第6話 新たな仲間と年暮れ

 僕は司祭――オルディン叔父さんとの対談を終えると、上級錬成士のアドレーニに連れられて、ひとつ下のフロアの講義兼研究室へとやってきた。


 講義室兼研究室の壁面へきめんは床から天井まで続く棚がズラリと並び、無数の書物や錬成石、その他なんの用途ともわからない物が所狭ところせましと並んでいて、強い存在感を放っていた。


 黒板には難解な錬成式が隙間すきまを嫌って書いたとしか思えないほど記されていて、その脇には参照したと思われる書物が身長と同じぐらいまで積んである。まさしく錬成士の研究室、というような雰囲気だった。

 

 僕とアドレーニが部屋に入っていくと扉の開く音に反応したのか、全員がこちらを振り返っていた。

 視線を集めてしまった僕は思わず後ずさりしそうになるが、その中にあの柔和な笑顔に気付いてポツンと座っていたカノンの隣にいそいそと着席した。


「いないから心配しちゃった……」

「ごめん。おじ…、オルディン司祭に会ってたんだ」


 小声でそう言うとカノンは目を見開いた。が、それを周囲に悟られないように納める辺り、さすがはお嬢様。感情をコントロールするすべを心得ている。


「個人的に司祭様と会えるなんて……」

「うーん……なんというか、僕が小さいころからの知り合いなんだ」


 僕が説明しあぐねていると、前の机で何やら行なっていたアドレーニの準備が整ったらしく、新米錬成士の方に向き直っていた。どうやら始まるらしい。


「あとで説明する」


 早口でカノンに告げると、僕たちはアドレーニに注目した。


序列じょれつへの参加、お疲れ様でした。晴れて皆さんが錬成士の仲間になったこと嬉しく思います。では――、初めに司祭からの言伝ことづてを読み上げます」


 アドレーニはそう言って、懐から便箋びんせんを取り出した。腕に付けた端末で表示しないあたり、さすがだと僕は思った。


「今日から錬成士になったという自覚をもって行動するように。集まった面々めんめんには、アーミエを組んで多重錬成の習得を目指してほしい。その特権として『特務とくむ』の称号を与える。年間を通じて三都市以上で依頼を完遂するようにしてほしい。期待している。……以上です」


 読み終わった便箋びんせんを再び丁寧にしまう間に、僕はカノンにたずねた。


「特務って……?」

「オルディン司祭が新設した、場所に縛られず依頼を受けられる制度よ」


 錬成士は協会から指定された街を拠点に依頼をこなすのが一般的だが、特務はその限りではないということらしい。


「では早速、アーミエを組んでいきましょう。精錬せいれん拡縮かくしゅく特異とくいの属性それぞれが入るようにしてください」


 錬成には三種類の特性がある。 

 ひとつ、細工や錬成光マナの操作を得意とする精錬せいれん錬成士。

 ひとつ、根源石クリスタルの拡大や密度操作を得意する拡縮かくしゅく錬成士。

 ひとつ、火・水・地・風の属性を活かして強化や特殊効果の付与を得意とする特異とくい錬成士。


 多重錬成とは、これら三種を得意とする錬成士が協力しながら一つの錬成物アーティファクトを錬成する手法のことだ。錬成士単体での錬成と比べて、より強力な錬成が可能となる。

 一方で、多重錬成は高度な技術を要するため、失敗のリスクが錬成士単体での錬成より数倍跳ね上がる。そのため、アーミエとして日々の活動を共にして、仲間の錬成のくせを知っておく必要があるのだ。

 

 アドレーニの号令を受けると、新米錬成士たちは意見を交わし始めた。同様に、僕もカノンも人選の方針について話し合うことにする。


「カノンは風の特異とくいで、僕が精錬せいれんだから、拡縮かくしゅくを探すってことでいいよね」

「うん。私は拡縮かくしゅく系の錬成はかなり苦手だから、多重錬成のことを考えると特化型の方がありがたいかな……」


 特化型というのは、得意とする系統の錬成が飛びぬけているが、それ以外の錬成は苦手というタイプの錬成士だ。その逆はバランス型で、大体は精錬と拡縮をバランスよく使うことができる。


