閑話 Let Me Be With You
わたし、メモリア第二世代“LILLY series”。もらった名前は「サユリ」だよ。髪色の設定は「亜麻色」、瞳の色は「緑色」なの。少女型モデルなんだ。……メモリアっていうのはね? この世界で流行ってる“人型端末”のこと。つまりわたしたちは、喋ったり動いたりできるパソコンみたいなものかな。
……そんなわたしには、目下、悩んでいることがある。
Let Me Be With You
「ふわあ……」
朝が来て、お部屋に朝の日差しが差し込む。目を覚ましたわたしは起き上がって大きく伸びをする(ほんとはそんなことしなくてもいいんだけど、そういうことができるように“設定”されてるんだって)。
まだ、わたしの内部も立ち上がりたてでぐるぐるしてる。だけど、隣のお布団で寝てる彼の顔は分かる。ぐっすり眠る彼の顔はとってもあどけなくて、かわいらしい。まつ毛に縁取られた閉じたまぶたの向こうにある赤い瞳を思うと、ハードディスクが鳴るのを感じる。
思わず、彼の顔を近くで見ちゃう。ときどき「ん……」なんて漏らす彼の声は、年頃の男の子のそれ。気持ちが溢れて、わたしは彼のほっぺにキスをした。
へへ……ちょっと恥ずかしいかも。体の芯がぽかぽかするのがわかる。……少し前に知ったんだけど、わたしは“
「……」
彼がゆっくり、まぶたを開く。わたしは体を離して、そしらぬ顔で彼に言った。
「おはよ! ヒガン!」
「……オハヨ……」
まだまだ、寝ぼけてるみたい。わたしは立ち上がると「ご飯の準備するね!」と言った。……むかしは下手くそだったけど、何回も練習してメモリに刻み込んで、色々できるようになったんだよ。
わたしの悩み。それは──親愛なる我が持ち主について。
***
焼きたてほかほかのパンにマーガリンを塗って、砂糖をまぶす。おばあちゃんがよく作ってた味付けだったんだって。最初は焼きすぎたり、マーガリンを塗りすぎたり、砂糖をまぶしすぎたりしてたけど、適量をバッチリ覚えていい感じ。それをお皿に乗せて、温めたミルクも持っていく。こぼさないように注意して。
「はい! 朝ごはん〜!」
「あ! アリガト、サユリ」
わたしの持ち主、ヤオトメ ヒガンくん。心配そうにわたしを見ていたけれど、わたしが無事配膳したことに、喜んでくれる。
ちょっと吃りがちで、たまに変わった間の取り方をする。だけどどこか慣れてない笑顔はとってもキュートで。わたしはドキドキする信号を飛び交わせて、ヒガンが「いただきます」と言うのを見る。彼が絆創膏を巻いた手でパンを受け取り、サク、とパンを齧る。その音は、朝を感じさせる。
そのあいだ、わたしはヒガンの制服を出してシワを伸ばしておく。これもちょっと前まで下手くそだったんだけど、ヒガンは辛抱強く教えてくれたおかげで、わたしの不器用さは解消されつつあった。
「ヒガン、今日はどうするの?」
「えと……。」
何気なく聞くと、ヒガンはすこし困ったような顔をして。「きょ、今日も帰り、遅くなりそう。……ご飯は、買って帰るから。気にしないで……サユリのやりたいことをやって。ね」と答えた。……そう、これが悩み。
「うん! わかった」
キカイのサガでそう言うけど、わたしの頭の処理がもたついている。もう、二週間だ。二週間もヒガンがお家に帰る時間がズレている。それに合わせてわたしの行動パターンも変わってくるわけだけど。組み込まれた“ココロ”が、疑問を大きく膨らませる。
ヒガンは、とってもキモチがおぼつかないこともあるけど、なによりやさしい子だ。わたしのことをまるでヒトのように扱い、嘘をつくのが下手な子だ。そんな彼がわたしに、あまり説明なく帰りの時間を遅らせている。ヒガンはかわらず、パンを齧っている。
わたしのCPUが「さみしい」でいっぱいになってること、ヒガンは知ってるのかな?
