第11話

 心が枯葉のように散って、穴が空いているような気がした。昨日も早く寝たというよりは気絶に近いかもしれない。

 休日の朝早く起きるのはどうもそわそわしてしまう。しかし、どうも埃の溜まった空間に俺はため息を吐いた。

 階段を降りてリビングに入ると、真優ちゃんはすでに起きていた。彼女は俺に気づいていないようで、キッチンで朝食の用意をしている。

「いつも、この時間に起きているの?」

 俺が質問すると、真優ちゃんはびっくりした様子で、こちらに振り向く。

「今日も早い……」

 そう言いかけたところで、真優ちゃんは俺の全身を見て、あきれ顔を見せた。

「また制服のまま、寝ていたの?」

 そう言われ、気づいた。二日連続もこんな醜態さらすことになるとは思わなかった。

「昨日は、ごめん」

 昨日のことに、話を持っていく。そのことを言い出すと、真優ちゃんは呆れたように笑みを浮かべた。

「あれは、姉が悪いから」

 と一言置いて、そうだ、と自室へ戻っていく。そしてしばらくして、 一枚の用紙を持ってきた。

「実は来週の金曜日に授業参観をやるんだけど、来てくれない?」

 そう言って、真優ちゃんは俺に授業参観について、用紙を渡された。近づいてきた彼女から少し距離を取る。

 確かに、その日は丁度学校は休みなのだが――。

「美優さんに来てもらうといいよ。俺よりあの人のほうが都合いいだろう」

 そもそもどうして俺にこの話を持ちかけて来たのかよくわからない。真優ちゃんはどこか落ち着かない様子で視線を四方八方に泳がせて黙ってしまう。それからそうなんだけど……と視線も体もぴたりと止まったかと思えば思い出したように「そうだその日は姉さん仕事だから」と何だか誤魔化しているように見える。

「その日は確か美優さん休みじゃ」

「あ、え仕事。仕事が入ったって……」

 そうか。まあ、二日もまともに話していないのだから、俺が知らないのも当然だろう。そもそも話さないけど。それでもストークで何日に休みか連絡を入れるほど几帳面な人ではあるからどうも引っかかった。美優さんがいけないのは理解した。俺は用紙を手に取って保護者が来ることを厳守していないところを確認してから、話を切り出した。

「まあ、いかなくちゃいけない訳ではないだろう。今回はさ」「それじゃ……駄目なの」

 どこか深刻そうな表情を浮かべる真優ちゃんに俺は釘付けになった。それでも、そんな俺じゃなきゃダメとでも言わんとする彼女の表情を見ても、俺の心臓は一切の焦りもなかった。

「言いたくなかったけど、この日は少し友達と遊ぶ予定があるんだ。悪いけどいけない」

 咄嗟に吐いた嘘だった。仕方がなかった。ここに行くのは俺では場違いだ。それこそ、不審な目で見られて真優ちゃんを困らせるわけにもいかない。

 どこか歯切れが悪そうに真優ちゃんは唇を噛みしめる。

「その友達って誰?」

 まだ諦めが悪いようでそんな無駄なことを聞いてくる。

「昔川湖鷹って奴だよ。そいつと遊ぶんだ」

「その環野さんとの約束ってどうしても必要なの?」

「約束は先に取り付けた順だから」

 なんだろうか。その仕事と私どっちが大事なのみたいな質問は。どうしてそこまでいかなくちゃ行けないのか。「わかったよ」俺はそう溜め息を吐いてしまったけど、

それでも真優ちゃんは表情を広げる。

「俺から美優さんに相談してみるよ。もしかしたら、仕事休みにしてくれるかもしれない」

 真優ちゃんの表情が固まる。そんな表情をされても困る。俺は逃げるように立ち上がって自室に戻った。昨日の疲労感が戻っていなかった。食欲がなかった。そんな言い訳を心の中で呟きながら、さて、約束を嘘から本当にしなくちゃならなくなった。

 翌日。皺くちゃの制服は消臭スプレーとアイロンで済ませた。昼休みに環野を呼び出して「今週の金曜日何か用事あるか?」俺がそう聞くと湖鷹は待ってましたと言わんばかりに、お、と喉を鳴らした。

「丁度、俺もお前を誘うと思っていたところなんだ」

「それなら話が早くて助かるよ。どこでもいいから出かけよう」

「いいよ。場所は俺が選んでいいか?」

「ああ、いいよ」

 まさかすんなりとことが運ぶとは思いもよらなかった。いつもなら、湖鷹は何があったか聞いてきたりしてくるというのに。まあ、約束をこぎ着けられたのなら特に何か不思議がることもないだろう。

 放課後、今日は特に何もなく早く家に帰った。帰りたいわけではなかったけど、どこかに寄る当てもなかった。だから、早く帰ってきた俺を美優さんは珍しそうに見ていた。とはいっても、夕飯を呼ばれるまで何かを話したわけではない。夕飯も特に何か話したわけでもない。俺はカチャリと時々箸を瀬戸物に当てる音を出すだけで後は途切れ途切れ会話をしている美優さんと真優ちゃんの声が聞こえてきただけだった。

 風呂を入り終えるとリビングには美優さんだけで、真優ちゃんいつも自室で自習をしているらしい。前に聞いただけだから、今は知らない。俺も自室で夜を過ごそうとしたとき、美優さんに呼び止められた。また小言を言われるのかと心臓が身構えたけど、「ちょっと、真優の授業参観のことで」とのことらしい。

「私の代わりに言ってくれない?」

「無理です。友達と遊びに行くので。それに今回の授業参観は保護者がいかなくちゃいけないわけでもないでしょう」

「全体的にはね。でも、あの子の進路のことで面談が個別であるのよ。私も行きたかったのだけど仕事がね」

「申し訳ないですが。いけないです。俺は約束を取り付けた順なので」

「その子とはいつでも遊べるでしょう。お願い私たちは家族でしょう」

 その押し付けがましい口調に、当たり前のように家族という言葉を使う浅ましさに俺は理性が聞かなくなってしまった。

「無理と言っているでしょう。そうやって、都合のいい時に家族なんて言葉を取り出して強制させないでください。いいいですか。俺とあなた達は違う。腹違いどころか血筋すら繋がっていない他人なんです!だから、俺はあなた達と

馴れ合うつもりは」

 そう言いかけたけど、背中から階段を勢いよく上る音が聞こえてきて、俺に理性がまた掛かった。美優さんもその音に気付いたのか目を見開いてから、頭を抱えだした。そして、俺を咎めるように声を細くして呟く。

「どうして、あなたいつもそうなのよ。こんだけ、私達は家族になろうとしているのになんで、あなたはそうやって否定するのよ……真優が、真優がどれだけあなたを思っているのか考えなさいよ……」

「そんなこと言われったって……血すら繋がっていないんだ。無理ですよ」

 それしか言えなかった。距離を取った方が都合がいい。その方がお互いのためと思って、思う様にして、俺は自分の醜さを幸せな家族に近づけたくないだけなのだから。



 


 

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