第3話
俺は一つ溜め息を吐いて、栖原さんから目を逸らす。
「昼のキャラはどうしたの?」
俺が指摘すると、栖原さんは気まずそうに、いや、あれは、と言って言葉を詰まらせた。
どうして、栖原さんは学校の時にあんなイタいキャラを演じているのだろうか。それこそ昨日、我が力が漏れるだとか内なる悪魔が、とか言っていた方がそれらしい。まあ、それだったらなおさら助ける奴なんていないだろうが。
「それで、話って何?」
さっさと終わらせたくて、促す。罪悪感で、栖原さんの顔を見たくなかった。
「お金、返そうって思って」
「お金なんて貸してないよ。君の思い違いだ」
帰る、と言って、栖原さんの隣を通り過ぎたとき、腕を掴まれた。頬がピクピクと震える。唇を噛んで、なんとか我慢する。
「あのね。あの時、君が助けてくれなかったら」
「助けたくてそうしたわけじゃない。仕方がなかったんだ」
俺が腕を引こうとするが、それでも離そうとしない。
「ちゃんとお礼を言わせて欲しいです。助けてくれてありがとう。あの時君が助けてくれなかったら私は、命の危機もあったから。仕方がなかったとしても」
俺は感謝される資格なんてない。あのグループに入っている以上、余計なことを言えば、俺は後ろ指を刺されなければならなくなる。
だから、どんなに痛くても、俺は自分が嫌った醜い行為を続けなくてはいけない。
「感謝も金も返さなくていいから」
――だからこの手を放してくれ。
栖原さんの深呼吸するのが聞こえた。その息遣いが、異様に、心地よくて、つい振り向いてしまった。
「ふっふっふ、貴様らが妾を愚弄したことはしかと聞いていたぞ。仕返しされるやら、呪われるやらそんなくだらない戯言ほざきやがって、そんなことで怒ったり、傷つくほど心は狭くない」
そのハキハキとして胸を張る、厨二病の栖原晴瑠に俺は笑いが堪えられなかった。
「なんだよそれ」
「それに、貴様のようなやつを卑怯だとも思わん。一人の可愛い女の子を守ったのだ。誇れることをした」
今、自分のことを可愛いと言ったか。本当にイタいやつだ。今まで関わってきた女とは違う。
「わかったから、もういい。だけど、聞こえていたなら本当にすまなかった」
俺が謝ると、栖原さんは恥ずかしそうに俯いて、首を横にふる。
「本当に傷ついていないの。だって、いつだって嫌われる人は必要でしょ。それが私だって言うのなら、それを担うまでだよ」
どこかで見たことあるな、なんてそんなことを一瞬思ったから――。
「だからそのキャラかよ」
「えっと……いや、そうじゃなくて、キャラではない!妾はこの女に体を借りている。言わば共同体だ。いくつもの転生を繰り返し、いずれはこの世界の支配者になり、この世を絶対悪に染めるその名も!」
「グラスマキナ」
この空間の時間と共にえ?と栖原さんが止まる。実際、グラスマキナとやらが止めたのだろう。
「その設定、色々突っ込みどこありすぎるだろ。世界の支配者になろう者が妾って、へりくだっているし。体を借りているから、共同体ってよりも寄生の間違いだろ。なんだよ。デウスエクスマキナの裏の存在って、そもそもあれは演出技法で、神じゃないし。そもそも、女とは嫌いな設定なのに、なんで女に体を借りているんだよ。本当に、くだらないよな」
いや、何を言っているんだ。ほら、栖原さんも困惑している。
あの時のことはもう終わったことで、もう、いないんだ。
「ごめん。変なこと言った」
「なに、デウスエクスマキナの裏の存在って、女嫌いな設定って、私そんなの知らない」
「あ、だから、前にちょっとあったんだよ。そういう厨二設定があったんだ」
そうじゃなくて!と栖原さんが叫ぶ。
俺が顔を上げると、まるで探し物が見つかったかのように、大きく目を開いて、深く胸を降ろしていた。そして、いや、と少し詰まってから、覚悟を決めたかのように、変なポーズを取り出した。
右手の三本指を額に当てて、左手は腰に当てている。自分の喉が震えていく。吐き出した息が、肺を凍らせていく。
「えっと、そうだ。貴様、忘れたとは言わせんぞ。我が表の存在。デウスエクスマキナ、久しいな。この日を待ちわびていた」
「なんだよ。なんで、栖原さんがその存在を知っているんだ」
俺の言葉に確信したのか、やっぱり、と俺に近づいてくる。どしどし、と俺の顔を覗くように上目遣いで見上げる彼女に、俺は逃げ道を失った。
そして、もう一度俺の腕を掴んで、
「あの、明日、会って欲しい人がいるの」
夕陽の中あの時の思い出が今、俺と再会した。
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