第27話 遺書と脅迫状

第27話 遺書と脅迫状


 ポリ袋に入れられたA4のペーパーに、ボールペンでへたくそな字が並べられている。

 それを受け取った中山は、梨本が見やすいように差し出した。

「これです」


「ふむ」

 書いた本人には明瞭なのだろうが、梨本は解読に少々手間取った。


 遺書と云うものは他人に読ませるのだから、もっと上手に書いてほしいものだと梨本は思う。


 中山はその考えを見透かしたように

「そうですよね。死ぬ前に書く遺書位は、落ち着いて丁寧に書いてもらいたいものですな」と言った。



 石倉の遺書は次のようなもので、署名も日付も無かった。

『パーソナルトミーを越えるスーパーデジタルパソコンは、俺にはどうしても作れそうに無い。俺の使命は終わった。

 黒川は死ぬだろう。俺も死ぬ。これで許してくれ。

 あの日俺達がやらなくても、外のヤツが同じ事をやらされていたに違いない、それだけはわかって欲しい。

 まあいいさ 死ぬ前に今更言い訳したって始まらない。俺は間違っていたし、最後にまた間違えてしまったんだからな』


(黒川? 黒川アンナとは別人のようだな……)

 その名を除けば、石倉の遺書の意味する所は、梨本にはわかるような気がした。


 ただ終わりの「最後にまた間違えてしまったんだからな」という一言が、梨本に対し非常に強い印象を与えた。


「このコピーもらえるか?」梨本は中山に要求した。


「お安い御用で。正式に通達を出していただければ、すぐにでも原本もお送りしますぜ」


「ありがとう」


(この遺書と、貴重品ケースに保管されていたという脅迫状を合わせ読めば、きっと何かわかるだろう……)そう梨本は期待した。

「脅迫状の方も、今すぐ見たくなったな」


「そう来ると思いました。これです」

 中山は別のポリ袋を、上下の確認をしてから梨本に渡した。


 これもA4版のペーパーだ。文面はワードプロセッサーによる出力だったので、石倉の遺書と比べ見やすかったが、文章の意味はわかりにくいものだった。


「ふむ」と言ったきり、梨本はその文章を暫く眺め続けた。



『トミーは、あの時死なせてくれと言った筈だ。

 Sはもう正気を取り戻すことは無いだろう。お前とKSのせいだ。俺はお前達を許さない。

 ベティを知っているか? トミーの妹だ。ベティもお前らを憎んでいた。

 ベティはトミー以上の天才だった。だからトミーの気持ちがわかってうんと苦しんだんだ。

 俺にとってトミーは兄で、ベティは姉だった。

 お前らは母と兄と姉の仇だ。同じ苦しみを分け与えてやろう

   TK                       』



「TK? こいつが脅迫者か。しかし……」

 梨本の灰色の脳細胞は、前頭葉部分で高速回転し、その結果ある結論を導き出した……


(この少し古そうな脅迫状は、いつ頃来たものだろうか?……自分の推理が正しければ、二〇三一年暮れから二〇三二年にかけてのものだろう)


「これは確かに古そうです。最近来たものじゃなさそうだ」

 梨本の思考の一部を透かし見たかの様に、中山は言った。


「そうだな、科捜研に回せばわかるだろう」

 別のことを考えながら、梨本は中山に合わせてそう答えた。


「これを千葉県警の科捜研に回しても良いですか?」


 中山は、すぐ警視庁の科捜研に回してくれという答を予期していたので、梨本の答がひどくあっさりしていることに拍子抜けした。

 その直後に、梨本が、既に事件の核心部分について思考していることを、中山は知った。


「ああ。あそこは優秀だからな。最終的にはこっちに貰うことになるかもしれないが、今はコピーを一枚貰えれば、鑑識の方は、ルール通り、すぐ県警でやってもらった方がありがたい」


「了解しやした」

 中山はそう答えてから、後ろで待っている刑事に二つのポリ袋を返し、コピーを取ってくれと指示した。


「それにしても、このトミーとかベティとかは誰なんだろうな?」

 梨本は、中山に微笑を含んだ目を向けてそう言った。


「その辺は、今の所全くお手上げで」

 中山は両手を軽く広げて見せた。


 梨本はにやっと笑う。

「私は大体見当が付いた」


「さすがにカミソリ梨本ですな。あ、これは失敬」

 中山はまた頭をかりかりと掻く。


(この中山は、中央の情報にも通じているようだ。警視庁は今人材不足……この男は是非欲しい)


 梨本は、事件と関係無いことを考える余裕を取り戻した。

「そんなことはいいさ。中山君、あんたも相当切れそうだ。警視庁に引っ張ったら来てもらえるか?」


「喜んで」

 中山は即座に返事した。梨本と云う男が気に入ったのだ。


「じゃあ、そろそろ現場を見せてもらおうか」

 梨本は、やや力の入ったセリフを吐いた。


「ちょっと汚いですぜ」

 害者を吊り紐から降ろす際の状態を思い出して、中山はちょっと顔をしかめた。


「首吊りをする前だけは、飲食を避けてもらいたいもんだ」と中山が呟くと、梨本は端正な顔をげんなりとさせた。


「現場を見るとムカムカする。それが嫌で最後にさせてもらったのさ」


「カミソリも仏が怖いんで?」中山は、梨本の顔色を探る。


「ああ。仏も怖いし、汚物まみれの仏は尚怖い。でもそれだけは内緒にしておいてくれ」


 二人の男は、石倉が首を吊った部長室奥の現場に歩みを進めた。

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