第4話

 ――よお、久しぶり。

 別に忌日ではないというのに、俺はお前の元まで来ていた。どうせ、口で言っても聞こえていないだろうから、心の中でとどめておく。

 まあ、今日は供え物なんて持ってきていないから、すぐ帰るけど。


 帰る頃には日は落ち切っていた。玄関を開くと、一人の少女が嬉しそうに、リビングから出てきた。

「雫お兄ちゃん、お帰りなさい。先ご飯食べる?」

「いや、いい」

 環野真優(たまのまゆ)ちゃんの迎えに生返事で返して、自室に戻ろうとしたとき、もう一人の女性が引き留められた。

「ちょっと、雫君、帰ってくるの遅いよ。連絡くらいしてくれても良かったんじゃない。真優、ずっと夕飯待っていたんだよ」

 俺を咎めるように睨みつける環野美優(たまのみゆ)さんは一つ深い息を吐いて、

「荷物置いて、さっさと降りてきて。夕飯、私も真優もまだ食べていないんだから」

「俺のことは放っておいてください。別に家族でもないんですから」

 悲鳴を上げるように、小さく息を吸う音が聞こえた。

 美優さんはちょっと、と言って俺を呼び止めようとしたが、そんな声も無視して、自室に戻っていった。

 暗い部屋の中で、ベットに倒れ込む。

 そういえば、栖原さんが合わせたい人とは誰のことだろうか。それを聞く前に、逃げられてしまった。なんで、あの人が、あのキャラを知っているのだろうか。何故わざわざそんなキャラを今になってもそうしているのだろうか。

 何度も何度も思考を巡らせても、やはり見当はない。というよりも考えること自体、邪魔されている気分だ。むしろ、そうやって考えるようにして、美優さんや真優ちゃんのことを考えないようにしているのだ。

 環野という苗字だが、取ってつけたような他人行儀の物だった。なぜなら、環野という家系と俺は血が繋がっていない。前の母と浮気相手の子が俺だった。このことは、今は父と俺しか知らない。二人に言えるはずもなかった。

 だからといってじゃあ家族の振りをするというのも、いささか後ろめたさを感じる。父も再婚したためか、完全にあの二人を自分の娘として扱い、俺は腫物のように冷たくなっていた。

 そんなことになるのなら、俺は生まれてこなければよかったと思い返すたびに思う。だからこそ前の母は嫌いだし、なんとか受け入れようとする真優ちゃんや美優さん、その母親の気遣いが気持ち悪く感じてしまう。

 でも、やはり、どうも二人の、あの、特に真優ちゃんの気を遣うような態度が心苦しいのだ。何かと、俺を兄としてみようとする、あの子の純真さと言えばいいのだろうか、むしろ腫物と扱ってくれた方が楽だというのに。やはり――俺は女が嫌いなんだ。

 嫌いというのは、あの特有の読まなければいけない雰囲気だったり、陰湿な陰口だったり、男もする奴はいるのだが、やはり、女が多い気がする。

 前にいじめの男女比に差は見られないと書いてあり、なんなら、男の方が多いという傾向があると出てはいる。しかし、俺からしてみれば、そいつらは表だっていうのだから目立っているだけで、女は見えないところでやっているという見解が支配して、どうも信じきれない。

 それに、男というのはただ馬鹿にしているつもりでいじめを自覚していない。ただ、女子は明らかに悪意を感じられるのだ。だから俺はそういう浅ましい――いや違うな。

 俺は腕で目を伏せて、暗闇を作る。心地の言い温もりが目元に籠っている。しかし、手や足先はどうも冷たい。でも、まだ暖房をつける季節ではないから。

 俺には親友という奴がいない。

 湖鷹もその取り巻きにも、どうしても心の底から気持ちのいいものを感じれない。

 そう考えると、俺には学校にも家にも居場所がないことになるな。笑えてくる。誰かが俺に、因果応報だと言ってくれるならどれだけ楽なのだろうか。

 ふと目の奥に圧迫感を感じて、さすがに乗っけていた腕をどかすと、暗さに目が慣れていた。というよりも、扉の隙間から漏れている廊下の光が少し、部屋に侵食しているせいか、真っ黒というよりも灰色がかっている。

 それからしばらくも経たないうちに、足音が聞こえてきた。灰色がかった部屋に少し影が深くなる。

 美優さんかと思ったけど、その声はいつも、不安に満ちている真優ちゃんの声だった。

「あの、おにい、雫さん……。すみません。降りてこなかったので

、先にご飯食べちゃいました」

 わざわざ、そんなこと言う必要なんてあるのだろうか。多分家族でもそんなことは言わないと思う。そうやって、気を遣われると本当にお互い気まずいだけなのだから。なんて、口に出すことは出来ない。善意を押しつぶす勇気なんて俺にはないのだから。

「もしかして、寝ていますか?そうだったら、すみません。じゃあ、私はこれで」

 ふと、そういえばと、枕元にある写真立てを見る。笑顔でピースをしているはずの少女と、そいつをうざったらしく眉を顰めて睨みつけているはずの小さい頃の俺。二人で写っている写真は影のせいで顔がよく見えていない。だというのに、幻覚を見ているかのように、はっきりと表情は読み取れてしまう。

 心臓が気持ち悪く締め付けられる感覚がした。一つ溜め息が出た。そういえば、真優ちゃんは中学生かと、比べてしまった。俺はもう高校生か。

 

 


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