第41話 黒い美学=破壊の美学

第41話 黒い美学=破壊の美学


 中段の構えのままでヒロシは答える。

「うん、言ってなかったっけ? 聖胴館で毎週末稽古してるんだ」


「聞いてないな、それ。ヒロシ、その道場で強い方なのか?」

 タケルには、ヒロシが剣道を習っていることが意外だった。


「どうやらもう、アントンとは呼ばなくても良いようだね。タケル君、ボクは、今日兄弟子達を破って、道場の小学生代表になったんだ」

 ヒロシは、タケルに鋭い視線を向けたままで、冷静に答えた。


「それはおめでとう」

 タケルは戸惑いながらも、とりあえずお祝いの言葉を述べた。


「ありがとう。タケル」冷たい声が返って来る。


「今日のヒロシ、何だか怖いな」

 風が冷たくなったように、タケルは感じた。


「実はボクも怖いんだ」

 ヒロシの声は抑揚が無く、まるで機械がしゃべっているようだ。


「何故?」引き込まれるように、タケルは訊いた。


「本気でやろうと思ってるからだよ。これは真剣勝負だから……」

 ヒロシの声に力が篭って来た。


「ゲームだろ?」


「どうかな? じきにわかるさ」また声が冷たくなる。


「どういう意味だ?」

 タケルは、尚一層冷たい風を首筋に感じた。


 ふふふとヒロシが笑うと、ヒロシの構える聖剣ムラサメは『ブーン』と唸りを上げて光線剣に変わった。


 続いてタケルのムラサメも『ブーン』と空気を震わせて、無敵の光線剣に変化する。


 その光線に青白く照らされて、タケルの目が真ん丸くなったのがわかった。

 続いて、あの声が聞こえて来た。

(光線剣で目の前の敵を斬れ)


 タケルはびっくりして、その場に剣を落としそうになった。


「光線剣を落さないでよ。

 ひょっとして例の声が聞こえたのかい? あの声なら気にしなくてもいいんだ。

 光線剣が使用可能になると、自動的に聞こえるだけなんだから。

 それにね、もし剣を落としても、例え逃げ出したとしてもボクは本気だ。容赦はしない!」


 ヒロシの喋り方がおかしい、何かに取り付かれているようだ。タケルの背中に、冷たい汗がしたたり落ちる。


「何言ってるんだ?」

 タケルは光線剣を捨てようとしたが、その妖剣は手から離れようとしなかった。


 それを見てヒロシが笑う。

「ムダだよ。タケルはボクと勝負するしかない」


「何故だ?」

 もういい加減にしてくれというように、タケルはその短い質問を吐き捨てた。


「何故? そうだね、そう訊かれてもボクにも良くわからない」

 くくくとヒロシが笑う。


 タケルは、目の前の少年が本当は誰なのかと疑っていた。

「お前。少しおかしいよ」


 おかしいよと言われても、ヒロシは嬉しそうだ。それがタケルには一層不気味だった。


「普通の人と少しばかり違っているだけさ。歴史の中にもおかしい人はたくさん居るんだよ。彼らは、英雄とか神の子とか言われているけれどね」


「何の話だ。そんなことは訊いてないぞ。話をごまかすな」

 タケルは剣を大きく振った。光線剣がブーンと唸る。


 ヒロシはその動きに合わせるように、小さく剣先を動かした。光線剣は、ブブンとハエが飛ぶような音を立てる。


「そんなに怒らないでよ。説明しようとしただけなんだから」


 冷静なヒロシの言い方に、タケルはさらに腹が立って来た。

「じゃあ訊くが、普通の人とどう違っているんだ?」


 ヒロシはタケルの反応を楽しんでいるようだ。だが剣の構えには隙を見せない。


「ボクは分解したり、破壊することが好きなんだ」


「はあ?」タケルは意味が理解できない。


(やはり他人には理解できないか?……)

 ヒロシはやや首を捻った。

「きれいなものや、人が大事にするものは特に壊したくなる。それがボクの本性だ」

 ヒロシは、タケルが理解できないだろうと思いながらも、そう主張した。


「俺は、きれいなものなんかじゃないぜ」


「タケルはクラスのヒーローだ。ボクのヒーローでもある。壊したくなる価値のあるものだ」


「そんな考え方は、ちっともわからないぞ」


 ヒロシには、結果はわかっていた。個人固有の美学は、他人には理解不能なのだ。大衆は自分の美学など持ち合わせていない……


「わかってもらう必要は無いさ。これはボクの美学だから」


「美学?」

 十歳のタケルには馴染みの無い言葉だった。


「そうさ、『黒い美学』だ。破壊の美学さ」

 ヒロシはニヒルに笑って見せた。


「頭おかしいんじゃないか?」


「君が黒い美学を理解できないだけさ」


「もう良いよ。俺はゲームを止める」

 飽き飽きしたと言うように、タケルは宣言した。


「ムダだって言ったろ。光線剣を手に取った以上、相手を殺すか、自分が殺されるかどっちかだ。途中退場はできない」

 ヒロシは初めて怒った。勝手に自分のルールを変更する者は許せないのだ。


「バカ言うなよ。ゲームで人が殺せるか」タケルが吐き捨てる。


「君は黒川アンナを殺したじゃないか、その光線剣で」

 ヒロシはタケルを言葉で突き刺した。

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