第38話 少年二人の会話
第38話 少年二人の会話
「そうだな。午後二時半位だろう」
「私もその時刻に、病院を出た高田ケンタロウが、錦糸町公園で小柄な少年と会っている所を見ました」
坂井はそう言った後、梨本に目で合図を送った。
梨本が大きく頷く。注目の少年達がそこで繋がったからだ。
「何だ坂井? 会議でその報告は無かったじゃないか」
山岡は坂井に、憮然とした目を向け、続いて梨本を睨んだ。
「ああ、それはこれから捜査方針の中で、高田ケンタロウの集中捜査を説明する時に話すつもりでした」
慌てたように坂井がそう言って取り成すと、山岡は横目でわかったと頷き、梨本に押し付けるような声で言った。
「じゃあその捜査方針も、幾らかは変わりそうですな」
「そうだな」
梨本はあごをつまんで答えた。山岡は坂井に向き直る。
「錦糸町で、ヤツら何を話していた?」
「二人は向き合っていましたし、周囲にも注意を払っている様子でしたので、あまり距離を詰められませんでしたが、超小型ガンマイクで音声を拾った所……風も大分強かったので……」
坂井は今更ながら、あの時の二人の少年の会話には、重要情報が含まれていたのではないかと歯噛みした。
「何だ? 何も聴こえなかったのか?」山岡の苦い顔。
「ええ、実は最初の方しか聴こえませんでした」
口惜しそうに坂井は答えた。
山岡は、いらいらした気分を隠さずに先を促す。
「聴いた所だけでも早く言え」
はい……と言って坂井は、会話の様子を次のように話した。
「ケンタロウが『お友達はどうだった?』と言うと、もう一人の小柄な少年、山田ヒロシだったのでしょうね。
小柄な少年は『二組の二人は大丈夫だと思う』と答えました。
ケンタロウは『アレが利いたのか?』と訊きました。小柄な少年は、ふふと笑っていました。その辺から風が少し強くなって来ました。
確かケンタロウが『あのイヌもお前が』何とかしたとか言ってました。
小柄な少年は『ケンさんがびびっていたからだよ』と答えました。
その後はずっと風で聴こえなくて、最後の方で、ケンタロウの『ああ、成功を祈る』と云う声だけは聴こえました」
梨本と山岡は、間近にいるかの様に顔を見合わせた。
梨本が壇上から、
「ではこれから捜査方針を発表する!」と凛とした声を出す。
刑事達の間に、ぴんと張り詰めた空気が流れた。
あの時、二人の少年の間ではこんな会話が交わされていた……
『お友達はどうだった?』と高田ケンタロウが、年下の小柄な少年に問い掛ける。
『二組の二人は大丈夫だと思う』山田ヒロシが、自信たっぷりに答えた。
『アレが利いたのか?』
『ふふ』
『怖いヤツだ』
『ケンさんに言われたくない』
『あの赤イヌも、お前がばらばらに切り落とした……』
『ケンさんがびびってたからだよ』
『俺には動物を傷つけることなんてできない』
『でも毒エサで殺したじゃないか』
ヒロシにそう指摘されて、年上のケンタロウは何も言い返せなかった。
その顔を見るヒロシの目には、不敵な笑みが含まれている。やがてヒロシは、悲しそうな顔をして横を向く。
ケンタロウは、その表情を疑わし気に見る。
『ボクだってあの時は、尻尾を切るのは怖かったんだ』
『笑ってたぜおまえ……』
『そう見えただけだよ』
『まあいいさ。で、トモダチはやるのか? もう止めた方が良いんじゃないか? 気が済んだろう?』
『ケンさんは、もう目的を果たしたから良いだろうけど、ボクのはこれからだよ』
『だって、もう腑抜けになったんだろ』
『ター君はしぶといよ。三日に貸したフルメタルジャケットのディスクを、今日観ると言っていたからね』
『もう立ち直ったのか?』
『ボクの敵は、ケンさんの敵ほどヤワじゃないからね』
『黒川のことか、あれほどあっけなく倒れるとはな……』
『ター君があのディスクを見れば、後は一般回線ダイレクトモードで、エリア別対戦に引っ張り込めば光線剣で斬れる』
『俺はもう捕まってもいいが、ヒロも捕まっちゃうぞ』
『ボクはまだ十歳だから、少年法で守られていて刑事処分されることはないよ。
捕まったとしてもただの
少年犯罪が深刻化して、十年前の二〇二三年に改正があったが、それでも十二歳未満は少年法で手厚く庇護されているのだ。
『オンラインでアンナを殺したター君は、事件に巻き込まれた被害者で済むけど、ダイレクトモードでヒロが殺したら、そんな訳には行かないぜ』
『今更何だよ。だったらあの日、ボクがター君もアンナも一緒に殺してしまえば済んだのに。そうすれば、ター君はアンナが殺したって言えたんだ』
『…………』
ヒロシの剣幕に、ケンタロウは呆然となる。
相手に与えた効果を確認すると、ヒロシは怒った顔を一転させ、笑い顔を見せた。
『映画のディスクに仕掛けがあるとは、誰も思わないよ。
それに光線剣だって、終わった後でボクのは消すし、ター君の分だってダイレクトモードなら消去できる。
元々消去しやすいように作ったオプションなんだから簡単だよ。例え消去しなくても、光線剣を聖剣ムラサメで認識しているんだから、プログラムを一から解析しない限り見つかりっこない。
あれは本当に良くできてるよね。石倉さんはやっぱり天才だ。相手が光線剣を出してから、初めて自己解凍プログラムが作動して、無敵アイテムの光線剣を認識する。その光線剣が消えれば元通りに戻るなんて、本当に凄いよ。
グッズに仕込んだデスだって、警察は見つけられやしないさ。第一、石倉のおっさんはボクのことは知らないんだよね?』
機嫌の良くなったヒロシは饒舌だった。
寡黙なケンタロウは短く返答する。
『石倉は知らないさ』
『だったら完璧だよ。警察に疑われるかも知れないけど、証拠は一切無い。結局はただの事故さ。ケンさんが捕まって、キョージュツすれば別だけどね』
『俺はヒロのことは絶対しゃべらない』
『だったら何も心配することは無いね』
『そうかな……』
『ケンさん、ひょっとして後悔してるの?』
ヒロシは下から、背の高い少年の目を覗き込む。
ケンタロウは、暗い目でその視線を受け止めた。
『後悔は絶対しないつもりだ……』
『だといいけどね。じゃあボクは帰るよ』
『ああ、成功を祈る』
『バイバイ』
『バイ』
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