第5話 杏花の過去とあの写真

 昔の杏花は……今ほど美人だという認識はなかった。

 それが中学二年の夏休み明け、急に可愛くなった。


 当時人気が出始めたばかりの瀬戸 紫苑の見た目に寄せるように、髪型はアイドルのような三角分け目のストレートに。


 眉毛は校則で怒られない程度に整えられ、制服のスカートはアイドルのような短めになった。


 急にTikTakティックタックを始めて、紫苑の完コピダンスを投稿するようになり、少し野暮ったかった体形も痩せて、出るところは出たまま……むしろそれが目立つくらい女性らしくて魅力的になった。


 一気に可愛くなってTikTakのフォロワー数もどんどん増えて人気者になっていく杏花に驚いて……その時点でも少し疎遠になりかけていたのに、さらに気軽に声を掛けられなくなった。


 たぶん……時枝と呼び始めたのもその頃から。そして、杏花が俺を水沢君と呼ぶようになったのもその頃から。


 杏花に好きなやつでも出来たんだろうと思った。だから、俺が親しくしてたら杏花の邪魔になるだろうと思った。

 俺は杏花が可愛くなるよりずっとずっと前から好きだったけど、急に手の届かない存在になったような気がして、杏花への気持ちは胸の奥の奥の方に仕舞い込んで蓋をした。


 その代わり、その気持ちを押し隠すように俺は紫苑のファンになり、アイドルオタクへとなった。けれど動機は完全に……杏花と似てたから。


 紫苑を見ては杏花を思い出して、好きだなと自覚する。

 けれど、紫苑はアイドル。叶うはずはないと自制できた。


 杏花を好きだと自覚して振られることが怖かった。

 物心ついた頃から傍にいた杏花との大切な思い出が、すべて壊れてしまう気がしたから――。



 俺はそんな昔の事を思い出しながら、杏花がいなくなった俺の部屋で一人壁に貼られた紫苑のポスターを眺めた。


 すると、一番目立つポスターのすぐ傍に、貼った覚えのない写真が貼られていることに気付いた。


 ――それは、杏花の写真。


 今日のステージで、観客を撃ち抜くポーズと共にウインクをした、あの瞬間。

 ――俺にされたと思った時の写真。


 目線はカメラよりも少し下にズレていて、誰かに捧げているような顔で、たぶんそこにいたのは、位置的に、俺……。


 俺の部屋に貼られたどのポスターよりも小さいのに、どのポスターよりも可愛い。

 ドキドキするほど圧倒的に、可愛い。 


 そしてそれを貼ったのが杏花である事は明白で、さっき杏花に言われた言葉を思い出す。


『紫苑ちゃんより私を見てよ!』


 ……俺は、片思いなんかじゃないのかもしれない。

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