第37話 ヒロシの行動

第37話 ヒロシの行動


 自分でも気付かぬ内に、また鼻に手先をやっていた梨本は、そこでううんと唸った。

「それだけじゃ何もわからんな」


「そうなんだ。でもな、俺がタケルではなく、ヒロシをつけさせたのは理由がある」

 瞑想するように目をつぶりながら、山岡はそう言った。


「どんな?」坂井の質問だった。


「事情聴取の際だ……俺はタバコもやらないしな、生れ付き鼻が利くんだ」


 思わせぶりな山岡の物言いに、梨本がつい切れる。

「何を言いたいんだ?」


「小会議室に二人が入って来てから、暫くすると血の匂いがした。それも微かな匂いだ」

 山岡は軽く目を閉じ、鼻をひくつかせる。


「それで?」梨本が先を促す。


「タケルには持ち物が無かったが、ヒロシは大き目のナイロンバッグを持っていた」


 ここは山岡に気持ち良く語らせようと、梨本は黙って次の言葉を待った。


「事情聴取が終わった後、俺は二人に近づいた。

 その時、ヒロシのバッグがその匂いの元だとわかった。

 それにな、入れ替わりに事情聴取の小会議室にやって来た二人組の一人が、ヒロシと入れ違い様に、何やらサインを交換していた。

 まあこっちの方は、俺はあまり重視してはいないんだがな」


「それだけか?」

 思わずそう言った。梨本は少し期待し過ぎていたようだ。


「その日はそれだけだ」

 まあ落ち着けとでも言いたげに、山岡は梨本を見やった。


「次の日は?」

 また期待が膨らんで来たが、それを抑えて、梨本はやや重々しく言った。


 山岡が、またもにやりとする。

「昨日の七月六日、二回目の事情聴取を四名同時に個別で行った。

 その時、重要グループの方の二人は、昨日とはまるで違っていたんだとさ」


 梨本の眉がぴくりと動き、坂井は瞬きを繰り返す。

「どう違っていたんだ?」


「二人とも昨日しゃべった外には、知っていることは何も無いの一点張りで、後はただ何かに怯えているだけだったようだ。

 村井シンジを担当した澤田は、そのあまりの変わり様に心配して『何かあったのかい?』と訊いた途端、シンジが逆切れして大興奮状態になってな。

 事情聴取に行き過ぎが無いように見張っていた、その教師の方が逆に平謝りだったと聞いている」


「当日の朝か、前日に何かあったのかな?」

 またもや梨本の高い鼻に指が行くと、何人かが予想していたように微笑した。


 刑事達の微笑が気持ち悪かったのだろう。梨本はこほんと咳をしてから両腕を組んだ。山岡は真顔を保っている。


「そうだろうな。個別事情聴取直前に、小学CAFEでタケルを除く三人が話していたのを観察したんだが…… ヒロシが泣きながら、何やら二人を説得しているようにも見えたが、断られたようだからな、やはりその前に何かあったんだろう。

 うん~……

 これは後で気が付いたんだが、その二人の住所が、昨日ヒロシが立ち寄った付近にあることがわかった」


 梨本は腕組みをしたまま山岡を見る。

「その二人の事情聴取が続いていた時間帯だろ?」


「そうなんだ。でも澤田が気付いたことがある」


「何だ?」

 そろそろ梨本と山岡の間にも、あうんの呼吸のようなものができてきた。


「ヒロシを見失ってから再発見した時、バッグの中身が薄くなったような気がすると言うのさ。

 薄いナイロン製のバッグに元々中身も少なかったようだから、僅かな変化にも気付いたんだろうぜ」


「なるほど……」


「昨日の事情聴取の後、四人の行動などを調査したんだが、ちょいと変わったことがわかった」


「それも報告が出てないぞ」

 そう言った梨本の声には、先ほどのような不満は感じられなかった。


「これも報告できる中身が無いんだよ。まだ直感のレベルなんだ」


「言ってみろ」


「うん。重要グループの方の二人、村井シンジの家では、七月三日から飼い猫のミーコが行方不明だそうだ。

 山野辺イチローもレオというオスネコを飼っているが、同じ日に行方不明になり、昨日現在では二匹とも帰って来ていない」


「黒川家のジョンの件を連想させるな……」

 梨本はそう言って目を閉じた。


 山岡は梨本を見てから、坂井に視線を移した。その坂井も考え込んでいる。

 ジョディから話を聴いた大男の広田は、眉間にシワを寄せ一点を見詰めている。その先にはきっと憎い犯人、高田ケンタロウが見えているのだろう。


「俺も今日の会議でそう思ったのよ。あのナイロンバッグの中身は、ひょっとすると、ネコの尻尾か何かが入った、二通の脅迫状だったんじゃないかってな」


「なるほどな」

 外にも残虐少年がいるのかと、梨本はいささかげんなりとした。


「それにな……」


「まだ何かあるのか?」


「二宮タケルは、事情聴取の後すぐ帰宅して、その後も外出してないようだが、山田ヒロシは帰宅してから少し遠出している」


「どこへ?」


「平成記念公園だ。暑い最中に何を好き好んでそんな所へ行ったのかな? あんな所に少年が楽しめるものがあるとは思えねえが……近所の人目を避けて、ネコの死体でも埋めに行ったのか?」

 山岡はそう言った後「それがわかればなあ」と呟いた。


 坂井ははっと気が付いた。

 平成記念公園とは、錦糸町公園のことだった。


「何ですって! 平成記念公園と言いましたか? それは何時頃ですか?」

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