3日目:家族
ぼんやりとした世界。昨日と同じ感覚に、晴はここが夢の世界なのだと理解した。
また一本、桜の木が見える。恐らく昨日の夢で見た美しく満開だった、あの桜の木。
しかしそれに花は一つもなく、枯れ果てた姿だった。まるで昨日の桜の木とは別物のように。
木を見ていると、根元に人影が見えた。よく見るとそれは、瞳は黒く塗り潰され、何も映さず枯れた木をジッと見続ける――晴の姿だった。
人影の正体に気付いた瞬間、鈴が煩く鳴り響く。自身の鼓動と共鳴しているかのように。
晴は何故かその人影に嫌悪感を覚えた。自分自身であるソレを見ていたくない。
しかし逸らしたいはずの視線を何故か逸らすことができなかった。
人影が晴の方へゆっくりと顔を向けようと動く。
――――嫌だ。見るな。見たくない。お願いだから、早く夢から覚めてくれ……!
晴を暗い瞳がとらえようとする。人影が完全にこちらを見る前に、視界が暗転した。
ハッと目を覚ますと、いつもの部屋だった。身体が痛い。汗が流れる。
カーテンの隙間から日が差し込んでいるのを見て、今が朝だということを悟る。
ベッドの方を見ると昨日の夜と同じようにリンが眠っていて、緊張が和らいだ。
瞬間に部屋のドアをコンコンッとノックする音が聞こえて、母親の声がした。
ほんの少し間を開けて足音が遠ざかる。
あの悪夢のような、悪夢ではないような不思議な夢は疲れからくるものなのだろうか。
今まで全く出なかった外に急に頻繁に出るようになった弊害なのか。
そろそろ準備するか、と重い腰を持ち上げ、リンを起こそうと動き出した。
『……今日で見つかるといいけどな』
***
リンを連れてきて三日目。今日も手がかり一つなかった。
やはりこの付近にはいないのだろうか。
誰かが迷子を捜している様子も、警察が捜索をしている様子もない。
極力したくはなかったのだが、明日からは聞き込みもするべきか。
それに聞き込みをしていれば、いざ警察に見つかったとしても迷子を見つけてご両親を捜している優しいお兄さん、ということにならないだろうか。そういう願望もある。
リンはというと、今は楽しそうにトランプでババ抜きをして遊んでいる。勿論相手は自分だ。
わかってはいたが、リンは考えや気持ちが表情に出やすい。
二人の場合、相手の手札が全てわかってしまう。故に楽しいかと言われると楽しくはない。
この手のゲームは取ってはいけないものがどこにあるかわからないから楽しいのだ。
しかしリンはジョーカーを引く度にガッカリした表情をし、ジョーカーを引かれる度に嬉しそうにする。最後の三枚になっても、手を添えるカードによって表情がコロコロ変わる。
正直ババ抜きを楽しんでいるというよりはわざと負けたり勝ったりして、その都度見せるリンの反応を楽しんでいる。
「わ! ジョーカーのこっちゃった……ハル! もういっかい!」
「はいはい。お前よく飽きないな」
「うん! ハルとあそぶの、たのしい!」
そう言ってリンはニコニコ笑う。不安であろう状況で少しでも楽しい思いをしているのなら、もう少し付き合ってやってもいいかもしれない。
そんな時、コンコンッとノックする音が聞こえる。
「晴。今……少しいい?」
母親の声だ。最初は無視しようと黙っていたが、「話があるの。少しでいいから」と珍しく引きそうになかったので、リンに静かに布団の中隠れるよう言う。
リンはこくりと頷き、足音をたてないようにゆっくりと布団の中へ隠れた。
それを確認して扉越しに「……なに」と返事をする。
「晴……! ねぇ、最近外出しているでしょう……?」
「……だったら何」
「やっぱり……! 急に外に出始めて、どうしたの? こんなこと今までなかったから……もしかして、危険なことをしているんじゃないかと思って……外に出てくれたことは嬉しいけど、何も言ってくれないのは心配で――」
「どうだっていいだろ!!」
母親の言葉を遮って声を荒げる。姿は見えずとも、母親がビクリと肩を震わせたのがわかる。
「そんなの俺の勝手だろ。あんたには関係ない!」
「か、関係ないわけないじゃない……! 私は晴が心配で――」
「うるさい!! もう関わらないでくれ!!」
晴は声を荒げ、ドアをバンッと殴る。
その音を聞いて母親は沈黙し、「……ごめんなさい」と言って部屋の前から離れて行った。
気持ちが落ち着かない。イライラする。ゲーミングチェアにドカッと座り、天井を見つめる。
ベッドの方から音がしたので横目でチラッと見ると、リンが布団を被りながら晴を見ていた。
「……あー、悪い。……今日はもう寝ろ。風呂とかメシとかは明日の朝やるから」
リンはコクリと頷くと、布団から出てきて晴の傍に立ち、ぎゅっと晴を抱き締める。
それから「……おやすみなさい」と言い、リンは布団に入った。
『……子供に慰められるとか……かっこわる』
そう思いながら、ゲーミングチェアを倒し、布団を頭まで被って包まる。
『心配で――』そう言う母親の声が頭から離れなかった。何回も何回も脳裏に響く。
……あぁ、昨日の夢みたいに、鈴の音が声を消してくれたらいいのに。
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