 僕もどちらかというと特化型に近しいし、おそらくカノンもそうなのであろう。


「わかった。じゃあ、特化型の人を探そう」


 人選の方向性はあっさりと決まった。

 だが、同時に重要な欠損に気付いてしまった


 僕……他の人の錬成を見ていないじゃん……。


 アドレーニに連れられて早々に女神ノ間を抜けてしまったので、各人かくじんの系統やくせを全く把握していなかった。人選の根拠となる情報を持っていないのである。


 丸投げのような形で気が進まなかったが、早々にカノンに意見を聞くしかなかった。少なくとも儀式を不在にしていた僕よりか情報を持っているはずだ。


「儀式で印象に残った人はいた?」

「んーとね……アドレーニ錬成士から一番近い机で足を組んでいる人と、ひとつ前の机におっきなおのを立てかけている人、私たちの隣の机の姉妹どちらかが拡縮の特化型だと思う」


 ふわっとした僕の質問に対し、返答は核心を突いた内容だった。慌てて当該とうがいの人物たちを観察しはじめるとカノンの解説が聞こえてくる。


「一人目は名門シブルス家現当主の子息リーファウス。次にオルガ=アルノクス。家名を聞いたことがないから恐らく中央神都シンシア外の出身。もう一人は、あの二人のどっちか……。外見が似てて区別がつかないけど、片方は大地の特異錬成を使ってたの」


 確かに似ている……。カノンが最後に指したのは双子のようだった。褐色かっしょくの肌、赤みの入った茶色の髪。背丈も同じぐらいだ。

 

「バルト家かな……」

「そうそうっ! 思い出した。姉がエストリスと妹がアーニラ!」


 詳しすぎる説明に僕は話についていくのがやっとだった。


 女神ノ間における序列じょれつは三カ所に分かれるように誘導されていたはずだ。すると、カノンは三人ずつ行われていた錬成を、誰がどのように行っていたか記憶しているということに……。


「カノンの記憶力ってどうなってるの?」

「ふふふ……。軟禁状態だった時にコバヤシが色々と教えてくれたの。だから、聞いてた話に顔と名前を結び付けただけなんだ」


 なんでもないことのように応える彼女であったが、末恐ろしい能力だった。

 錬成は覚えることが多いのでこれは非常に心強い。


 バルト家は対象外だな――。


 双子は一般的には錬成の相性が良いとされているので、機会があればアーミエを組むことが多い。となると僕たちはギブルス家の次男か、大斧の男のどちらかを選ぶということになる。


 他の錬成士と話す二人の後ろ姿を見比べていると、不意に大斧の男が立ち上がった。黒髪短髪で身長は高く筋肉隆々きんにくりゅうりゅう。錬成士よりも木こりや大工といった職業に適性がありそう、というのが第一印象だった。しかし、一番気になったのは持っている斧が持ち手から先まで木製であることだった。


 彼は僕たちの前までやってくるとニッと白い歯を見せて、僕よりも一回り大きい手を差し出してきた。


「錬成見させてもらったぜ、リズ。マナ操作も細工も繊細でスゴかった! おっと、俺はオルガ=アルノクスだ。よろしくなっ!」


 僕とカノンはその手を交互に取ると、錬成の特性を含めて自己紹介をした。


「その斧ってさっき錬成したんだよね?」

「おうよ! ちっと失敗しちまったが……」


 刃の部分のことを言っているのだろう。一つの根源石から二種類以上の物質を同時に錬成するにはそれなりの訓練がいる。


 項垂うなだれたオルガを見て、カノンはすかさずフォローに入った。


「でも、儀式を受けた人の中で一番大きな錬成だったよ。どよめきが起きたぐらいだから!」


 両の手を合わせながらオルガを褒めると、彼は自尊心じそんしんを取り戻したようで、鼻を指の甲で軽くこすった。


「そうか? そういうカノンの錬成も上級錬成師並みだったと思うぜ!」


 試練で与えられた根源石クリスタル五等石以下カケラだったはずだ。だが、オルガが持っている木製斧はおよそ百センチ……。根源石クリスタル錬成物アーティファクトの崩壊比率ギリギリだ。というか、若干超えている気がする。


