第4話 カノンの苦悩

「馬車を停めてもらおうか、コバヤシ」


 銀色の短髪をかきあげた中背ちゅうぜいの若者が、アルテミス家の家紋――満月を支える獅子しし紋様もんようが刻まれた黒塗りの馬車の行く手をさえぎりながら言った。錬成士の制服を着たその男の態度は実に高圧的だった。


「おや、リフューズ様。こんなところで奇遇ですな」


 馬車をぎょしているまさしく執事という格好をした初老の男性――コバヤシはそれを物ともせず、若者の怒りをあおるように余裕の表情を見せる。 


「とぼけるな! そこにカノンが乗っていることはわかっている。素直に従えば、お前の処罰を軽くするよう父上に進言してやってもいい」

「おたわむれを……。カノン様はお渡ししかねます。それに、あなた様にそんな権限はありますまい」


 目つきを鋭くしてコバヤシが言い放つと、銀髪の若者は一気に怒りをたぎらせて腰に帯刀たいとうしている剣を抜いた。


「貴様……従者の分際で私を愚弄ぐろうするとは! この場で切り捨ててくれる……!」

「ほっほっ……。あなた様にできますかな?」


 コバヤシはそう言って傷一つない黒塗りの杖を持ち御者台ぎょしゃだいから降りると、それを構えるでもなくその先端を地面に付けたままで若者に相対した。その姿勢はほぼ棒立ちともとれたが、不思議なことに隙という隙をうかがうことができなかった。


 二人はしばし向かい合うと、じりじりと時間が過ぎていく。

 

 どこかで馬のいななきが聞こえた次の瞬間――リフューズは疾風のごとくコバヤシに切りかかった。だが、コバヤシは瞬時に杖を振り上げると老体とは思えないしなやかな動きで、その刃を受け止めてみせる。


 リフューズの凄まじい剣撃を軽やかにコバヤシが受け止める。それがしばらくの間繰り返された。

 そして、ある時、攻め手がバランスを崩した瞬間、コバヤシは隙を逃さずに杖の先を相手のあばらへと差し込んだ。


 「ぐぅ……」


 リフューズは患部かんぶを押さえながら座り込んだ。

 

 だが、やがて痛みが引いていったのか再び立ち上がると、何やら右手を真っすぐに上げる。すると、路地の陰から外套のフードを深く被った数人が現れて、コバヤシを取り囲んだ。

 

 そんな状況下でも執事は隙を見せずに目の動きだけで敵を確認すると、不敵にも口角をかすかに上げてみせる。そして次に瞬きをした時には、もう彼はそこにはいなかった。


 受け身だった姿勢を一気に変えると、風の如くリフューズに襲い掛かっていった。

 




 ★


 翌朝、僕とカノンは酒場のカウンター席で朝食をとっていた。


 昨晩の大盛況は嘘のように静まり返っていて、酒場は僕たちの貸し切りになっている。それもそのはず、この時間帯は宿泊客にしか提供されていない朝食タイムなのだ。


 メニューは、トースト、サラダ、オムレツ、ベーコン、虹鱒にじますの塩焼き、ぶどう、ライチに紅茶。豪勢だが朝が苦手な僕にとっては正直荷が重い。


 店主兼朝食の料理長でもあるメリナさんは既に皿を運び終えて、紅茶を注いだりしながら会話に参加している。というか、主な話し手はこの人だ。


 その昔、僕の義母さんが無銭飲食をしようとした客を片手でひねり上げた話や、メリナさんがお尻を触られた拍子に客の頭を酒瓶で殴った話など、さながら下町の武勇伝を身振り手振りを交えて繰り広げていた。


 大富豪の娘として生きてきたカノンからすると想像もできない話ばかりが並んでいただろうが、目尻から涙がこぼれんほどに楽しんでいた。



 メリナさんの話が途切れると、表の通りがザワザワと騒がしくなっていることに気付いた。


 窓に近づいてみると、店が面している通りは警備隊が行きかい、物々しい雰囲気になっている。加えて、事件の臭いを嗅ぎつけた野次馬も相当数集まってきているようだ。その中心となっているのは――やはり例の宿屋だった。

