第54話 夢と魔法の店


 

「夢を叶える為とはいえ、二日前の晩から並ぶのはさすがにしんどかったな……」


 そう呟いて、巨大なガチャガチャの前に一人の男が進み出た。

  

 名前を覚える必要も無い一人の客。それが彼だった。

 冒険者として実力があるかどうか以前の問題として、現在はダンジョンの探索を行っておらず、ほぼ一般人となりかけている彼だが、かつてはとある夢を叶える為に日々ダンジョン探索に精を出していたのだ。


 その夢こそがビームだ。昔からビームが大好きで、一番魅力的な攻撃手段は、ぶっちぎりでビームだと思っていた彼は、魔法ジョブにつければ叶えられるのではないかと期待して、冒険者となったのだった。

 ここまでは、ビームだけに限らず、全ての魔法が好きという範囲の違いはあれど、魔剣好き好き戦士とそっくりである。

 だが……彼は魔剣好き好き戦士程、狂っていなかった。

 ――有り体に云うと、挫折したのだ。


 いつまで経っても魔法ジョブはもちろん、何のジョブも得ることすら出来ない。

 もし、ジョブを得れたとしてもそれが魔法ジョブなのか? もし魔法ジョブだとしても、ビームのような魔法を放てるスキルを手にできるのか?

 そんな不安が徐々に膨れ上がっていき――――そして、ある日のモンスター達との戦いで、怪我を負い、怪我が治った後も何かと理由をつけて、冒険者としての活動を休止した。


 叶う確証もなく、努力しようが全てが運で決まってしまうという理不尽さ。

 それに絶望してしまうのをなんとか耐えていたが、モンスターとの戦いで怪我をしたことがキッカケとなり、彼の冒険は終わりを向かえた。

 が、冒険者登録までは解除していなかった。ダンジョンには何年も入っておらず、活動を完全に休止しているにも関わらずにだ。

 それは、未練故だろうか。冒険者を辞めてしまえば、可能性は完全に絶たれ……永遠に夢は叶わなくなる。本心ではほぼ諦めかけていても、それだけは避けたかったのかもしれない。彼のことは、これからロマンチスト男と呼ぶこととする。


 

 そして、そんな彼――――ロマンチスト男の夢は突如として叶うこととなる。田中が光の魔剣を紹介配信で発表した為だ。

 ビームを撃てる剣がガチャ屋で販売する、というのを聞きつけたロマンチスト男は…………

 目を見開き、口をぽっかりと開けたまま気絶した。情報量が多すぎたのだ。

 無理だと諦めかけていた夢が、こんな突然に叶うなんてことは夢にも思わず、開いた口がふさがらなかった。

 

 一応――――以前から、魔剣と呼ばれる今までで前例のない魔法を放てるという画期的な武器をガチャに詰め込んで、販売をしているというのは聞いたことがあった。

 初めは、そんな怪しい店で誰も買うわけないだろうと考えていたが、問題にならず三回目の営業を行っているということは、どうやら本当であるらしい。


 インターネットで店屋の評判を見ても、いずれもコメントは良さげな物だった。多分。


 曰く、 

 田中の店“ロマン”はとても素敵な、夢と魔法がつまった店である()。


 曰く、

 実際、訪れた人は等しくみんな笑顔になる()。


 コメントの後ろに何故か、()があるが……まぁ夢を目前にしたロマンチスト男の前では細事だった。

 


 あながち間違っている訳ではない。ある意味合っているのだ。

 

 例えば、普通に魔剣が当たった時は――、


「魔剣が当たるなんて……まるで夢みたいだ!!」


 ――当然、人は笑顔になる。


 残念ながら、魔剣が当たらなかった時も――――、


「……あはは……ぁはははお金全部なくなっちゃった……どうしよう……なんかもう笑えてくる」


 ――――壊れたような素敵な笑顔を浮かべさせてくれる。どこか顔が引きつっているように見え、目から涙を流しているが、これは嬉し涙に違いない!



 そんな素敵なお店()に夢を託した男の運命は果たして――――

 


 もちろん、爆死した。想いなんて、ガチャの前では無意味だ。

 男は、かつて冒険者として稼いだお金――――その残りをほとんど使い果たし、残ったのはキーホルダーとポーションのみ。


「救いは無いのか……?」


 無いです(無慈悲)。 

 後には、ただ燃え尽きて灰になった男が残されるのみだった。

  

 ガチャであるのなら復刻されることを祈り、それまでにアルバイトでお金を貯めることを決意した。


 リピーターが増えた。

 

――――――――――――――――――



 希望を抱いてやってきた一人の男の夢を叩き潰したガチャ屋。灰になってグッタリしている男がいるにも関わらず、まわりはそれを気にすることはなかった。よくある光景であるが為に。

 むしろ確率的に、魔剣を当てれる人が一握りで、ほとんどが爆死するのだ気にしていてはキリがない。

  

 ロマンチスト男は、ネットの評価と念願だったビーム剣が売られていることから、夢を叶えてくれる、某ネズミの国のような場所だとでも思っていたのだろう。

 幻想を抱いてやってきた初見の客に待ち受けているのは、夢も希望も少ししかない地獄。彼等は身を持って知ることとなる――――ここが夢などとはかけ離れた場所であるということを。

 そもそもが、キーホルダーで水増ししている後ろ暗いことをやっている店だ。期待していい訳がなかった。



 そう――ここは(悪)夢と魔法(のようにお金が溶ける)王国。

 人の業が煮詰まったお店である。


 

「よーし、前回爆死したし、今回こそはガチャで魔剣を当てて負け分取り返すぞー!」

 

 今日も新たな犠牲者が生まれ、その絶望に耐えた者達は、僅かな希望に縋ってガチャ中毒者へと進化する。どっちみち救いはない。

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