 緻密ちみつな計算を行うような性格には見受けられないので、オルガは感覚的にやっているだろう。拡張かくちょうの錬成に関する才能は十分すぎるほどに備わっているようだ。


「回りくどいのは苦手なんだ……」


 改まってそう言うオルガに、僕とカノンも背筋を正した。


「リズ、カノン。俺とアーミエを組んでくれないか?」


 どうやら僕たちは彼のお眼鏡に適ったらしい。


「答える前にひとつ質問をしてもいい?」

「もちろんいいぜ!」

「なんで僕らと組もうと思ったの?」


 そう質問するとオルガは嬉しくてたまらないという顔を浮かべた。


「せっかくアーミエを組むんだ。面白そうなヤツと組みたいだろ?」


 しかしそう言ってから、何げなく周りをうかがって声を急激に絞る。


「リズ、講義をしていた錬成士に敵視されてたろ?」


 彼の問いに僕は頷いてみせる。


「本当はここにいるヤツ等は全員リズと組みたいんだ。お前の血統もそうだが、あの錬成で才を感じなかったヤツはいない。だけど同時に、リズを妬むやつがいるってこともわかっちまった。錬成士になって早速先輩ににらまれたくもない――。みんな、そういう葛藤かっとうを秘めてんだ」


 なるほど。オルガの説明でこのギスギスした空気の正体に合点がてんがいった。皆が僕たちの様子を伺っている一方で、近寄っては来なかった。


 彼が言っていることが周囲の意見を代表するなら、ギブルス家の次男とアーミエを組む機会はなさそうだ。


「それをわかってて、僕たちのところに来たの?」

「おうっ! せっかく貴族様とお知り合いになれるチャンスだしな!」


 豪快ごうかいに笑うオルガに僕は好感を抱いた。


 一瞬、彼の説明を聞いて穿うがった見方をしてしまったが、腹の内を盛大にさらすこの男には清々しささえ感じる。裏表があるようにも見えないし、信用できる相手だと直感がげていた。


 カノンも恐らく同様の考えではないかと思っていたが、しかしえない表情を浮かべている。


「あの……。私ね、家と訣別けつべつしちゃったからアルテミス家と商会から敵対されちゃうかもだけど、大丈夫……かな?」


 事情を聴いたオルガはあんぐりと口を開けた。


 錬成士は依頼をこなす以外にも収入を得る方法がある。その最も簡単なひとつが、錬成物アーティファクトをどこかの商会に買い取ってもらうことだ。


 アルテミス商会は世界エイリア随一の商会であり、田舎町にも流通がある。そこを使えないということは、錬成士にとってかなりのハンデを背負うことになるのだ。この問いに対するオルガの回答には僕も興味があった。

 

 彼は開いた口を右手で無理やりに戻してから、せきばらいをした。


「俺は大金持ちになりたいなんて思ってないさ。ただ、親や弟たちが暮らしていける分があればそれでいい」


 その発言の雰囲気を見ていると、おそらく商会が云々うんぬんというよりも『同世代の女の子が家と訣別けつべうしている』という事実に驚いただけのようだった。まぁその気持ちは僕も十分わかる。


 カノンはパッと顔を輝かせた。決まりのようだ。


「オルガさん、不束者ふつつかものですがよろしくお願いします!」

「こちらからお願いしたいぐらいだよ、オルガ!」


 僕たちが口々にそう言うと彼は目をしばたかせて、それから全力でガッツポーズを決めた。


「よっしゃあぁっ!!!」


 何事かと講義室中の視線を集める結果になったが、オルガは全く気にしていないようだった。


 カノンはその喜びようを見て、とても嬉しそうにしていた。新たな仲間ができたこともその一因だろうが、家柄関係なくただのカノンとして受けて入れてもらえたことが一番嬉しかったのだと思う。