 

 カウンターへ戻ってくると、騒ぎの中心人物はカップを傾けて空にしたところだった。


「カノン。確認したいことがあるんだけどいいかな?」

「――うん」


 僕がそう言うと、カノンは何かを感じたようにうつむいてしまった。が、昨晩の出来事は一度はっきりさせておく必要がある。


 僕は単刀直入に言った。


人攫ひとさらいの一件。計画したのは、アルテミス家――カノンの家族なんだよね?」


 あの拘束具は、やはり人攫ひとさらいが市場で入手したとするには、値段と確率に無理がある。誰かが拘束具を渡してカノンをさらうことをを依頼した、と考えるべきであろう。

 では、それは誰か。風の加護を付与できる高度な錬成ができて、かつ人攫ひとさらいを用意できる人物だ。

 

 一瞬の沈黙の後、カノンは口を開いた。


「どうして、わかったの?」

「風の加護……。カノンが家名を名乗った時は驚いたよ」


 僕がそう言うと、彼女は「そっか」と小さく呟いた。


 アルテミス家は風の錬成を得意としていて、エイリア随一ずいいちの商会を営む家系だ。先ほどの条件をどちらも満たしている。


 一方で、他の貴族や錬成士がカノンを狙ったという可能性は限りなく低い。狙ったことがバレてしまえば宣戦布告と受け取られるのは必至ひっしで、アルテミス商会とたもとを分かつのは避けられない。不利益をこうむる可能性の方が圧倒的に高いのだ。


「馬車で『鍵は依頼主が持っていると考えるのが自然だ』って、カノン言ったよね?」


 話の続きを促すように彼女はコクンとうなずく。


「その予想は正しいと思った。けど、そこまで考えてる余裕なんてあるのかなって……。助けを求めたり逃げようとしないのも違和感があった。それで思ったんだ。さらわれるかもしれないことを……わかっていたんじゃないかって」


 カノンは悲しい笑みを浮かべて何も言わなかった。だが、その表情は予想が正しいことを告げていた。


「でも、どうしてそこまでしてカノンを……?」


 カノンは先ほどまでとは別人のように暗い顔をしていた。


「少し……昔話をしてもいいかな?」


 僕とメリナさんがうなずくと、彼女は静かに語り出した。


「昔々あるところに、風の錬成を生業なりわいとする一族に小さな女の子がいました。女の子は何か家族を驚かせたくて、家系に伝わる錬成を内緒で習得しようと思い至ります。そして、何年もの努力の末に女の子はついに錬成を習得しました。ある晩、両親の前でそれを披露ひろうすると――」


 短くため息をついてから、カノンは話を続ける。


父君ちちぎみは青い顔をして女の子を居室へ連れていき、外から鍵をかけました。それ以来、女の子は居室から出ることを禁じられ、従者以外と会うこともなく、幾月いくつき幾年いくとしも過ごしました」


 僕は鳥肌が立っていくのを感じた。

 自分が暴いてしまった事の大きさを段々自覚し、その罪悪感に押しつぶされそうになっていた。


 僕が聞かなければ……。


 そんな後悔が押し寄せてきた。


「絶望に沈んだ女の子の境遇を哀れんだ従者たちは、ある晩主人に無断で女の子を屋敷から連れ出しました。『錬成士になるチャンスは一度きりだから』と言って……。そうして序列じょれつの前夜、女の子は神都シンシアへ到着したのでした」

 

 瞳いっぱいに涙を溜めているかたを見て、僕は絶望するしかなかった。

 

 だが、もう聞かなかったことにはできない。


「理由は私にもわからないの……。でもこれが、私の物語なんだ――」


 そう締めくくろうとしたカノンが言い終わる前に、僕は彼女を抱きしめていた。


 その身体は僕のものよりもずっと細く華奢きゃしゃで、こんなにも小さな身体で苦しみに耐えてきたのかと想像したら、胸がきむしられるようだった。


「カノンの物語は、これからだよ……!」


 あまりのはかなさに消えてしまうのではないかと必死に抱きしめると、反対に彼女の身体からは力が抜けていった。そして、僕の胸に身体を預けると、昨晩の眠りにく前のような穏やかな口調で言った。


