雨を降らせるなら、止ませることも出来る

 雨を吸い込んだ外套が、いつもより、重い。

 肌に触れる冷たい山の風を感じつつ、じっとりと重い外套を傘にして手頃な足場を探す。


 雨に止んでもらう魔法。

 雨雲を吹き飛ばしてしまえば一瞬だが、今はそんな目立つ事はしたくない。


 やや東に外れた林の中に、石柱をみつけてその上に降り立った。

 倒れかかった柱の表面は雨風にさらされて風化が進んでいる。


 ざっとその周辺を見渡すと、荒廃しているものの、ちょっとした規模の建物があったことを窺わせる。

 どういう遺跡なのか、この地域のことはよく知らない。

 けれど恐らく、リーオレイス帝国とリュディア帝国の狭間で滅んでいったものだろう。



「フェイって、本当に…………。 あぁ。私の方が長く生きすぎてるのね…………」


 小さく呟いた自分の声が、切なくなる。


 世界を洪水と魔物を使って縛り上げはしたけれど、別に身体が大きくなった訳じゃない。

 詠唱を始めた声は大きな自然に溶け込んで、かざした腕は細く、水滴を振り払った。



『―――天と地の間に天龍はあり

 恵みの土地はうるおい満たされ 満ち満ちたる空は わたしと共に幸わう。

 空の水。いのちの水。日の恵みと共に満ち足るる。

 此処なる縁よ。

 ―――天龍よ。快活たる子のもとへ 啓晴をもたらさんことを』



 差し出した腕の彼方から、霧のような雨が消え始めていく。


 地上を流れていた雨雲が一気に風に流れて、頭上を中心にして太陽の白い輝きが差してきた。

 雨上がりの空気の中で、一気に差し込んでくる暖かい光。



 山林の果ての方まで晴れ間が広がっていくのを見つめてから、大きく息を吸って、吐く。


 初冬の雨に冷えた身体の芯には、嬉しい暖かさだ。

 ついでに濡れて重くなった外套の水気も払う。

 この湿気さえなければ、なかなか快適な着衣だ。


「――――っ?!」


 いきなり、左胸の奥が掴まれたような痛みにおそわれた。

 思い当たる事はひとつ。

「ティユ…………適当なところで、戻って、おいで…………。魔女探しも、馬鹿にできないわね」

 すっと痛みが引いていく。


 羽蛇の実体が空中にまぎれて、風に乗って身体のまわりに帰ってきた。

 おそらく戦っていた人間からは、倒して霧散したように見えただろう。




 それにしても、と目を上げた。

 低森林の深緑色と、石柱がいくつも横たわる遺跡。

 すべてが雨上がりの白い光にきらめいて、芸術的な風景を作り出している。


「あー、綺麗」

 

 トコトコと立っていた柱の下の方に降りて、そこに背を預けた。


 もうちょっとだけ、のんびりと、眠りたい。

 少しくらい眠ったって、なんとかなるだろう。


 ぼうっとのんびりした気持ちを泳がせて、ゆるやかな寝息を立て始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る