第40話 月下の対峙
第40話 月下の対峙
同じ七日……
山田ヒロシは、毎週末通っている剣道場で汗を流した。
道場では、東京都少年少女剣道大会の出場者を決める為、早朝から選抜試合を行っていた。
ヒロシは試合を順調に勝ち進め、六年生を差し置いて、五年生ながら小学生部門の代表選手となった。
学校のクラスでは、二宮タケルに隠れた存在であるヒロシも、ここでは明らかにヒーローだった。
そしてこの日のヒロシは、普段にも増して気力気迫に溢れていた。昼過ぎに代表選手の選考発表が終わると、折り目正しい礼をしてから、ヒロシは道場を後にした。
前日の晩の約束に従って、午後五時前に二宮タケルは、パーソナルトミー専用のネットサスペンションチェアに腰掛け、スイッチを入れた。
ICQと呼ばれるパーソナルチャットがアラームを鳴らす。
前世紀の九十年代に作られたこのシステムは、登録したもの同士であれば、オンラインした途端にそれがわかる便利なシステムだ。
「こちらクリント、ハワユー?」
タケルのオンラインを見つけたヒロシが、すぐ話し掛けてくる。
『モニターOK?』のサインランプが点灯し、OKをクリックすると、ヒロシの顔が画面の一角に現れた。
ヒロシのディスプレーにも、タケルの顔が表示されていることだろう。
タケルはヒロシの顔を拡大した。
「こちらアントン、アイムファインサンクスエンデュー?」
習いたての英語で、タケルも返答した。
ヒロシが微笑む。
「ファイン! もうすっかり立ち直ったみたいだね?」
「ようやくね。もう多分大丈夫だよ」
そう言ってタケルは、いつもの笑いを見せた。
「治ったから、昨日フルメタルジャケット観たの?」
ヒロシの、フルメタルジャケットに関するいくつかのクイズに応えてから、タケルは言った。
「本当に気分良くなったのは、今朝からなんだ。タロウと公園に散歩に行って、走って汗を流したらすかっとした」
「近所のあの公園へ行ったんだ?」
ヒロシの顔が無表情になった。
「そうだよ。あそこは結構広いからね。でもタロウが変なもの見つけてね」
「何?」ヒロシの声のトーンが幾らか低くなる。
「タロウが唸りながら地面を引っ掻くから、近くに落ちていたスコップで掘ってみた」
「どの辺で?」
ヒロシの微妙な変化に気付かず、タケルは返答した。
「一番奥の茂みだよ」
「何が出て来たの?」
「何か気持ち悪い毛の塊だった。動物の毛だとは思うけど、気持ち悪いから途中で止めたよ」
タケルは身振りを交え、嫌そうに答えた。
「元に戻したの?」ヒロシの声は一層冷たくなった。
「いや、そのまんま」
タケルは屈託無く答える。
ヒロシは笑顔を見せて、快活に言った。
「最後まで掘ってみたら良いのに」
「いや、折角気分良くなって来たのに、変なものが出てきたらイヤじゃん?」
冗談じゃないよと言う様に、タケルは手を左右に振った。
「まあそうだね」
「そんなことどうでもいいから、ゲームしようぜ」
さあという感じで、タケルは手をぱんと叩いた。
ヒロシは画面のタケルを見詰め、一拍置いてから提案した。
「うん。じゃあ『一般回線ダイレクトモード』で対戦しようよ」
「おう。良いよ」即座にタケルは了解する。
「古戦場跡のエリアでも良い?」ヒロシがタケルの反応を伺う。
「もう俺大丈夫だから、どこだって平気さ」
「武器は? 剣でやろうか」さらに反応を見る。
「そうだな。銃じゃ負けそうだし」
タケルは、ヒロシの鮮やかなショットガン捌きを思い出した。
「じゃあ決まり、二人とも聖剣ムラサメでやろうよ」
ヒロシは冷たく微笑んだ。
「良いね。じゃあ行こうか? トミー頼むよ」
そう言ってタケルはICQを切った。
肘掛のリストバンドがタケルの手首に装着され、ヘッドギアが上から降りて来る。
生体情報を読み取ったトミーが、
「血圧、パルス共に正常、α
次いでトミーが、ディスプレーの壁紙をタクトでトンと叩くと、『オンラインゲーム星夜の誓』の、星空と聖剣をモチーフにした、見事なオリジナル壁紙に切り変わった。
続いてその壁紙に、重々しいドアが浮かび上がり、タケルはそのドアを押し開いた。
タケルは、崩れ掛けたビルの前の、瓦礫群のある広場へ出た。
そこは丁度、シンジ達とシュートミー対策を相談した場所だ。
満月の夜にやって来たその一画は、昼間見た印象とは随分と違っていた。
アントンとクリントは、二人ともレザーの戦闘服で身を固めていた。距離は十メートル。二人はお互いに剣を抜いた。
聖剣ムラサメが月光に輝く。クリントの剣も時折光って見えた。
風がびゅうと吹き抜ける。
どこかから場違いの三味の音が聴こえて来る。
アントンが一歩踏み出すと、尺八の音色が響いて来た。まるで江戸時代劇の決闘シーンのようだ。
クリントも一歩踏み出して来る。
さらに一歩ずつ踏み出すと、遠目にもお互いの顔が見えて来た。月に照らされた陰影で、その表情は読み難い。
さらに二、三歩詰めると、距離は約四Mに縮まった。
クリントがすり足で左に半歩寄る、その雰囲気は、最早いつものヒロシでは無かった。
「ヒロシ。お前もしかして剣道習ってるのか?」
思わずタケルは訊いた。
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