第3話 学園のアイドルが俺のベッドで寝てた。

「ただいまー」


 学園祭から帰宅した俺は、いつも通りリビングにいる母親に声を掛けた。


「あら、おかえりなさい。杏花ちゃん来てるわよ」


 けれど、返って来たのはいつもと違う言葉。

 

「はあ? 杏花? なんで?」


「さあ? あんたの部屋で待ってもらってるから、早く部屋あがんなさい」


「ええ!? 俺の部屋で待ってんの!? 勝手に入れんなよー!」


 俺は母親に文句を言うと、慌てて自分の部屋へと向かった。




 杏花と俺は、親同士が仲が良く、小さい頃は毎日のように互いの部屋で遊んでいた。けれどそれは昔の話。高校生になった今では、杏花は学園のアイドルで、俺とはただのクラスメイト。なのになぜ杏花は俺の部屋に?


 ああ、それよりも。杏花に今の俺の部屋を見られるのはまずい。今や俺の部屋は、壁中に紫苑のポスター、棚には紫苑のグッズだらけのオタク部屋になっているのだ。


 ――コンコン コンコン


「時枝? 来てんのか?」


 自分の部屋なのになぜか緊張しながらノックする俺。子供の頃は下の名前で呼び合っていた名前も、今じゃすっかり苗字呼びだ。


(……おかしいな。返事がない)


「時枝? 入んぞ?」


(ドン引きされて、返事すらしたくないほど嫌われていたらどうしよう……)


 俺は不安になりながら静かにドアを開けた。すると――


(おい、マジかよ)


 そこには、俺の部屋の俺のベッドで、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ている杏花の姿。


(普通、彼氏でもない男の部屋で寝るかあ?)


「おい、時枝! 時枝ってば」


 俺は杏花の肩をトントンと叩いて声をかける。だが、一向に起きる気配がない。


(おい、こら。人のベッドでマジ寝してんなよ)


 そう、思いつつ。学園祭のステージであんなに踊って歌ってたのだから、疲れているのも無理はない。


「おーい、杏花ー?」


 杏花が寝ているのをいいことに、起こさないほどの小さな声で、久々に名前を呼んだ。


 ずーっと前に、呼ばなくなった名前。

 ずーっと前は、呼んでた名前。

 けれど心の中では、……ずっとまだ呼んでいる名前。


 当たり前に呼んでたあの頃よりも、杏花は可愛くなっていて、

 ――今では誰が見ても学園一のアイドル。


 

 あの頃は、木登りして遊んでたくせに。

 ちょっかいかけた犬に追いかけられて、泣いてたくせに。

 そして俺の背中にすがって、助けを求めにきてたのに。


 そんな杏花が可愛かった。おてんばするくせに泣き虫で、俺に頼りに来ては、はにかむ顔が可愛かった。


「ひろとのばーか。きょうか おいていかないでよ」

「ねぇ、みてみて、ひろと、きれいな石みつけたの!」

「ひろとーたすけてよおおお」


 名前を呼ばれるのが当たり前で、杏花が俺を頼ってくるのも当たり前。杏花に追いかけられるのはいつも俺の方。そんな日々がずっと続くと思っていたのに……


 今や杏花は学園一の人気者。すっかり追い抜かれてしまった。


 なのになぜ、杏花は俺の部屋で寝ているのだろう?

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