 僕もそんなカノンを見ていて、胸がまるようだった。オルガという強い味方ができて心強いし、彼には感謝しかなかった。


 僕たちは三者三様だ。だけど、このアーミエは良くなっていく。そんな予感を感じずにはいられなかった。



 五つのアーミエが決まって各班がひとつの机を囲んむと、アドレーニは一刻いっこくの間、みっちりと制度や諸注意しょちゅういに関する講義を行なった。そして、魂が抜け落ちそうになった頃、最後の内容として彼は白紙の紙を配った。


 受け取った紙を傾けてみると四隅よすみ四精霊しせいれいの透かしが入っている。


「中心に手のひらを置いて錬成光マナを流してください」


 僕たちがアドレーニに言われた通りにマナを流し込んでみると、四精霊しせいれいの透かしと手の形が寸分の狂いなく紙の浮き上がってきた。その神秘的な出来事に講義室のあちこちから「おお!」というどよめきが起こった。僕とオルガも例にもれず目を輝かせていると、回収に来たアドレーニに苦笑されてしまう。


 回収を終えた紙を数え終えると、再度彼は全員に向き直った。


「本日は以上です。次回の集合日は半年後とします。その際、二都市以上で依頼を達成し、かつ達成数が規定を越えている場合は、上級錬成士試験を受けることができます。頑張ってください!」


 アドレーニに新米錬成士全員が真っ直ぐな返事をすると、彼は少し驚いたような、しかし満足そうな笑みを見せて、それから解散を告げた。





 陽炎ようえんノ塔の大扉おおとびらを出ると、車寄せ場で馬の世話をしていたコバヤシの姿があった。馬車はアルテミス家の家紋が入った一級品ではなく、流しの馬車を黒塗りにしたような最低限の体裁ていさいを保てるようなものへ替わっていた。


 すぐに僕たちに気が付いて一礼したコバヤシの元に、カノンは小走りで向かっていいった。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「ただいま戻りました。私、錬成師になれました! コバヤシのお陰です。あなたがお父様に背いてまで私をここに連れてきてくれたから……」


 カノンは白い手袋をしたコバヤシの手を取って握りしめてうつむいてしまった。


「お嬢様、おめでとうございます。じいは嬉しく思いますぞ」


 コバヤシは好々爺こうこうやのような顔をしていた。その様子はお嬢様と執事という関係を越えて、祖父と孫のようにさえ見えた。


 僕とオルガはそんなふたりを邪魔しないように、適当なところに腰掛けて談笑していると、一段落ついたのかコバヤシが張りのある声で僕たちを呼んだ。


「リズ様、おかえりなさいませ」

「戻りました。リフューズの件……大丈夫でしたか?」

「なんの! まだまだ小童こわっぱに負けるわけにはいきません」


 コバヤシはそう言ったが、馬車に掛かっている杖はあちこちに切り傷が刻まれていた。相当の戦闘が行われたようだ……。しかし、外見からわかる範囲では本人は負傷していないようだった。


 僕は安堵とともに笑みを浮かべると、コバヤシも笑顔になった。


 二人の元へ合流してからもカノンは背を向けたままだったので、そこには触れずにコバヤシに新しい仲間を紹介する。


「同期で錬成士になったオルガです。三人でアーミエを組むことになりました」

「オルガです。どもっ!」


 オルガは頭の後ろに手を当てながら首を前に出すような挨拶した。どうやら貴族の振舞ふるまいに慣れていないらしい。対して、コバヤシは優雅ゆうがな一礼をしてから自らの身分を明らかにした。


