第9話

 喫茶店で一時間ほど潰して、やっと帰れると思った。そこからまた、少し本屋だったり、雑貨店を回って、気づけば、日は落ち切っていた。

 栖原さんが先頭で体を揺らしながら駅に向かう背を追いながら、また烏山と二人になった。

 気まずい、と思ったが、烏山はボソッと何かを呟いた。俺が聞き返すと、彼女は俺から顔背けて言い直す。

「さっきはごめん言い過ぎた」

 謝ってくるのなら、謝り返すのが日本人としての礼儀だろう。

「いいや、あれは俺が悪い。すまんかった」

「正直、一昨日のことも、昨日のこともありがとう。どうすればいいかわからなかったから」

 それと、と続けて、

「あんたがそっち側じゃなくてよかった。これで、私も少しは安心できる」

「そっか」

 ふと、烏山はこれでいいのだろうかと思った。俺と彼女の関係は本当にどうでもいいのだが、それでも、彼女はあそこに居続けるべきではないと、膿のように膨らんでいた。それを割らない様に、俺は口を紡いでいた。

 駅の方まで戻ると、帰りは栖原さんと一緒だった。夜も遅いということだったので、送っていくことになった。烏山からは、指を指されながら、何かあったら許さないから、と睨まれながら電車を降りた。

「どうだった?」

 と言われても困る。

「ただ振り回されただけだった」

 そう文句を言うと、栖原さんはくすくすと喉を鳴らして、そうじゃなくて、と否定した。

「雛、やっぱり苦しそうだったから」

「それは、俺と会わせたからだろ」

 そうはぐらかすが、だから、と不満を募らせるかのように言葉を伸ばした。

「私は、雛が少しでも気楽に生きれるようになってほしいの。親友だから、辛い顔はしてほしくない」

「じゃあ、あのキャラを止めればいい」

 これは正論のはずだ。栖原さんがあのイタいキャラを止めれば、少なくとも烏山はが辛い思いをすることは少なくなるはずだ。

「できるなら、そうしたいんだけど。私には待ち人がいるから」

 何を言っているのだろうか。待ち人なんて、そんな突拍子ない単語で俺は混乱する。

「昨日、言ったでしょ。デウスエクスマキナ。いつかきっとその人が助けてくれるって私は信じているの」

 ――。

 栖原を見る。彼女はただ真っすぐと続く歩道の先を見ているだけ。

「馬鹿々々しい。そんなやつ」

「いるよ。私はずっと待っている。雛もきっと」

 俺の言葉を遮って、栖原さんはさらに続けた。

「私ね、小学校から無口で、一人ぼっちだったの。寂しさも慣れて来たって思った小学校四年にね、雛が転校してきて、放課後一人で絵を描いていた私に言ったんだ」

 そう前を言って、栖原さんはまた変なポーズを取り出す。

「童に選ばれるとは中々だな貴様、眷属してやろうって、どこかで見たことあるキャラだなって思ってさ。私つい嬉しくて、それから友達になった。学校では話さないけど、お互いの家で遊んだり、服着せ替えっこしたり」

 栖原さんの口元が締まって皺になっていくのが見えた。

「そういえば、なんで君が、湖鷹と面識があったんだ?」

 一瞬、なんのことかと、栖原さんは顔上げる。ああ、理解した様子を示して

「昨日、昼休み終わる前に、環野君と連絡必要ならやっておくよってストーク交換したの」

 少し違和感が過った。しかし、どうもぼんやりとした感覚で、もどかしさを覚えた。今気にしても仕様がない。

 一応、と前置いて、

「ストーク交換しておくか?」

 別に何か思ったわけではない、はず。

 間が開いて、栖原さんが黙っていることが不安で、見るとあからさまに嫌そうな顔をしていた。

「違う。断じて、そんな下心があるとかじゃない」

 きっぱり言うと、栖原さんは冗談だったのか、クスクス、と笑って、

「違うよ。うわ、陽キャムーブだって顔だよ」

 と弁解した。どちらにしろ嫌なんじゃないか。

「一応は、一応だ」

 そういえば、グループないでストークを交換しているのは、湖鷹だけだなとふと思った。

 栖原さんはじゃあ、と言ってスマホを取り出す。

「私、厨二病で陰キャだから、しつこく連絡するけど」

 なんて脅し文句にもならないこと言って、

「何だよそれ・栖原さんはそういうキャラじゃないだろ」

 無意識に、クス、と口角が上がった。

 ストークを交換して、じゃ、私はここだからと言って、別の方向に背を向ける。手を振る彼女に俺もそうする。

 しばらく歩いて、住宅街に入った。――カレーか?

 どこかの家族の夕食の匂いがした。

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