「そうだと、いいな……。でもね、これ以上リズに……」


 カノンの台詞せりふは言葉にならなかったが、想いは十分に伝わった。


「僕は僕がしたいことをしてるだけ、だよ」


 僕も彼女の穏やかな口調を真似て、そう伝えてからそっとカノンを離した。


「心配しないで。僕は――ヴェアトリクス家の人間なんだ」






 オルレアンの酒場兼宿屋が面した通りは未だに人がけず、何かの催しが行われるかのようであった。時間とともに増えていく野次馬やじうまの制御に警備隊は苦労している。


 僕とカノンはある人物を探して、メリナさんの自宅である三階の窓辺から通りを見下ろしていた。


 「あの人がコバヤシよ」


 カノンはすぐに目的の人物を探し出して指を差した。その名を不思議に思ったが、今は考えることをやめる。


 僕はまさしく執事という格好――燕尾服えんびふくを着た初老の男を認知すると、宿屋の階段を駆け下りて行った。

 

 メリナさんの店を出て野次馬やじうまに紛れてると何食わぬ顔でコバヤシに近づいて、あらかじめ用意しておいた紙切れをポケットから落とす。


 思惑通おもわくどおり執事がそれを拾ったのを確認すると、僕は小さな路地に身を隠した。執事は指示通り酒場兼宿屋の三階の窓をさりげなく見上げてカノンを確認すると、ほどけてもいないであろう靴ひもを結び直しはじめた。協力受諾じゅだくのサインだ。


 それを確認してから酒場の裏口へ向かうと、ちょうど大通りの方からメリナさんが帰ってくるところだった。メリナさんには馬車の手配と、カノンの儀式用の服を仕入れてもらうようお願いしていたのだった。


「リズ君……人使い荒くない?」


 普段は寝ているだろう時間に活動しているためか、メリナさんは眠そうにしながら不満を漏らした。半分本気半分冗談と思われるそれを適当になだめると仕込みは完了だ。



 カノンの話によれば、アルテミス家は人攫ひとさらいの次の手として、次男リフューズとその一派を送り込んでくるだろうとのことだった。


 なので、僕たちはそれを退けるための準備をしたというわけだ。


 一方で、カノンの父や長兄ちょうけいが邪魔をしに来る可能性はほとんどゼロ。カノンの父はゲルニカを離れること自体が滅多になく、長兄は遠方で依頼を受けている最中らしい。カノンが逃げ出すとは夢にも思っていなかったのだろう。


 メリナさんの情報網によると、リフューズの取り巻きは人攫いのようなはぐれ者たちが多く、錬成士や貴族の仲間は数えるほどらしい。


 昨晩の事件がおおやけとなり、そのうえ儀式当日ということもあって、今シンシアでは厳戒態勢げんかいたいせいが引かれている。そういったはぐれ者たちは中央神都シンシアに入場することすら叶わらないだろう。


 二人の話を吟味ぎんみして僕は作戦を立てる。ぞくにいう、おとり作戦というやつだ。


 内容はこうだ。カノン専属執事のコバヤシに馬車をぎょして、大通りを避けながら陽炎ようえんとうへ向かってもらう。もちろん、馬車はゲルニカから乗ってきたアルテミス家の家紋が刻まれたものを使用する。すると、リフューズはカノンが乗っていると思い込んでマークしてくるはずだ。その隙に僕たちは堂々と大通りを通って塔へと向かう……。


 たったそれだけの作戦だ。だが、カノンがともなっているのは従者だけ、とリフューズが思い込んでいるなら、間違いなく成功するだろう。仮に僕の存在を知られていても戦力を分散させられれば、十分突破は可能なはずだ。