「い……行ってきます」
朝の支度を終えて、ネクタイを締めたヒガンが、ひかえめに手を振る。わたしも大きく振り返して、玄関の扉が閉まるのを見る。
……今日は作戦会議の日なの。約束は十二時。わたしは練度が上がったお掃除とお洗濯をすることを決めて、行動を開始した。
***
『大袈裟にいうんだから、何かと思ったら』
待ちに待ったお昼。メイドさんはわたしの話を聞いた後、わたしと同じ音声で、呆れたようにそう返した。
『持ち主にだって事情はあります。ユウだって、用事で遅く帰ることはありますし、ひとりで通院することだってあります。いつでもメモリアが一緒にいられるとは限りません』
「でもでも! ヒガンはどんなところにもわたしを連れてってくれるし……用事の内容もちゃんと話してくれてたし……」
いろいろなことがあって、すっかり和解したわたしたち。ヒガンの友だち、ユウのメモリアである、わたしと同じ“LILLY series”のメイドさんはわたしの訴えに『考えすぎです』とピシャリ。メイドさんはわたしより少し年上の個体だ……お姉さんのわたしがやれやれと振る舞う様が容易に予測できる。
メモリア同士、番号を交換していればいつでも連絡は可能だ。わたしたちは意思を持った携帯電話みたいなものだから……前々から、持ち主に隠れて会話はしていた。今回みたいに相談だったり、ニンゲンの女の子みたいな雑談だったり。
『ヘタレくんにだってプライベートがあるんですよ。あんまり気にしてあげない方がメモリアらしいですよ』
「ひ・が・ん! ヘタレって呼ばないでよう!」
でも、メイドさんは意地悪だ。持ち主のユウに似てるのかも。わたしが通信しながら、アパートのお部屋で足をぱたぱたさせていると。
『うわき……』
ぼそりと不穏な言葉を呟くのがもうひとりの通信先、ヒビヤくんちのヒマワリちゃん。第七世代の小型メモリアで、ひょんなことがあってわたしとお友だちになってくれたんだけど──いやいや、今はそんなことを説明してる場合じゃない。
「う、ウワキ?」
『あう……前、レンくんのお母様が見ていたドラマで言っていたのです……。親しい男の子が、そっけなくなったときは……後ろめたいことを、しているときなのです!』
ヒマワリちゃんは恥ずかしがり屋な傾向を持つAIだけど、わたしたちとは普通にお話してくれるようになった。そんな彼女の力説に、わたしは焦る。
「ま、まさかそんなぁ。ヒガンに限って!」
『あらまあ……確かにわたしたちは旧型だし。ユウみたいにわたしたちのことを大好きじゃないヒトが、旧世代に固執する理由はないかもですね?』
「や……やめてよメイドさん!」
ふたりが揃って頷くから、いくらヒガンを信じているわたしでも複雑なキモチになる。
ヒガンは……お店の女の店員さん相手にさえ、挙動不審になっちゃうんだよ? そんな子が、う、浮気なんて!
「で、でも。もしヒガンが浮気してるなら……わ、わたしはどうすればいいの? わたし、ヒガンと離れたくない! 捨てられたくないよ!」
わたしの懇願にメイドさんが言う。
『わたしはユウを信じているから、そんな不安、一ミリも抱いたことがないけれど。同僚には、ひとりヤキモチ妬きに設定されてる子がいます。その子が言うには──』
「──言うには?」
『そういうときは、持ち主からの愛を確かめるといいそうですよ。うんと甘えて、うんと縋って、彼が愛してくれることを確認して、安心するそうです』
「あ、愛っ……」
『ひゃああ』
そのニュアンスが何を指しているか、わからないほどわたしたちは無能ではない。わたしたち“メモリア”が人型に進化した理由に、そ、それは含まれているからで。
『サユリ、そんなに不安ならそうしたらいいのでは? ま、あなたはお子ちゃまっぽいですし。経験はないかもしれませんが』
どこかせせら笑うようにメイドさんが言う。わたしはムキになって「わたっ」と言いかけるけれど。……わたしの“
……ヒガンがはじめて“添い寝機能”を使ってくれた日を思いだすと、いまでもCPUが暴走して、ハードディスクが熱く唸る。
『お、おとななのです。アダルティです……』
ヒマワリちゃんが感嘆したように言う。
『まあ、あまり考えすぎないこと。メモリアはあくまで持ち主のために動く“キカイ”であること、忘れたらいけません』
メイドさんの達観した一言で、作戦会議は終了した。通信が切れるのにあわせて、わたしはごろんと畳の上に寝転ぶ。
──もちろんわかってるよ、わたしがキカイだってこと。でも、このココロと……ヒガンがわたしに向けてくれる愛情を知ったら。
「……ひがん〜〜〜……」
いまもここにいない家主のことを思って、わたしは弱々しい音声を絞り出した。
***
できる限り積極的に動くよう、行動パターンを変えてみた。ヒガンが帰ってきたら、思い切り抱きついて歓迎をする(ヒガンがしどろもどろになるのが面白い)。
彼がご飯を食べてる時、たくさん話しかけるようにする。お風呂は……一緒に入るのだめって言われてるから、彼が寝るギリギリまでお話をするようにした。
「さ、サユリ……どうしたの?」
なんて言いながら彼は話を聞いてくれる。でも、眠気なんてないわたしたちを置いて、ヒガンが船を漕ぎ出すから、彼をお布団に入れてあげる。“添い寝機能”は──い、言われてないから我慢。
ほとんどわたしがいろんな情報を引っ張り出して彼に伝えるだけだったけれど、ヒガンはたくさん頷いてくれた。
(ヒガンはわたしを無碍に扱ってない。わたしは嫌われてない!)
