第7話
まさかの会って欲しい人が、いつも学校で会っている烏山さんとは思いもしなかった。なんなら、栖原さんよりも会っている。そのことは彼女も知っているはずだ。
では、なぜ学校ではなく、と一瞬思ったが、そんなの考える必要もない。栖原さんは学校では異端児で烏山さんはクラスで言わば陽キャと言われているグループに属している。
そんな烏山さんが栖原さんに気さくに話しかけることなんてできるはずもなかった。それにしても、烏山さんと栖原さんの言い合いを見ていると、やはり、栖原さんがあのキャラを演じていることに違和感を持った。
「で、これは、どういうことかな?」
二人の喧嘩を待っている余裕はない。俺がそう聞くと二人、部外者を見るような目で首を傾げる。栖原さんが俺を呼んだはずなのだが、なぜそんな顔をするのか。
「あの、ちょっと待っててくれる?」
と、俺を差し置いたかと思えば。
「いつもいつも、言っているけどさ、なんでそんなに服のセンスがないの?上下も、帽子も黒だし、芸能人でもそんな誤魔化し方しないよ。芸能人じゃないし、不審者か」
「うるっさいわよ。あんたが選んだ服どうやって着こなせばいいのよ」
「ちゃんとコーデ送ったじゃん。それ着ていけばいいでしょ。しかも、男子がいるなかでなんで……」
目を伏せて滅入っている栖原さんに、烏山さんは気まずそうに顔を逸らして、ボソッと呟いた。
「いや、だって、着ようとした服がちょうど、乾いてなくて」
「また部屋着で使ってんの⁉ほんっとうにありえないから!」
栖原さんは俺が知っているキャラとは思えないほどの言動と表情で捲し立てる。
「おっけい。ストップ。一旦栖原さん、落ち着こう」
彼女を宥めると、少し不満そうにこちらを見て、
「逆に聞くけど、環野君はこういう彼女と一緒に出掛けたいって思えるの?」
「いや、環野君は彼氏じゃないし」
怪訝そうに俺を見てくる烏山さんに、俺は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「で、どうなの」
栖原さんは俺に目を合わせてくる。いや……と言葉を詰まらせる俺に、烏山さんも不服だったのか、環野君、とこちらを睨んできた。
「まあ、でも、これからだから」
なんの励ましを言えばよかったのか。烏山さんは、不貞腐れたように視線を俺から逸らした。
ていうか、そんな茶番をしている余裕は俺にない。
「そんなことより、栖原さんが会わせたい人っていうのは、烏山さんでいいのかな?」
俺が聞くと、烏山さんは嫌そうに溜め息を吐いた。
「ハル、なんでわざわざ環野君と会わなくちゃいけないの?それこそ、あなたよりも顔は合わせているし、遊びにも行っている。なのに」
烏山さんも栖原さんに疑念を持っているようで腕を組んで、警戒しているように見えた。
俺も同じことを聞きたいのだが、なんとなく会わせたい事柄はわかっている。ただその意図がどうもつかめない。
栖原さんは真剣な表情で烏山さんを見る。
「雛ちゃんを助けてくれた人、たぶん、環野君だよ」
そんな名前だったけか、烏山さんは栖原さんの告白に、目を見開く。そして、ゆっくりと、俺の方を見ると、まるで嘘かのように苦笑う。
「いや、嘘でしょう。なんのこと言っているの?」
「ううん。だって」
と言って、栖原さんはなんか変なポーズを取り出した。
「我はグラスマキナ、どうした?人の子よ」
そう昨日見せたようなキャラを突然公共の場で披露し始めた。なんで、そんなことが平然とできるのか困惑してしまった。通りすぎる数人がこちらを見る。
俺が頬をぴくりと痙攣している中、栖原さんの横で耳を塞いで、俯きながら悶えている烏山さんがいた。どうやら、通りすがりの人等は彼女を見ていたようだった。
「まって、本当にやめて。わかった。私が悪かったから、ハル本当にやめて」
烏山さんは懇願するように、栖原さんの服の裾を掴む。
「ふっふっふ、どうした?一人で、いいだろう。童の眷属にしてやろう」
「もういいからぁあ!」
烏山さんは泣き叫ぶように大声を上げる。
俺は、一体何を見せられているんだ。どうして、この異様な光景を見るためだけに、休日を使っているのだろうか。ああ、湖鷹のせいだ。
「えっと……栖原さん?そろそろその辺で」
俺が止めると、栖原さんも満足したのか。変なポーズを取りやめて、ごめんってば、と栖原さんの頭を撫でる。
「えっと、つまり、どういうこと?」
「雛ちゃんは、小学校の頃にあることで、助けてもらったらしいの。それがこのキャラを演じていた人。このこと知っているってことは、助けてくれたのは環野君なのかなって」
「ちょっと待って」
先ほどまで、悶えていた烏山さんが、死にそうな表情になりながらも顔を上げて、栖原さんを引き留める。
「それで、こいつが私を助けてくれた人なんて、軽率すぎるでしょ?それこそ、逆かもしれないじゃない。それに」
烏山さんはそう言いかけて、やめた。これ以上話しても意味がない、と言ってまた俯いてしまった。
答えを待つかのように、俺を見る栖原さんと目を合わせることが出来なかった。
「俺じゃない」
こればかりははっきりと言わないと、と思った。その言葉に安堵したのか、失望したのか烏山さんは深く溜め息を吐く。
「じゃあ、あなたはいじめる側だったの?」
いじめという単語で確信した。今沼小学校ではいじめがあった。それの被害者の一人が烏山さんだったということだ。忘れていたというよりは知らなかった。知ろうとしなかった。
「俺はいじめる程、度し難いわけではないし、いじめられる程標的にされる要素はなかったからな。ただ、まあ、まさかいじめの被害者が君だったとは」
よかった、とふと上がっていた肩が落ちた。
「そう。ならよかったよ。もし、私をいじめていた人だったら」
そこで、また烏山さんの言葉が途切れる。なんて言おうとしていたのかはわかっていた。でも、その重い雰囲気に口出しするのは到底かなかわなかった。
きっと烏山さんが俺に話しかけてきたのはそれが理由だったのだろう。
「とはいえ」
そう烏山さんが前置き、
「そんな君が、なんでそのキャラの子のことを知っているの?友達だったとか?私、その助けてくれた子の名前とか知らないの。連絡先も、家も、だからもし知っていたら」
「ない」
俺は烏山さんの言葉を遮る。これ以上、話せるはずがない。
「もうそのことは関わっていない。連絡先も家も俺はもう知らない。知りえっこない。友達でも……なかった」
握る手に汗がにじむ。友達でもない奴のことなんか俺には関係ない。
どれほどの沈黙だったろか。周りの他人ですらも立ち止まって黙っていたように感じた。このどうしようもない空気のなか、
「よし、とにかく服屋にいこう」
そんな読もうとも考えない栖原さんがそんな提案をしてきた。どうして突然、服屋にと思ったが、やはり彼女の意図は掴めない。いや、むしろチャンスかもしれない。
「そうか、じゃあ、用が済んだなら俺は帰る」
そう言って背を向けると、栖原さんは俺の腕を掴んで、エオシの方向へと引っ張っていこうとする。
「何?」
その予期しない栖原さんの行動に俺は困惑を隠せずにいた。
「いや、雛の服のセンス絶望的だから、選んでもらおうかと思って」
どうしたらそうなるんだ。この子は、どうも距離感がバグっているらしい。烏山さんの様子を伺うが、彼女も溜め息を吐いて、栖原さんの後を黙ってついていった。
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