2日目:少女

 ぼんやりとした世界で、一本の桜の木が美しく咲き誇っている。

こんなに綺麗な桜の木は見たことがない。

しかし近づこうとしても、なぜか遠ざかっていく。

――――チリン

鈴の音が聞こえた。聞き覚えのある、あの鈴の音が、自分を呼ぶように鳴っていた。

『……ル…………ハ……ル……!』

――――チリン

「ル……! ハル!」

ハッと目を覚ます。横を見るとリンが晴の腕を掴んで揺らしながら晴の名前を呼んでいた。

どうやら眠っていたらしい。久しぶりに夢を見た気がする。

「……あー、悪い。寝すぎたか?」

「わかんない。けど、ハルのお母さんがおしごといってくるよっていってた!」

「そうか……じゃあ今は9時くらいかな」

こんな早く起きたのは久しぶりかもしれない。

いつもだったらもう一度寝に入るだろうが、今日はリンがいる。

こんな少女の前で二度寝する気にもなれない。というかリンの事がバレる前に両親を見つけなければいけないのだから呑気に二度寝をしている場合ではない。

今日なら警察がいるだろうか……いや、もう家に泊めている以上、リンがどう弁明しても誘拐という線で捜査されるだろう。それにどう考えても誘拐の証拠しか出てこない。

確実に警察のお世話になるだろう。それはできれば避けたい。

こうなったら面倒だが自分で探すしかないのだろうか。いやもうそうするしかないだろうな。

「……しょうがない……朝早いけど準備してお前の親捜すか。早く準備しろ……ってもう準備できてんのか」

準備させようとリンを見ると、先程は起きたばかりだったからか気付かなかったが、昨日の出会った時と全く同じ見た目。

夜にジャージを貸したのだが、既に昨日と同じ服を着ているし髪も同じように結われている。

意外と複雑そうな髪型に見えたが、最近の小学生はこんなことまで一人でできるのか。

晴は一人で感心していた。



***



外は暗く、すでに月が出ているであろう時間。

晴はスマホの修理を進めながら大きなため息を吐いた。

ベッドに寄りかかって床に座り込むリンは、俯いて悲しそうな表情を浮かべていた。

結果から言うと、リンの両親は見つからなかった。

スマホがないため、迷わず行って帰って来られる場所という行動範囲が思ったよりも狭いことを痛感した一日だった。早急にスマホを直すべきかもしれない。

今日もまた周りの視線が痛かった。

幼女を連れているのだ。通報されなかっただけ運が良いのだろう。

捜索時間はそんなに長くないにしても、二日間も捜して見つからないのだ。

もうこの辺りにいる可能性は低いかもしれない。

というか自分の娘がいなくなったというのに捜さない両親なのか?

警察も特に動いているようには見えないので、捜索願も出てはいないのだろう。

ただでさえリンはあんな目立つ容姿なのだ。

捜索願が出ているなら一緒にいる自分に声がかかるのなんて時間の問題だろう。

どうであれ捜索範囲は広げたいのでスマホは修理しよう、という決断をした。

しかし明日も捜索するとなると、修理にはもう少しかかりそうなペースだ。

最近急に外に出始めたからか疲れが溜まっていて、一気に修理できるほどの気力もない。

「あー、リン。悪いけど明日も同じ場所でさがす―――」

話しかけながらそちらを向くと、リンが目を瞑り寝息をたてているのが見えた。

どうやら先程の体勢のまま眠ってしまったらしい。のほほんとしているわりには両親がいないことや晴との生活で無意識にでも気を張っているのだろうか。

そのままにしておくわけにもいかず、晴は慎重にリンを抱きかかえる。

人生初のお姫様抱っこの相手は幼女か……と自分を戒めながらゆっくりとベッドにおろす。

リンは本当に人間なのかと疑うほど軽かった。

そういえば昨日の夜も今日の朝もあまり食べていない。少しは痩せてしまったのだろうか。

それとも幼女という生き物は元々こんなに軽いのだろうか。

……昨日は眠気のせいか考えなかったが、本当に人形みたいだな。

血が通っているのかも疑わしくなる。よくはしゃぎ、よくしゃべるところを間近で見ているので、ちゃんと人間であることはわかっているので今更疑いようもないのだが。

ふと我に帰る。

純粋な少女を部屋に招き、寝顔を眺める成人男性……と考えただけで凍えそうなほどの悪寒がしたので、急いでリンに掛け布団をかけた。

そういう目で見ているわけでは決して、断固ないのだが、悪寒が止まらない。

スマホの修理も夕飯も風呂も全て放り投げて、ゲーミングチェアを倒して毛布に包まりながら夢の世界に逃げることにした。やはり距離感などは強化するべきだ。

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