そう言う理由をつけてわたしも充電コードを繋いで、スリープモードに入る。だけど翌日になると……
「き、今日も遅くなる。ごめん」
なんて言って、学校へ行ってしまった。
「うう〜〜〜!!!」
不安がわたしのCPUを覆う。や、やっぱり“浮気”なの!? わたしはこんなに、こーんなにヒガンのことが好きなのに、ヒガンは誰か別の……ステキなヒトを見つけちゃったの?
「……やだよぉ……」
情けない音声が漏れる。今までヒガンと過ごした、様々なことを思い出す。
彼がわたしを拾ってくれたこと。火事の中彼を助け出した日のこと。病院で過ごした日々のこと。ユウのメイドさんから守ってくれた時のこと。ヒマワリちゃんとヒビヤくんの仲直りを見届けた時のこと。はじめて、キスしたときのこと。はじめて……
一生懸命にわたしを撫でる彼のことを思い出して、切なくてハードディスクが爆発しそう。わたしはずっと待ってたの。こんなヒトに出会えることを。
「…………“持ち主からの愛を、確かめる”……」
メイドさんが言ってたことを思い出すと、思考回路が暴走しそうになるのが感じる。首の裏がチリチリして、焼けこげそう。
でもでも。わたしやるよ! がんばるよ! 持ち主にかわいがってもらうのが、メモリアの存在意義。……なんて言うけど、本当は。
──ヒガンとずーっと、いっしょにいたいだけなんだよ。
まずは情報収集! そう思ってインターネットを検索する。「メモリア 愛される方法」……ちょっと直球すぎるかな? でもあっという間に情報が開示されて、わたしはそれを必死に読み込む。
(……みんな、意外と似たような問題を抱えてるんだな。ココロってむずかしい)
おそらくこの検索をした大半がメモリアによるものだ。キカイ向けの回答が羅列されている中で、記載されていたのがこの言葉。
(なんのために我々はヒトに近く進化したのか? “肌のふれあい”を大切にしよう──)
決意が決まった。本当は、本当はわたしも。……また、あのときの甘い感覚を感じたくて、うずうずしていたのかもしれない。
***
「ただい──わっ!?」
帰ってきたヒガンを確認して、わたしは彼の無防備な胸に飛び込む。
彼はよろけるけれど、最初みたいにわたしに触れることに躊躇いはなく──そっと肩を抱いてくれる。
「ど、ドシタノ? 何かあった……?」
心配した表情の彼は、やっと状況に気づいてぼ、と顔を赤くする。「そ、それって」
まだわたしがこの家にやってきたばかりの頃、彼が臨時で着せてくれたスーベニアジャケット。わたしはそれを、あの時と同じように、裸の状態で纏っていた。
「ウ……!!!」
ヒガンは慌てて玄関の鍵を閉めると、恥ずかしそうな声を出してわたしから目を逸らす。
「な、なんでそんなカッコ、してるの……! ちゃんと服着なきゃ、ダメだよ……!」
そんなことお構いなしに、わたしはヒガンに体を擦り付ける。キスは届かなかったから、首元にいっぱい唇を押し付けた。
「んぅ……! ど、どしたの本当にッ……」
されるがままのヒガンを玄関の扉に押し付けて、わたしは彼を見上げる。
「ゆ、ユーワクだよ……! “初めて出会ったときのようなすがたで、かわいさを振りまく”の!」
「ええ!?」
動揺するヒガンに抱きつき、体をさらに密着させる。わたしももう、必死だ。わたしのなかの機械の部分が「彼に甘えろ」と全力の指令を出している。付け焼き刃の性的な知識で、彼を追い込もうとする。けれど、ヒガンは顔を真っ赤にしながら、わたしの口元を手で覆った。
