第8話

 向かった先は世界の人気ブランドのバリクロだった。

「なんで俺までも」

 溜め息を吐いていると、栖原さんがこちらを睨んできていた。ほら、行くよ、と促され、先を行く栖原さんの元まで向かっていく。

 とはいえ、栖原さんと烏山さんが服を選んでいる中、俺は適当に店内を見回っていた。女子の買い物は長い。そろそろ、見飽きて、さらに数十分経ったところで、栖原さんに試着室に呼ばれた。

 烏山さんがいないということは――。

 烏山さんは中から試着質のカーテンをじりじりと開いて、顔を覗かせる。そして、俺がいるのを確認すると、なんで、あんたが、と愚痴を言われながらも試着した服を見せた。

「どう?」

 別にどうってことはない。ただ灰色のロングスカートに変えただけだ。と思っていたのだが、栖原さんは気に入っていないようで、

「パーカーちゃんと脱いで」

 と指示すると、烏山さんは少し文句を言ってから俺を一瞥してからパーカー脱ぐ。そっと目を逸らしてから、また見ると、スカートというよりもVネックが深く入ったワンピースでその下に藍色のタートルネックを着ていた。

「どうよ?」

 栖原さんは自慢げに俺にドやるが、俺が固まっているせいか少しづつ不安そうに表情が崩れる。これはまずいな。

「どうなのよ?」

「いや……」

 ずっと何も言わない俺に嫌気が射したのか、烏山さんが促す。

「その、パーカーを着ていた方がいい。なんか多分、そっちの方がいい」

 何を狼狽えているのだろうか。どうも視線が合わせられない。口角が震えるどうも気持ちが悪かった。

 ついには俺はその場にいることに耐え切れず、試着室のところから出て行ってしまった。止める栖原さんの声も聞かずに、バリクロエリアからでて、近くの柱に寄りかかる。

 しばらくして、烏山さんが元の服装に戻って、俺の隣に立った。

「あんたのせいで、ハルの服選びにさらに拍車が掛かっちゃったじゃない。で、なに突然、離れて」

「いや、なんか、ああいう服は俺が最初に見るべきじゃないだろうなって思って」

 何言ってんの、とじとっとこちらに視線をやる烏山さんから俺は視線を逸らす。

「そういえば、教室とキャラ違うじゃないか」

 皮肉交じりに言うと、烏山さんも頷いて、溜め息を吐いた。

「ほんと、あんたにだけは見られたくなかったわ」

「それこそ、なんであのとき、倒れている栖原さんを助けようってしなかったんだ。あの時、俺が行くよりも君が言った方がよかったろう」

 別に責めているつもりはなかった。どちらかと言えば、あの苦しそうに、助けたくても助けられない、覚えれている子供ただ見ているだけの人のように見えたから。

「私にあの子を助ける権利はないの」

 え、と思わず、彼女を見る。沈んだ表情をさらに俯かせ、泣いてもいないのに、泣きはらした後のように瞼は冷めていた。

「私ね。昨日と同じこと、中学の時あったの。ハルは教室ではいつも無口だからって、同じグループの子が悪口言ってて、咎めることも誤魔化すこどころか、私も空気に流されてあの子の悪口言っちゃった。それを、あの子に聞かれて」

 烏山さんは、ははっと乾いた笑いが宙に飛んでいく。上を見上げた表情は、自称するかのように、心地良さそうで、反面、取り返しのつかないことをしたように虚ろだった。

「そんな悪口を聞いたハルが、どうしたと思う?」

 その問に昨日のことが蘇る。

「グラスマキナなんてキャラを演じ始めだして、わざと人に悪口を言われるようなことをして」

 そんなことを言われても、皆が理解してくれるわけでもない。むしろ、さらに馬鹿にされるか、本当に可哀そうな人扱いされるだろう。

「まるで、あの時私を助けてくれた子のように」

 そう言って、俺から離れる。

 背を向ける烏山さんに俺は何か言うべきではないのだろう。でも、言わざる負えなかった。

「じゃあ、あんなくだらない奴らのことなんか、捨てて栖原さんと関わればいいじゃないか。本当に親友なら、そうするのが」

 振り向いた彼女の表情が俺の言葉を詰まらせる。

「じゃあ、あなたは耐えられるの?陰で悪口を言われて、またいじめられるかもって怖くて、あなたのように、何もなかった人生を送ってきたわけじゃない。そんな器用じゃないのよ。のらりくらりと、どうでもいいような顔をして、私はあなたが私をいじめていた取り巻きの一人じゃないかってすごい不安だった」

 だから、探りを入れていたのだろう。

 烏山という人間は勝手が過ぎる。俺は無関係だというのに、勝手に怖がられて、勝手に疑われて、理不尽極まりないじゃないか。そんないじめられたという話をされて、気づかなくてごめんだとか、助けてあげられればなんて、そんな軽い言葉を吐けるはずがなかった。

「友達じゃない」

 その一言に疑問を持った烏山は顔を上げる。

「よく勝手に話かけて来たんだ。ただ、そんな関係だった。あいつは見返りなんて求めなんかいなかったよ。人を助けているとすら思っていなかった。どこまでも、悪役を演じていた。いつだって嫌われる人は必要で、それが自分ならそれを担うまでって言っていた」

「その子のことは本当に何にも知らないの?名前も?」

「グラスマキナ、じゃないのか」

「はぐらかさないで、私はただ、あの子に感謝したいだけなの。なんでそんなに拒むの?」

 言えるはずがない。友達でもない何でもないあいつのことなんか。

 歯切れが悪そうに、鈍い表情をする烏山。多分俺も同じ表情をしていたと思う。

「ねえねえ」

 突然声がしてその方を向くと、栖原さんが両腕に紙袋二つずつと、服を持ってやってきた。

「この服どう?」

 何事もなかったように、烏山は呆れ顔を栖原さんに写す。

「買いすぎじゃない?」

 俺も烏山と同じように、苦笑を浮かべていた。きっと、もう、この二人と出かけることはない。そう思うと、少し肩の荷が下りる。休日が明ければ、あのグループは元通りで、栖原さんも変な人としてキャラを演じる。

 こういう、服に時間をかけるところとか、平気で感情を表にだすところとか、変に気を遣わなければいけないところとか、そういう浅ましい女が俺は嫌いだ。そう――言い訳を作って、顔を上げる。

「そろそろ帰ろう」

 そう促すと、栖原さんも頷いて、

「うん、喫茶店行ったら帰ろう」

 と俺の提案をさりげなく拒否して、烏山の腕を掴んだ。

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