第35話 山岡の指摘

第35話 山岡の指摘


 さて、アンナがその日の何時頃、どのエリアのどこのステージから始めるかについても、ケンタロウはチャットで情報を掴んでいた。

 アンナがケンタロウと普段からチャットしていたことは、チームの相棒北尾ケイからの再聴取でわかっている。それも、オフライン版『星夜の誓』のテーマチャットの頃から続いているようだから、その点から見ても、アンナをオンライン版へ誘ったのはケンタロウと見て良いだろう。


 アンナは、そのケンタロウが自分を殺そうとしているとは、夢にも思わなかった筈だ。そしてケンタロウは何らかの方法で、アンナのゲームプログラムに『光線剣』のオプションプログラムウィルスを侵入させていた。


 ここで私には一つ気になることがある。

 アンナの相棒北尾が、そのエリアの小ボスとの対決に敗れた後、例え必殺の光線剣を使ってアンナが小ボスを倒したとしても、何故一人だけで四時間もの間ゲームを続けたのだろうか?

 実は光線剣は、ウィルスを侵入させたと言うより、ケンタロウに、この無敵のアイテムがあれば、単独でも相当先まで進める筈だと騙されたのではないか。

 そして一度光線剣を手にすると、その光線剣を特定のステージまで進んで返さない限り、ゲームセーブが出来ないとしたら、アンナがせめてそこまで進もうと思ったとしても不自然ではない。

 この辺は最後に光線剣を使用して、アンナを斬った者に訊くしかないが。


 以上のように、本件においては、殺害時に犯人がどこにいたかは、決定的な要素では無いことに気付くだろう。

 犯人が殺人準備さえ整えれば、ターゲットはゲームの中で人を斬りまくり、最後はゲームと思い込んでいる『第三の人』から斬り殺されて終わるのだ。


 そして『第三の人』は、間も無く見つかるだろう。


 計画通りケンタロウは、黒川アンナを殺し、愛娘のアンナが殺されたことを知って、黒川新一郎はショックの余り心臓発作を起こして重体になった。

 また、石倉恵一は結果の恐ろしさに、自分が間違っていたことを悟った。

 そして、パーソナルトミーを超える、スーパーデジタルパソコンの開発にも目処が立たない為、使命感を喪失して自殺した……」


 長身頑健な坂井も、長い発表を終えてさすがに疲れたようだ。

 彼はコカエイドをぐいと飲み干して、椅子にどっかりと腰掛けた。刑事達はしんと静まっている。


 その刑事達を一渡り見渡してから、坂井の横で腰掛けていた梨本が、ゆっくりと立ち上がる。その梨本も、細身だが坂井に負けず長身である。


「坂井君、どうもご苦労様」と、疲労した隣の部下をねぎらった後、梨本は会議参加メンバーに対し、その端正な顔を向け、良く通る声で呼び掛けた。

「以上がこの事件を大胆に再構成したものであるが、何か意見があれば遠慮無く言ってくれ」


 中央辺りに座っていた、小柄で筋骨隆々の男からゆっくりと手が上がる。ベテラン警部補の山岡だ。


 梨本が山岡君と指名する。山岡は難しい顔をして立った。

「今の話は確かに良くできている。

 私は最重要グループの捜査をしていて、実は何か引っ掛かるものを感じていた。今の発表を聴いて、何が引っ掛かっているのか明瞭になったような気がする。

 発表では、最後の方の『第三の人』と云う所をざっと流していたな。

 きっとそいつは、うちの第一斑の捜査対象の中にいるんだろう。小学校五年生ってことで、あまり無茶なことができないから、まだ捜査不十分なんだが…… 


 実は、俺は『もう一つの殺意』を感じている。

 この事件はまだ終わっちゃいねえ。今も澤田を貼り付けてるから、もうすぐその辺もはっきりするとは思うんだが……」

 山岡は言い終わった後も、しきりに耳の下とあご先を掻く。


 梨本はそれをじっと見た。

「山岡君にしては、どうも煮え切らない物言いだが」


 山岡は、梨本の観察に間が悪そうな顔をした。

「そうなんだ。煮え切らないと言うか、気持ちが悪いと言うか、ぞぞっとするものを感じている。

 まあこんなオカルトめいたことを言ってもしょうがないから、なるべく論理的に言ってみようか」

 ちょいと天井を見やってから、山岡はそう言った。


「是非そうしてくれ。山岡君は何か掴みかけているんだろう?」

 梨本は、ベテランデカ山岡の勘に期待していた。


「じゃあやってみるか…… さっきのな、殺人犯のターゲット、黒川アンナはゲームで人を斬り続け、最後に、やはりそれをゲームと思い込んでいる『第三の人』によって斬られると言ったな?」

 山岡は坂井を薄目で見る。


 坂井は緊張した。

「ええ、そう言いました」


「それじゃまるで『第三の人』って野郎は、まあ女である可能性も否定できないがな、そいつは光線剣ってのを、偶然拾ったヤツなら誰でも良い様に聞こえるぜ」


 あんと言うように、山岡が下唇を突き出すと、坂井は突き放すように答えた。


「高田ケンタロウにとって、黒川アンナを殺してくれさえすれば、それは誰でも良いと思います」


「そうだな、その通りだ。アンナを確実に殺してくれそうなヤツならな」

 予測した答を引き取って、山岡はそう言った。


「どういう意味ですか?」坂井は思わず問い質した。


「黒川アンナは、それまでに九人も殺して来ている。例え必殺アイテムを使って無敵だとしても、あれだけリアルなゲームであれば、それはかなりの経験になる筈だ。

 だとすれば、アンナがその光線剣を捨てた後に、同じものか別のものかはわからないが、その光線剣を拾ったヤツなら、誰でもアンナを殺せるとは思えねぇ。

 大体からして、昨日一昨日で会った少年達に限ってみれば、それが出来そうなヤツは二人しかいねえよ。これは請合っても良い位だ」

 山岡はそう啖呵を切った。


 坂井は圧倒された。

 外の参加メンバーも、二人のやり取りに目を奪われている。

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