「お、落ち着いてったら……! ちゃんと話そ……ね? ねっ……?」
「──やだ! ヒガンがわたしと“えっち”してくれるまで、やめない!」
「エッ……!!」
もがもが言いながら、わたしは唇をようやく彼の唇に押し付ける。やわらかくて、湿ってる。しばらくキスを続けてると、彼の息も上がってきて──わたしはこみあげる“ココロ”のまま言った。
「んっ……わらひ、さみしかったんだからっ。いつも、ひがんがおそく……ちゅっ、かえってきて……わたしのこと、キライに……なっちゃったのかなって……!」
「ゥ……! ん、ぅ」
CPUが抱えきれない不安とさみしいを、彼にぶつけるようにキスをした。その合間に彼が、「ちがッ、」なんて抵抗して。
「さゆりっ……!」
そう言われて、肩を強く持たれる。男の子の力で引き剥がされて、わたしのココロがまた激しく動揺する。流れない涙を憎く思って、わたしは言う。
「……やっぱり、わたしのコト──」
「違うっ。違うッ!」
ヒガンはぶんぶんと首を振る。すると、提げてた鞄を下ろして、中から何かを取り出した。
「…………ナイショに、し、しときたかったんだ。君に、ぷ……プレゼントしたくて」
「ぷれぜんと……?」
その袋は、いつもヒガンのおばあちゃん──おキクさんが施してくれるラッピングとおなじものがされていて。「開けて……?」とヒガンに促され、わたしは恐る恐るそれを開ける。
「────わあ……!」
中に入っていたのは、お洋服。前開きの花柄のジャンパースカートで……色は暖かな黄色! わたしはヒガンを見る。彼は恥ずかしそうに、ズボンに手を擦りつけている。
「……おばあちゃんに、教わってたんだ。お洋服の、縫い方……お、“おりじなりてぃ”は、少ないけれど」
そういって、たどたどしくはにかむヒガンに、わたしの視界は釘付けになる。
「その……いつもの、お礼。ぼ、僕と……一緒にいてくれて、ありがとうって。……これからも、ヨロシク……ね」
どうして気づかなかったんだろう。彼の指先は、いつのまにか絆創膏だらけになっていて。わたしは、自分のことしか考えられなかった少ない容量を、少し呪った。
「ヒガン……!!」
「ぅあ」
ヒガンをぎゅうっと抱きしめる。今度は必死な懇願でも、押し付けた甘えでもなくて。ただ、大好きなきみに、だいすきが伝わるように力を込める。
「ありがと……たくさん、たくっさん着るね。これ着て、いっぱいデートしよ!」
「……う、ウン! いいよ……っ」
こんなわたしのわがままにも頷いてくれるきみへ、叫んでるの。ココロが、全身が、きみのことがだいすきだって。遠慮気味に、でもやさしく抱き返されて、気持ちが込み上げてきて、わたしは顔をあげて言った。
「……ちゅーして?」
「っ……」
きみはどう思ったかな。ヒガンは真っ赤な頬をわたしにみせて、どうしようもない顔をして。
そのまま、わたしの唇に自身のそれを合わせた。長くて短いキスをして。わたしはきみの全部を欲しがるみたいに、きみの袖を掴んだ──
──ココロがあるって、こんなに苦しくて嬉しいんだね。
わたし、きみのことが大好き。何があったって、どんなことがあったって、わたしはきみのそばにいるよ。
「これからも、ヨロシク……ね」
口下手なきみがはにかみながら一生懸命伝えてくれた、わたしへの愛の形。こちらこそ、これからもどうぞ、よろしくね。
ぼくのコンキスタドール 坂 @mo_623_mo
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