第五章 黒い美学

第39話 二宮タケルの復活

第五章 黒い美学


第39話 二宮タケルの復活


 梨本警視正は先ず、先日緊急増員した45人の刑事達の任を解き、元々の十九人+警視正+課長付の体制に戻した。


 そして新捜査方針に沿って、直ちに十九人を二つの班に再編成した。

 一つは捜査官九名に、坂井課長付をトップにプラスした、坂井西田班、もう一つは、捜査官十名編成の山岡班だ。


 坂井西田班は、高田ケンタロウを確保し、高田と石倉の家宅捜索を含む、周辺捜査を主として行う。

 山岡班は、山田ヒロシの周辺捜査および、江戸川台小学校の、外の三名の危険が予想される為、暫くの間、個別に彼らを監視することを主任務とする。




 午後五時に捜査会議が終了すると、二つの班は直ちに動き出した。

 既に山田ヒロシに張り付いていた、山岡班の澤田からは、午後五時過ぎに、今の所変わった動きは無いとの途中連絡があった。しかし、外部からはわからなくても、ヒロシは次の行動に出ていた。



 七月七日午後五時直前……

 二宮タケルも山田ヒロシも、それぞれ自宅のパーソナルトミーの前でゲームを始めていた。『オンラインゲーム星夜の誓』である。


 このゲームでは、大勢の参加するメインモードたる「オンラインモード」は、ゲームメーカーのオンラインサーバーの無期限サービス停止によって、プレー不可能になっていたが、何割かのプレーヤー達は、サーバーの復活を待つ間、それまでほとんど使うことの無かった「一般回線ダイレクトモード」を楽しんでいた。

 タケルとヒロシのゲームモードもそれだった。



 事件から四日間ほど落ち込んでいた二宮タケルは、昨日、二回目の警察の事情聴取が終わったことにより、立ち直りつつある自分自身に気が付いた。

 七月二日、三日、四日と三夜続いた悪夢は、遂にそこでストップした。

 五日の晩を安眠して過ごしたタケルは、六日の朝にはだいぶ楽になっていたのだ。


 それでも山岡警部補の事情聴取では、優しそうにしていても、この刑事は油断ならないとタケルは見抜いていた。そう思うと、怖さで顔は真っ青になっていた。

 監視についた教師が気遣ってくれたおかげで、二回目の事情聴取も無事切り抜けられた。そこからタケルの気分はすっと晴れて行ったのだ。


 恐ろしい経験をしたとは云え、そこはまだ十歳の小学五年生だ。悪夢がやむと、あれもただの夢の出来事のような気がしてくる。持ち前の元気さが少しずつ戻って来る。


 七月三日の朝、ヒロシからある映画のディスクを受け取っていた。その映画でも観てみようかという意欲が、タケルに湧いて来た。

 あの「古戦場跡」エリアの小ボス、シュートミーは、ヒロシによると、一九八〇年代のアメリカ古典映画で、スタンリーキューブリックと云う天才監督が作った幻の傑作戦争映画『フルメタルジャケット』に出て来る、ベトコンの女スナイパーだそうだ。

 シュートミーとの対決の後で、タケルが「それおもしろいの?」と訊いて、オールドムービーマニアのヒロシが「ボクは好きだけどね」と答えた。


「今度一緒に見てみようか?」とタケル自身が言ったからだろう。

 早速その翌日、ヒロシがその映画ディスクを持って来た。

 落ち込んでいたタケルはそれ所では無かったが、気分の良い時に見ればいいじゃんと言われて、押し付けられるように渡されたものだった。


 何かと気遣ってくれる親友ヒロシに対し、この数日間なんとも邪険な応対を繰り返して来た自分を、タケルは素直に反省していた。


 昨日の事情聴取後も、親友は気遣いの電話をくれた。

 そこでタケルは、仲直りの意味も込めて、七月三日に借りた『フルメタルジャケット』を今晩観るよと話した。



 観てみると、半世紀も昔の映画なのに、それは本当におもしろかった。

 映画の前編は、運動神経の鈍いデブの新兵が、鬼教官のイジメとも思える厳しい指導を、親友と慕う仲間のサポートを受けながら成長して行く。

 遂に厳しい訓練をきちっとこなせるまでになり、射撃に至っては百発百中の腕前になった。

 所が一流の兵士に育ったと思われたデブは、既に内側から崩壊していたのだ。

 親友のとったある行動が、最後の心の支えを奪ったからだ。新兵訓練卒業を前にして、デブは鬼教官を射殺してから自殺した。


 映画後編は、ベトナム戦争の米兵士の狂気を描き、そのほぼラストシーンで、問題の女スナイパーが「シュート・ミー」と言って、とどめを刺してくれと懇願する場面があった。

 なるほど、やっぱりあそこでは、ヒロシの言うように銃で殺さなければならなかったと、妙に興奮しながら、映画を観て初めてタケルは納得した。



 七日は学校が休みだった。午前中タケルは、久し振りに、愛犬タロウを連れて近所の公園まで遊びに行った。タロウと一緒に駆け回って、運動で汗を流したせいだろうか、タケルは事件前と同じ位元気を取り戻した。これもタロウのお陰だなと頭をなで、身体をさすってやると、タロウはいかにも嬉しそうに尻尾を振った。


 おや、風向きが変わったかなとタケルが思った時、タロウは急に興奮し、近くにある植え込みの茂みに飛び込んだ。

 タロウはしきりに地面を引っ掻き、うなり声を上げる。

 何かないかと周辺を見渡すと、小さなスコップが茂みに落ちている。タケルはそれを拾い、タロウの引っ掻く地面を掘った。


 誰かに掘られたばかりのような柔らかい土は、簡単に掘り起こせる。そして中から、汚い毛の塊が見えて来た。なにか気持ち悪いものを感じて、タケルはその手を止めた。

(折角気分が良くなって来たのに、汚いものはごめんだ……)そうタケルは思ったのだ。


 タケルはスコップを元あった辺りに放り出して、尚もうなり続けるタロウをそこから引き離し、紐を引っ張って家に帰った。


 タケルがもう少し掘り続けたなら、前足の片一方が切り取られた三毛ネコと、尻尾が切り落とされたクロネコの死体を見つけることができただろう。

 生前、三毛猫はミーコと云う名前で、クロネコの方はレオと云う名前で呼ばれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る