「アルテミス家はカノンお嬢様付の執事コバヤシと申します。今後、お嬢様をどうぞよろしくお願いいたします」

「あっ、はい! お、お任せください…ませっ!」


 一級執事の立ち振る舞いに戸惑ったオルガはタジタジだった。


「堅いよぉ、オルガ」


 僕はニヤニヤしながら肘で小突こづいてやると、彼は恥じ入るように耳を赤くした。


勘弁かんべんしてくれ……。こういうの慣れてないんだわ」


 随分しおらしいオルガの姿に僕が笑い出すと、いつの間にかカノンも一緒に笑っていた。



「さて、この後はどうしようか?」


 予定を決めようと話題を振ると、オルガは深刻そうな顔をした。


「何言ってんだ、リズ。まずやることがあるだろ……?」

「え。もしかして僕たち、何か重大なことを忘れてる?」


 錬成士初日に重大なポカをしまっただろうか。そうであれば大変だ。僕は今日の出来事を一通りの思い出してみたが、全く思い当たる節がない。

 チラリとカノンを見ると彼女も同様に困り顔で首を振った。僕も観念して首を振ると、オルガは愕然がくぜんとする。


「メ、シ、だ! まだ昼飯食ってないだろがっ!!」


 ひざから力が抜ける。本気で心配して損した。


「そうだね!お祝いもしなきゃ!」


 しかし、カノンがそう追随ついずいしてツッコミを入れる機会を失ってしまったので、仕方なく僕は前向きな提案をすることにした。


「じゃあ、僕らが泊まってる宿屋に行かない?  知り合いが店主で酒場も兼ねてるからこの時間でも何か作ってくれるはず」

「やったぜっ! 儀式の時から腹が減ってたんだよな」


 緊張で食事が喉を通らないというはあるけど……。

 オルガのどこにそんな繊細さがあるのかと気になったので、確認してみることにした。


「朝ごはん、食べれなかったの?」

「いや、メシ3杯は食ったんだが、緊張して腹が減ったんだろうな」

「……そんなことだろうと思った」


 やれやれとあきれていると、カノンが横から言った。


「リズもいっぱい食べて大きくなってね」

「ぐっ……」


 その屈託くったくのない笑顔に負けて僕はしぶしぶうなずいて見せると、カノンは満足そうに笑っていた。


 身長が小さいことを気にしている僕は無い気持になるのであった。





 コバヤシがぎょする馬車で宿屋へと向かうと、四半刻しはんこくもかからずオルレアンの宿屋兼酒場に到着する。もう何度目かになる酒場の扉を開けた。


「いらっしゃ……リズ君、カノンちゃん。おかえりなさい!」


 メリナさんは扉を開けたのが僕たちだと気付くと、すぐにけ寄って来た。どうやら僕とカノンを送り出した後も寝付けなかったらしく、顔色が良くない。

 

「ただいま! 僕たち錬成師になれました!」


 しかし帰着きちゃくの挨拶も早々にそう報告すると、メリナさんはパッと表情を輝かせる。


「おめでとう。リズ君とカノンちゃんなら絶対大丈夫って信じてたよぉ!」


 そう言いながらも、しっかりと安堵する様子を見せたメリナさんに対して、改めて感謝の気持ちが沸き起こり、いずれはきちんと恩返しをしようと心に誓った。


「あら……? 一人増えてない?」


 ようやく気付いてもらうことができたオルガを紹介してから、遅めのランチをお願いする。


 すると、めでたいこと続きだからと気合を入れたメリナさんは鼻歌混じりに調理場へと向かっていった。これはかなり期待が持てるかもしれない。



 適当な席に向かい合って座ると、オルガは早速身を乗り出すようにして言った。


「早速だが、どう動いていくつもりだ?」

「お! やる気満々だねー!」


 と、茶化ちゃかしてやるつもりで言った僕だったのだが、まるで効かず「おう!」と気合たっぷりの返事をされてしまう。


 思い通りにならなかった僕は口をつぐむと、珍しくカノンが手をあげた。


「私、リズとオルガが住んでる街に行ってみたい!」

「うちの方なんてど田舎で何にもないぜ? もっと大きな街とかじゃなくていいのか?」


 オルガがもっともな提案をするが、カノンにはまるで響いていないようだ。


「二人がどんなところで育ったのか見てみたいなって……! もっとリズとオルガのこと知りたいの。だめ……かな?」

 

