鍛冶屋では疲れが取れない
東の外れから雨が上がり、アルヴァも目を覚ましたおかげで思った以上に早く要塞の町へ辿り着くことが出来た。
予想以上の近さに、まる1日かかるという登山前の村人の言葉があくまで一般人の歩速での話であることに気付かされていた。
警戒しながら門番の兵に通過を申し出たが、特に咎められる事もなく町に入る事ができた。
魔女探し達の影響力がここにまでは行き渡っていない事に感謝しつつ、改めて追手の最先端が背後で足踏みをしている実感が沸く。
「アルヴァ、大丈夫か」
「…………ジノヴィさんこそ」
取り敢えず町に入ったはいいが、宿屋など旅人が身を寄せる場所は魔女探しの巣窟にも近い。
さっさと通り過ぎてこのまま先へ進みたい状況だが、魔女をおいていく訳にもいかない。
それに、山頂でのあの羽蛇の硬さに、ジノヴィの剣の刀身が大きく毀れていた。
そっと覗いた武器屋には使えそうな剣が無く、鍛冶屋に入って修理を依頼した。
最速で仕上げて欲しいと依頼しつつ、工房の隅で待つ。
いつ魔女探し達がここに来るか分からない状況で、目を離した隙に剣を持ち逃げされてはたまらない。
金属の鈍い音と熱気が室内に充満する。
服はあっというまに乾いたが、今度は恐ろしく喉が渇く。
強面の職人に水を求めたら金を請求された。
ただでさえ疲れ切っている状況なのに、気持ちまで枯渇しそうだ。
「…………あの状況だと、魔女を庇って矢を受けたんだな。お前には逃げるように言っておいたと思うが」
確かめるように慎重に問いかけたジノヴィの重苦しい迫力に、アルヴァは身を竦ませる。
それをみて、ジノヴィは少し声を和らげた。
「責めているのではない。ただ、どうして魔女の身が危険に晒された時に、お前が体を張って庇おうとするのかが、理解できない。最初の時も、そうだっただろう?」
「…………何か、すごく大切な感じがするんです。いつも何となくそんな雰囲気がするんだけど、危なくなると、絶対に、傷付けちゃ駄目だって思うんです。助ける事は良い事だって、褒められた時は、凄く嬉しかったけど…………でも、それは関係なくて…………」
「催眠術に掛かっているんじゃないかと俺は思うんだが。雰囲気とやらが、そもそも、そういう魔法やら術やらの類とはいえないか? 俺は全然魔法の才能が無いから、判らないが」
「強い魔力と大切な感じは、全然別ですよ。…………ていうか、痛くてそれどころじゃなかったけど、本当に女の人になったときは、気絶するほどびっくりしました」
「気絶して俺に担がれていただろう」
どうしてか嬉しそうに顔を輝かせるアルヴァに、ジノヴィもつられて笑った。
実際、思ってみれば狂喜しても良いだろう。
今まで三百年も世の魔女探し達が探し出せなかったその本人を、掴んで引っ張って来たのだ。
ここまでの経緯だけを語ってみても、感嘆に値する。
「それにしても…………いつまでも隠れている訳にはいきません。セトさんが見つけてくれるより先に、追手に見つかりそうです…………」
笑顔に涙を滲ませて、アルヴァは急いで目を擦った。
――小さな少年の肩に乗るものとしては、少し荷が重すぎる。
彼が気丈に振舞っているのは、姉の強さを信じているからだろう。
ジノヴィはそう思った。
心の支柱になるものが見えなくなれば、心が折れるの事は容易い。
アルヴァの精神状態もどうにかしなければならないが、実際、姉のスティアについても気に掛かる。
教会の退魔士・聖使として力強い働きをみせてきた彼女も、もとは田舎から弟と二人で都市へ来た移住者だ。
弟を他国へ派遣し、彼女は首都の政争に駆り出された。急激に変化する環境の中で、はたして本領を発揮し続ける事が出来るだろうか。
――何故、俺がこんな心配をする必要がある。
ジノヴィは首を振った。
いままで、他人の心情を想定して利用することはあっても、心配して解決策を考えるということは、してこなかった。
それは、他の誰かがすることだ。
「彼女と追っ手のどちらと先に接触するにしても、合流後の動線は押さえておこう」
「どうするんですか?」
「連絡鳥を飛ばす。仮に、走って湖に着いても船に乗れなければ追い詰められるだけだ。雑貨屋だな」
今までにも、連絡鳥は頻繁に使っていた。
飼って持ち歩いている訳ではない。一定の場所を往復する鳥をその都度借りている。
この町の教会も連絡鳥は所有しているだろうが、そこで魔女探しと出会う訳にはいかないから、民間人が利用する雑貨屋で借りるしかない。
鍛冶屋からある程度の仕上がりになった剣を受け取って、周囲を窺いながらそっと通りへ出る。
あまり人気もなく、殺伐とした町だ。
大通りは避けて細い路地を歩くが、どこを通っても人気が無く、荒廃が進んでいた。
こういう汚さはサルディスの一角にもあったが、あの都市には、もれなく人が潜んでいた。
赤く傾いた夕焼けの中で、人の少ないこの町は、寂れた空気と共にゆっくりと廃墟化しているかのようだ。
それも、当然かもしれない。
砦町として造られたのは良いが、戦いが無ければそこに町がある意義はない。
国交が活発であれば逆に栄えもするだろうが、停戦したというだけで友好的な条約を結んだ訳でもなく、商業交流も殆ど無いといって良い。
むしろ、300年間よく残っていた町だ。
「雑貨屋に、パンあるかな…………味はなんでもいいから…………」
アルヴァの顔が白い事に、その小さな呟きでようやく気付いた。
大人の軍人ですら疲れを感じているのだ。退魔士の体力と思って油断していた。
「早く言え。我慢と忍耐は違う」
姉と同じく、この少年は、努力家の鑑だ。
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