 早速適当な理由を付けて執事のコバヤシが馬車を出発させたのを確認すると、僕たちは酒場の裏口から大通りへと抜ける。待っていた馬車に素早く乗り込むと、さっとカーテンを閉めた。


「コバヤシには大変なことを押し付けちゃったかな……」

「あの人はすごく強いの。だから、リフューズ兄さんごときに負けないわ」


 僕は独り不安をちると、カノンは両手をグッと握りながら慰めてくれた。その表情は僕が知っているカノンで、もう薄幸はっこうの少女という雰囲気はなかった。

 兄さんを呼ばわりするお嬢様にはタハハと笑うしかなかったが……。


 いつか自分も妹に同じことを言われないようにしようと、心の中で誓う僕であった。



 徐々に馬の足音が遅くなり、やがて馬車が止まった。


 作戦通りコバヤシの方に引っかかってくれたのか、僕たちは何事もなく陽炎ようえんとう車寄くるまよせに到着した。


 外套がいとうえりを直しながら馬車を降りる。椅子がきしむ音に振り返れば、柔和にゅうわな笑顔を浮かべたカノンが僕を見ていた。手を差し出すと、しっとりとした華奢きゃしゃな指がそろえられる。羽一枚ほどの重心が預けられると、黄金色こがねいろの髪を日にさらしながらカノンは石畳へと降り立った。


 「私、塔をこんなに近くで見たの……初めて……」


 誰に言うでもない台詞せりふがカノンの口からこぼれた。


 陽炎ようえんとう。光をはじくような白い外壁は遠目からも際立きわだち、炎が立ち上るようなそのたたまいから名付けられたという。


 雲一つない青空や光輝く太陽でさえも塔をえさせる演出装置のように思わせるほど美しかった。


 塔に向けられたカノンの視線が戻ってくるのを待ってから、「行こうか?」と声をかけると「うん!」と歯切れよい返事が聞こえてきた。


 僕が歩き出すと、カノンは後ろからそっと僕の手を握った――。





 いつ何時なんどき何が起こるかわからない出来事に警戒を続けてきたが――カノンに見とれていた時もあったが――それもあと少しの辛抱だ。


 陽炎ようえんとう、特に女神ノ間は太陽シンシア神の御前ごぜんであることから、もっぱら争いごとをしないのが暗黙の了解となっている。


 貴族間ではこういったルールは非常に大切にされるため、犯すにはそれなりのリスクがある。どこでも人の目というのは抑止になるということであろう。


 女神ノ間の前に設置された臨時の検問をあっさりとパスすると、大きく伸びをした。


「ぅ~ん、はぁぁー……。 これであとは儀式だけだ」

「リズ、ありがとう」


 すると、カノンはペコリと頭を下げる。

 そんなつもりで言ったわけではなかったので、慌てて話を切り替える。


「それより儀式はこれからだし頑張らないと……」

「ううん……リズは心配しなくて大丈夫だよ!」


 はっきり言われた僕は驚いたが、カノンも驚いている僕に驚いていた。

 僕は何か儀式について勘違いをしているのだろうか……。

 

 若手の錬成士に先導されながら建物の三階にも匹敵ひってきする木製扉をくぐると、回廊かいろうを挟んでひと回り小さい扉があった。その扉を押し開くと、巨大なドーム型の空間が現れる。

 

 女神ノ間だ――。正面の祭壇には、太陽シンシア神が翼を羽ばたかせ飛び立つ瞬間を切り取った像が安置され、壁には錬成士協会の司祭を務めた歴代錬成士の肖像画しょうぞうがが並んでいる。天井には青空が描かれ、四精霊しせいれいが守護するように中央の太陽を囲んでいた。


 いつここへ来ても、表現しがたい神聖な気配に満ちている。


 変わってないな――。


 昔のことを思い出しながら、すでに着席している儀式の参加者たちの間を抜けると、中央前方の三列目に案内される。三人で座っても余裕があるほどのよく手入れされた飴色あめいろの長椅子だ。


