答すると、ユナは自分のことのように諸手を上げて喜んでくれた。そこへ調理場から義母さんが出て来ると、その喜びようですぐに僕が錬成士となったことを悟ったらしい。


「うまくいったみたいね」

「まあね。でも、もうちょっと情報をくれてもよかったんじゃない?」

「それくらい自分でなんとかしてみせなさい」


 僕は序列じょれつに関して全く教えてくれなかった義母さんに愚痴ぐちったが、あっさりと一蹴いっしゅうされてしまう。まあ、いつまでも二人を待たせておくわけにもいかないのでこの辺にしておくことにした。


「紹介するよ。アーミエを組むことになったカノンとオルガだよ」


 僕たちは互いに自己紹介を済ませると、合わせて旅に出ることを知らせた。


「そんなわけでアリアには一カ月ぐらい滞在して、ノースタートルに向かうつもり」

「お兄ちゃん……旅に出ちゃうんだね……」

「ごめん。でも、たまには帰って来るよ」


 僕の話を聞いたユナの顔つきは少し暗いものへと変わってしまった。


「アンタたち。どこに寝泊まりするつもりなの?」

「まずは義母さんに相談してからと思ってまだ決めてない」

「それなら二、三日泊っていきな。どうするかその間に決めればいいだろ?」


 義母さんとの話がつくと、カノンとオルガに向けて「だってさ!」と伝えた。

 すると、二人はそろってペコリと頭を下げる。


「ご迷惑をおかけします」「お世話になります!」

「ようこそわが家へ。アリアの依頼をたっぷり消化しておくれっ!」


 義母さんはニカっと笑って二人に歓迎を示した。


 とはいえ、食堂の二階――屋根裏にあるような我が家の居住スペースは広くない。必然的に僕とユナの部屋を二人ずつで使うことになった。


「あったかい茶と菓子でも出してやりな」


 ユナへそう言ってから義母さんは置きっぱなしにしてあったナイフとじゃがいもを回収して調理場へと引き揚げていった。


「わかった!」


 複雑な表情を見せていたユナだったが義母さんからの指示を受けると、いつも通りの調子に戻ってパタパタと後へ続く。



 夕食時の手伝いはしなくてよい、という義母さんからのありがたいお達しを受けて、僕はいつも使っているテーブルにカノンとオルガを誘った。


 僕とカノンはグロッキー気味だったがオルガは全く応えていないらしく、食堂のメニューを「おお!」とか「これ食いて~」だの言いながら楽しそうにしている。フィジカルお化けが過ぎる。


 間もなくトレーを運んできたユナがカップと焼き菓子を乗せた小さな皿を配ると、最後にティーポットを三脚が生えた円形の台座に乗せた。


「なんだこれ?」


 興味を持ったオルガがその台座に手を伸ばす。


「触っちゃダメ!」「オルガだめだ!」

 

 それに気付いた僕とユナが同時に制すが時すでに遅し。

 彼の指は既に台座に触れていた。


「熱っちぃ!!」


 食堂にはオルガの悲鳴が響く。やれやれ……。


 ユナが慌てて冬場の冷えた水を汲んできてオルガに渡すと、そこに指を突っ込みながら「なんだこれ?!」と驚きをあらわにした。


「お兄ちゃんが造った発熱コースター。ポットが冷めなくて便利なんだけど……時々こういうことがあるんだよね」


 困った表情を浮かべるユナに申し訳ない気持になった僕は、今度から注意書きを彫り込もうと決めるのであった。


「――冷やす方なら私にも造れるかも」


 一人考えにふけっていたカノンがオルガの心配そっちのけでそう言うと、彼はがっくりと肩を落とした。


「おい……少しは心配してくれ……」






 夜。ユークリッド食堂は新年初日の営業を早々に切り上げると、僕たちは新しい年に乾杯をしてから全員で夕食を囲んだ。


 話題はもちろん序列じょれつのことだ。

 

 ゾルガの横暴な態度や行動。錬成物アーティファクト特務とくむ面子めんつについて。それからトトさんとの出来事。などなど。


「カノンさんのそのガムラ……ネックレスはお兄ちゃんが造ったやつですか?」

「――うんっ」


 中でもユナは僕の錬成物アーティファクトに興味を持っているようだった。


 カノンは嬉しそうにそれを触りながら、しかしユナの手前申し訳なさもあるようで、なんとも言えないような笑みを浮かべていた。


 僕は話をらすべくオルガに話を振る。


「そういえばあの斧はどうしたのさ?」

「あぁ、あれか。欲しいっていう特務のヤツがいたからあげちまった」

「えっ。欲しい人がいたの?」

「どういう意味だ……?」


 オルガは責めるように僕を見たが、すぐにその相手を思い出したらしい。


「あれだ。クラビアってちっこい女子がいたろ? アイツにあげたんだ」

「ふーん。まあ持ってくるのも難しかったし、欲しい人がいたならよかったじゃん」


 僕が前向きに捉えてそう言うと、オルガは「まあな」と言ってからデカい声で笑った。


 ここ数日の出来事を可能な範囲で一通り話すと、夜も深くなってきたので明日の予定と目安の時間を確認して解散することにした。





 翌日、僕たちは義母さんとカノンがなにやら騒いでいる声で夢から覚めた。

 部屋の扉がバンと勢いよく開いたかと思うと、そこにはカノンがいた。


「おはよ……。まだ起きるには早いんじゃない……?」


 僕は寝ぼけながらそういったが、彼女の声は切迫していた。


「ユナちゃんがいないのっ!」

「…………いない?」


 その言葉に、一気に意識が覚醒かくせいする。


「どういうこと?!」

「朝起きたらどこにもいなくて。ユークリッドさんに探してもらってるんだけど……」


 まさか人攫い、なのか――?


 二日前の出来事がフラッシュバックして、僕の中には嫌な緊張感が走った。

 しかし、カノンではなくユナを……なんてことがあるだろうか?


 と。そう考えた瞬間、目の端に微かな違和感が引っかかった。


「カノン。ネックレスは……?」

「――えっ?」


 彼女は僕に言われて首元を触り、そして下に向く。

 しかし、そこには昨晩まであったはずのガムランボールがなかった。


「私、外してないはずなのに……」


 カノンが困った顔をしたその時、僕の脳裏に妹の行方が浮かんだ。


「ちょっと探してくる! 行き違いになるかもしれないからここにいて!」


 そう言って、僕は階段を駆け下りていった。

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