第4話 学園のアイドルに……告られた?

「うーん、どうしたもんかねぇ……」


 俺はしばらく杏花の寝顔を見ていた。


 白い肌に長いまつげ、可愛い唇。

 誰がどう見ても、可愛い。


「はー」


 俺がいつも寝ているベッドに、手の届かなくなったはずの幼馴染が綺麗な寝顔を浮かべて寝ている。そんなありえない光景を見つめながら、思わずため息を吐いた。


 その時、――杏花が少しだけ瞳を開いた。


「ん、んん……。ひろと?」


(え……? 今、俺のこと、名前で呼んだ?)


 少しかすれた寝ぼけた声で、杏花は確かに俺の名前を呼んだ。


 ずーっと前に、呼ばれなくなった名前。

 ずーっと前は、呼ばれてた名前。

 本当はずっと、呼ばれたかった名前。


 ヤバイ、参った。どうしよう?


 たかだか名前を呼ばれたくらいで、何をこんなに焦ってるんだよ。

 こいつはただ、寝ぼけてるだけだ。たぶん絶対、意味なんてない。


「………………」


 そう思うのに、言葉は出てこない。

 ただ、杏花の顔を見つめていた。


 すると、ゆっくり目を覚ました杏花と、目が合ってしまった。途端。


「う、わ、ご、ごめんっ!! 私いつの間にか寝ちゃってた!!」


 赤い顔した杏花はガバッと起き上がると、恥ずかしそうに身体を縮めて俯いた。


「え? あ、いや、別に……」


 杏花のその仕草に、そんな言葉しか出てこない。


 他にももっと聞くことあるだろう。なんで俺の部屋にいるのとか、なんで俺のベッドで寝てたんだよとか、今、俺の名前呼んだ? とか……


 けど、そんなこと聞けなくて。言葉なんて出てこない。すると杏花が恐る恐るといった小さな声で言った。


「……ごめんね? 水沢くん……もしかして、怒ってる?」


「……別に」


 俺は別に怒ってなんていない。けれど“水沢君” という言葉に、現実に戻された気がした。


「……ごめんってば。そんな……怒った顔しないでよ」


「だから、別に。怒ってなんていない。それより、なんでお前俺の部屋で寝てんだよ」


 本当に、怒っているつもりはなかった。ただ突きつけられた現実に、残念に思っている気持ちを悟られたくなかった。だからぶっきら棒になってしまった。なのに。


「あ……眠かったから。とか、そんな理由じゃ……だめ?」


 すっとぼけた杏花の答えに、俺の感情が迷子になった。


「いや、だめだろう。お前も一応女なんだし。俺も一応、男なんだし」


 だから考える余裕もなく、ふとそんな言葉が口をついて出た。深い意味なんてない。けれど、杏花は少しむっとしたような表情になった。


「一応……って、なによ。それって……私を女としては見てないってこと?」


 話がおかしな方向に向かっている。それだけは分かったのに。


「……女なら、好きでもない男のベッドなんかで寝ないだろ」


 誰か俺の口を止めてくれ。別に杏花を女として見てないわけじゃない。むしろ女として意識しているからこそ、テンパってるんだ。


「はぁあああ? なによ! 私だって好きでもない男のベッドなんかで寝ないわよ! バカ! 鈍感! 分からずや! 紫苑ちゃんより私を見てよ! 理恵とばっかり仲良くしないでよ!!」


「……え?」


「もう、いいっ!」


 突然の情報量に思考停止している俺の目の前で、杏花は泣きそうな怒った顔でベッドから立ち上がると、俺のすぐ隣を通り過ぎて、帰ってしまった。


 ……今、何て言った??


 俺は杏花を引き留めることもできず、ただただ、杏花がいなくなった部屋に立ち尽くしていた。


 ――もしかして……杏花は俺の事、好き?


 いやいや、そんなわけないだろう。何かの間違いだ。


 ふと浮かんだ考えを速攻で否定した。


 かたや学園一のアイドルで、俺はただのアイドルオタク。

 この恋が叶うはずなんて、ないのだから――

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