第37話 一斉スタート


 


 おびただしい程の冒険者達が集まり、緊張した空気が漂う水系ダンジョン入口前。血の気の多い冒険者達がじっと大人しくしていられる筈もなく……。

 そこかしろで、冒険者達がバチバチに睨み合う無法地帯のようになっていた。――自分の力を知らしめることで、周りへの牽制という意図も兼ねているのかもしれない。

 

 ――魔剣を取りに向かう上で自分のパーティー以外の冒険者は基本、敵なのだから当然だ。 

 そして、パーティー内ですらも一枚岩ではない。

 もし仮に、魔剣を仲間が手に入れたとしたら、そのパーティーは飛躍できるだろう。

 ――だが、そのパーティーメンバーがパーティーから離脱してしまえば?

 冒険者のパーティーがずっと続くなんてことは、殆ど有り得ない。人間なのだから、合う合わないなんてことはザラだ。人間関係が拗れたことでパーティーを解散したり、追放されることだってある。


 実際、二見が魔剣を無くした後。パーティーメンバー達は同情して、しばらくは面倒を見ようとしていたが、二見が暴言を吐きまくってパーティー全体の雰囲気が悪くなり、最後には全員から愛想を尽かされて、追放されている。

 

 ――そんな可能性を考慮すれば、誰だって自分に魔剣の所有権があった方が良いと思うのは、当然のことだろう。



 もちろん例外もいた。 

 

 仲が凄く良いパーティーなどは、その結束力があり、誰が取っても恨みっこなし。という感じで纏まっている。

 

 そして――場所取り組である。

 彼等――最も入口近くの先頭に陣取っている冒険者達はというと――――現在は和やかに話し合っていた。


「いよいよ始まるなぁ……ここからはライバルだな」


「感慨深いものだな……一緒に場所取りのために何日も張り込んでいる内に仲良くなっちまった」


「色々あったなぁ……夜に暗い中、みんなで円になって温かいココアを仲良く飲んだりとか……」


 長い待ち時間は、彼等の間に友情を育んでしまったようである。

 案外、今回育んだ友情が長続きし、魔剣が取れなかった後も彼等同士でパーティーを組んだりするのかもしれない。

 


―――――――――――――――――― 


 

 そして――――

 

 

「定時まで、あと30秒か……」


「もう少し、屈伸しとくか」



 残り30秒。

 冒険者達は、持ってきている衛星時計の時間をじっと見つめ続け――――――――――――とうとうその時が訪れた。

 

「「「時間だ!行くぞー!!」」」

 

 先頭の冒険者達が叫び、全力疾走でダンジョンの中へと駆け込んでいく。それに続き、次々とダンジョンに入っていく冒険者達。

 ――この一斉スタートによって競争の火蓋は切って落とされた。




 まぁ――人数が多過ぎた為、ダンジョンの入口は早々に詰まってしまったのだが。

 スタートダッシュは残念ながら、そう上手くはいかなかったようである。


「くそっ! お前ら退けろよっ! 俺は早くこの先に行きたいんだ!」


「こっちのセリフだ! こうしている間にも、始めに出発した先頭集団に差をつけられるんだぞ!」


「引っ込め、お前ら!」


「くそっ、こうなったら力付くでいかせてもらうぞ! うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「ちょっ……ふざけんな!? こんな狭い中で強引に進もうとするじゃねぇ!? 」


「いったぁぁぁ!? 誰よ!? 私のことを殴ったのは!?」


「うるさい! こんなに混んでるんだから、仕方ないだろ!?」


「はぁ!? 何開き直ってるのよ!?」


 いがみ合う冒険者達。

 力自慢が多い冒険者である彼等は、時折力付くで進もうとする者も少なくなかった。

 足を踏まれた。肩をぶつけられた。殴られた。――等、たくさんの不慮の事故からケンカが勃発しようとしている。


 そんな負の気持ちは伝染していき――まだダンジョンに入れていない者達も騒ぎ始めることにも繋がってしまう。


「……前の方は何やってるんだ! さっきから一向に進んでないじゃないか!?」


「早くっ!、早くっ!、早くっー!! 魔剣が誰かに取られちまうよー!!」


「もう順番なんて気にせず、力付くで突っ込んだ方がいいのでは??」


 後方でもそんなことを考える者が現れ、ここでも混乱が広がっていく。


 

 中には――


「儂の方が貴様らより長く生き、冒険者を長い間続けておるんじゃ! 年功序列で譲るのが妥当だということすらも分からんのか!? このヒヨッコ共め!!」


「黙れっ、くそじじぃ!」


「お爺ちゃんさぁ、もうお年寄りでしょ~

 若い俺達に任せて、隠居でもしときなよぉ~」


「年功序列とか、いつの時代を生きてるんだよぉ!!」


 年功序列を持ち出し始める老人や中年が現れ、それに反発する者とで、場はさらにヒエッヒエとなっていった。

 色々な意味で地獄である。

 


 

 ――それにしても、この状況。

 年功序列を持ち出している老人というのはよくスーパーの安売りで見られる光景である。 

 横取り担当の傍若無人な年功序列おばさんの代わりに、年功序列老人冒険者がいるオフ会。


 ――ダンジョンゴミ拾いオフ会とスーパーの安売りの民度は同じぐらいなのかもしれない。

  

 年功序列という言葉を振り回す、年功序列おばさん系冒険者VS反抗する若者系冒険者。

 まるで日本社会の縮図を表しているようである。


 

 冒険者達は様々な試練を越え、魔剣の沈んでいる池がある中層を目指してダンジョンを降っていく。


 

 


  


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