五感

藍田レプン

五感

 私はグルメライターをしていた。

 関東を拠点に、日本中の美味を求めて旅をしていた私は、その行く先々の飲み屋などで地元の人の怪談を聞くのが趣味だった。

 多種多様な怪談を聞くたび、常々疑問に思うことがひとつあった。


 どうして幽霊は味覚に訴えかけないのだろう?


 幽霊の姿を『見た』という話はよく聞く。

 幽霊の声を『聞いた』という話もよく聞く。

 幽霊の匂いを『嗅いだ』という話も見た、聞いたには劣るものの聞いたことがある。線香の匂いや故人の香水の匂いを嗅いだ、なんて話は聞いたことが無いだろうか。

 幽霊に『触れた』という話も少なからずある。


 それなのに幽霊の『味』に関しては全くと言っていいほど聞かないのだ。

 もちろん幽霊を食べるわけにはいかないし、幽霊に食べられるわけにもいかないのだが、例えば故人の好きだった食べ物の味が口内に再現されるが自分は食べていない、とか、幽霊の気配を感じた途端口内がものすごく苦くなったとか、そういった類の怪談はどうして無いのだろうか。

 やはりインパクトや恐怖感が無いからか?

 生きている人間はより美味しいものを、より贅沢なものを、より甘いものを、よりインスタ映えするようなものを、多種多様な目的で、いや、何よりも『生きる』ために必要だからこそ食べてきたのに、それこそなんとも味気ない話だ。


 なんて冗談を言った罰が当たったのか、私は牡蠣にあたってあっけなく死んでしまった。

 死ぬ時はそれこそ死ぬほど苦しかったが、まあ最期に食べたものが大好物の牡蠣で良かった、なんて思いながら、私は天に召された。


 そして天界で私は真実を知ってしまった。

 そこは壁も床も天井も真っ白な(正確には淡いライトグレーだ)部屋で、黒いフードをかぶった案内人が1人ぽつんと立っていた。

「それではこれから死後の手続きを始めますので、こちらの中から……」

「あの、あなた天界の人ですか? ひとつ質問があるんですが」

「えっ? あの、はい、なんでしょう」

「どうして幽霊は見たり・聞いたり・嗅いだり・触れたりできるのに、味わうことはできないんでしょう」

「は?」

 私の質問があまりに唐突だったからか、フードの案内人はおろおろと頭を動かした。

「味、ですか」

「味です」

「味、味……ああ」

 思い出した、とでも言うように頷くと、案内人は簡単なことです、と言って私に告げた。

「現実世界にそもそも味覚なんてものは無いのです」

「……は?」

「味覚というものは人間が生きていくため、食物を摂取する必要性が生み出した実在しない感覚……いわば『感覚の幽霊』なのです」

 幽霊はこうして実在しますけどね、と頭がややこしくなるような言葉を案内人は付け加えた。

「つまり、生者に本来備わっているのは『五感』ではなく『四感』だと?」

「まあそういうことです。存在しないものなので、食物をとる必要が無い霊体では自身の身に味覚を嗜好として『再現』することはできますが、生者に対して『干渉』することはできないんです」

 そんな。

 それじゃあ私は、貴重な一度きりの人生をそんな『幽霊』に捧げていたのか。

 ああ、やっぱり。


 なんとも味気ない話だ。

 そう呟いて、私は笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

五感 藍田レプン @aida_repun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