 目を輝かせながらカノンは僕たちを交互に見つめていたが、興奮気味になっていた自分に気付いたらしく、最後は頬を赤らめながら小さくなっていった。


 この一連の仕草は可愛さ抜群なのだが、鈍感そうなオルガにもキチンと効くということが今回分かった。

 結局、僕たちの思考回路は焼かれて首をブンブンと縦に振る。


「やったっ!」


 カノンは小さくガッツポーズをした。きっと部屋にこもりきりだった彼女からは想像もつかないような状況だろう。雰囲気が明るくなるのも当然だった。


「じゃあ、道中で受けられる依頼を消化しつつ向かおうか?」

「うん!」「おう!」


 僕がまとめると、二人が元気よく返事をした。これで旅の目的地も決まったことだし、あとは旅支度たびじたくをするだけだ。


「お待たせー! メリナさん特性のランチセットよ~!」


 話が済んだところで、タイミングよくメリナさんが食事を運んできた。


 テーブルに並んだのは、大もりのベーコンとほうれん草のクリームパスタだ。サイドメニューは山菜のスープと焼きたてフォカッチャ。デザートのティラミスまでついている。


「おお!うまそー!!」


 豪勢ごうせいな食事を目の前にオルガの気分は急上昇を示し、カノンもほほを緩ませている。


「いただきまーすっ!」


 一口その美味な食事に舌鼓を打つと、話すことすら忘れて、それらを口に運ぶ動作を繰り返していた。酒場の店主気合の昼食メニューは、あっという間に僕たちの胃の中に納まってしまったのであった。

 




 錬成の疲れと緊張から一度寝床ねどこに戻った僕たちは、夜に再度集合して大晦日おおみそかの祭りにやってきていた。

 

 陽炎ようえんノ塔の周りの広場には屋台が出ていて、子供の頃に行った夏祭りのようだった。辺りには提灯が並んでいて、随分雰囲気がある。


 中央神都シンシア外の出身であるオルガは大喜びして、あちこちの屋台から買っては食べ、買っては食べを繰り返している。余計なお世話ではあるが、彼の財布の中身が心配だ……。


 先ほど買ってきたばかりの焼きそばを瞬殺して、拠点としているテーブル――たるから再びオルガは旅立っていった。


 彼がいなくなると、カノンは食べていたりんご飴を最中の皮の上に置いた。


「司祭様とは――どんな話をしたの?」 


 僕は講義室の時と同様にどこまで話すべきか悩んでいた。


「昔話をした……。それからやってほしいことがあるって言われたんだ」

「どんなことを……?」


 カノンの問いに僕は首を振った。


「時期が来たら話す、ってそれだけだった」

「そっか……。それじゃあ全然わかんないね」


 光苔ひかりごけ提灯ちょうちんが彼女の困ったような笑みを照らした。


「そのことに父さんと母さんも関わっていたらしいんだ」

「リズのお父様とお母様が……?」

「うん。僕はそれがなんなのかを司祭から聞き出したい」


 僕が錬成士になった理由はいくつかある。

 もちろんカッコイイからというのもあったが、一番の動機は両親が何を目指し何をしていたかを知りたかったからだ。

 

 どうしてふたりが死んでしまったのか。

 それを明らかにするために――。


「そのために、司祭に言われた通り錬成を磨こうと思う」

「……じゃあ一緒に。私もリズと一緒に錬成を磨く」


 不思議だった。カノンの言葉はいつも僕の力になる。


 互いの気持ちがわかり合えるようなそんな素晴らしい時間を過ごしていると、向こうから邪魔が入った。オルガの声だ。


「お~い、そろそろ豊穣ほうじょうノ儀が始まるぞ~!」


 向こうに見える彼の手には、何かのくしが四、五本握られていた。

 オルガの食への探求心は尽きないらしい。僕とカノンは大笑いしてしまった。


 アーミエの会話が中央神都シンシアの夜に溶けていく。


「なに笑ってたんだ?」

「いや、オルガの食欲すごいな~って思ってさ」

「お前らが食わなすぎるんだ」

「そうかな~?」

「カノンももっと食った方がいいぞ」

「うん、がんばる」

「そこ真に受けなくていいから……」





 エイリア歴 800年(閏8年) 完


 ――――――




《あとがき》

 中央神都シンシア編、ありがとうございました。

 次話以降は錬成士として三人が旅に出て世界エイリアを回ります。


 ――ここからが、本番です。


 それではまた来週お会いしましょう。


 秋田夜美

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