「まもなく開始されますので、ご着席のうえお待ちください」


 先導した錬成師は、探るような視線を残して去っていった。その様子にカノンは不快そうに眉をひそめめている。


「なんだか嫌な感じだね……」


 僕は彼女に申し訳なく思って、苦笑いをするしかなかった。




 

「ゴーン……、ゴーン……」


 陽炎ようえんとう大鐘楼だいしょうろうが正午を知らせる。

 

 髪が薄くなりつつある中年の錬成師が、女神像の前におごそかに登壇とうだんしてきた。


「これより序列しょれつをはじめる。簡易錬成かんいれんせいの出来で判定を行なうので、講義をしっかり聞くように!」


 錬成士はそれだけ言うと、そそくさと舞台を降りていった。


「え? 序列しょれつってそれだけ?」


 そう呟くと、隣でカノンはクスクスと笑っていた。僕は序列しょれつというその名から大層な儀式を想像したのだが、どうやら勘違いだったようだ。途端に意気込んでいた自分が恥ずかしくなってきた。


 気を取り直して講義にのぞもうと思い直した時には、すでに別の錬成師が登壇とうだんしていた。

 赤茶の短髪を真ん中で分けた青年だ。やや鋭い目付きと口元の表情から彼が自信家であることが伺える。


 「それでは、錬成について説明します」


 登壇とうだんした錬成士は参加者の視線を一心に浴びながら講義を始める。


 「錬成の根幹を成すのは知っての通り根源石クリスタル――」


 若い錬成士は握りこぶしにすっぽりと収まる透明な石を親指と人差し指で挟んでかかげてみせる。表面は滑らかに磨かれているようで、美しい光を反射していた。一見透明だが、光にかざすと微かに黄緑がかって見えるのも特徴のひとつだ。


「これに錬成光マナの波動を共振させることによって、錬成術を発動させます」


 彼は持っていた根源石を懐にしまってから説明を続ける。


「そして、最後がイメージです。イメージはいわば完成品の設計図。形・大きさ・重さ・素材・感触・温度などのあらゆる要素を、頭の中で限りなく具体的に組み立てます。手のひらに収まるシャベルや綿製のナイフを作りたくなければ、想像をより具体化する必要があります」


 既知きちの講義に僕は早速飽きて、カノンを横目に伺った。

 

 さすがはお嬢様。伸びた背筋と真剣な表情が崩れない。その横顔の美しいこと……。


 ひとり静かに感心していると彼女は僕の視線に気付いたらしく、そのままの姿勢で少し首をかしげて見せる。

 

 上品さと可愛さを兼ね備えたその仕草に僕はもだえてしまいそうだったが、慌てて首を横に振る。心拍数が上がるのを感じながら、自分をいさめて講義に集中しようとしたが、簡易的な内容だったらしく、すでに終わるところであった……。


 「では、講義はこの辺にして実践と行きましょうか。しかし、ふむ……私が実演するのでは面白くありませんね。どなたかにやっていただきましょう!」


 講義をしていた錬成士は、満面の笑みで突拍子とっぴょうしもないことを言い出した。錬成士と認められていない参加者に、このタイミングで錬成をさせるなんて前代未聞だ。


 いくら五等石以下の根源石クリスタルを使用するといっても、おかしな失敗をしたら前数列ぐらいは余裕で吹き飛ぶ。それに、初めての錬成がこんなにたくさんの人達が見ている前でなんてあまりにもこくだ。


 僕が驚いたのと同様、会場にもどよめきが走った。壁際で儀式を見守っている錬成士たちも何やらヒソヒソと話している。その様子には困惑が見てとれた。


 まさか……他の錬成士たちも知らされてないのか?!


 そんな会場の動揺すらまるで無視をして、前に立つ錬成士は狙いをしぼるように誰かを指差した。まるで――初めから決まっていたかのように。

 

「中央ブロック前から3列目の男性。ご登壇とうだんいただけますか?」


 そう――。女神像の前に立つ彼が指差したのは、僕だった。

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